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Then you will see, the morning will come



一羽の小さな白鳥が空を飛んでいた。夏らしい青空は晴れてきて、今日も日陰の豊かな暑い日となりそうであった。小雪は巨大な楠の影で、早朝に自分の手元へと届いた文を広げた。それは、はたけカカシが火影に就任した事を告げる報せであった。小雪は俯けていた顔を上げた。視界に映る全てのものに色が鮮やかに加わっていった。山々には眩しい程の太陽の光が差し渡り、空には淡い白雲が漂っている。そして何よりこの瑞々しい葉の匂い。小雪は思わず深く息を吸った。不安に過ごした日々も、もうこれで終わりである。すると、手に持っていた小さな紙の字体が変化し、新しい文となり再度現れた。小雪はそれを何度も胸の内で読み返した。
──《木の葉にて待つ》
彼と生きる時間だ。彼と共に、また生きる事が出来る。小雪はガイに対する愛、今この瞬間まで知らなかったように思われる熱烈な愛の他には、何一つ理解することも、考える事も、感じる事も出来なかった。小雪は森の中へと駆け出した。木の葉がある方角へ、彼が待っている里へと突き進んだ。

ガイは感激の極に達した直覚をもって、次第に小雪の接近をその身で感じた。単に近付いて来る幹の軋む音や、ゆったりと揺れる若葉の響きでそれを感じたのみならず、次第に自分の周囲が明るく、喜ばしく、意味ありげに賑々しくなってきた為に、ガイは更にその感を強めたのである。彼の「太陽」は慎ましく、しかも厳かな光線を放ちつつ、いよいよ近く進み寄るのであった。ガイは家を飛び出した。彼女が里を出てから昨日まで感じていた粗野で無上に暗い感情。彼女の存在が其処から自分を拉して行くのを感じた。死の如き静寂、この静寂の中に小雪の声や微笑がガイの胸に響くのであった。

小雪は里を出た時と全く同じ姿で、ガイの前に現れた。彼女がこの愛おしい、愛する顔を見た瞬間に、何か新しい生命力が彼女を捉えた。彼女の顔はガイの姿を見た時、不意に変わってしまった。彼女がこれまで生きる支えにしてきた、清純な、精神的な内面の営みが全て外に現れ出たのである。彼女の内面的な、自分に満足しない営み、彼女の苦悩、善への希求、従順さ、愛、自己犠牲、そういうもの全てが、そのきらきら光る眼、柔らかな微笑、彼女の優しい目鼻立ちの一つ一つに輝いていた。ガイはそんな小雪を真っ直ぐに見詰めた。自分の前にいる存在が、今まで会った全ての者とは全く別の、それより優れた者であり、しかも何より、自分自身より優れた者なのだと感じた。
「どうだ!?」
ガイは車椅子から立ち上がって見せた。右脚を庇うようにして左脚だけでその逞しい体躯を支えている。彼の事だ、激痛に耐えながらも筋力を維持する為に毎日鍛えていたに違いない。しかしそんな彼の身体は微かに震えていた。無理をしているのは明らかであった。
「凄いよ。本当に」
小雪はガイが倒れる前に、咄嗟に彼を両腕で支え、車椅子に身体を降ろさせた。すると、彼女の背中に添えられていたガイの手がぎゅう、と彼女の服を握った。そして彼は小雪のお腹辺りに額を押し付けた。
「小雪、会いたかったぞ」
ガイは絞り出すように声を放った。胸の苦しさに喉が強く締まるのを感じた。この上なく賢く、正しく、分別に富み、最善そのもののように見えてならない。どんな高尚な知識も、お前の前では粗末なものとなり、どんなものもお前と話していると面目を失い、愚かしく見える。ガイは大きく忙しく息をし始め、下唇は震え、漆黒の目はたちまち涙に潤んだ。心の偉大さと気高さとが惚れ惚れする程に彼女の内に備わっており、守護天使でも傍らにいるかと思われるような、何か人を畏怖させるものが辺りに漂っている。お前は……何も変わらない。
「一緒にいような、」
これからもずっと、ずっとだ。どうか、この俺から離れないでくれ。この通り右脚を駄目にしたが、俺はあの頃のままでいる努力をする。だからどうか、この俺から離れないでくれ──ガイの大粒の涙が地面に落ちていった。恋人の表情を見上げる事は、彼には出来なかった。小雪はそんな彼の頭の上にそっと手を置いた。
「ガイ、人生はこれからだよ」
私は、彼という人に出会ってから、いつも彼の名前を大事にし、彼との思い出を尊重し続けてきた。私の心の鏡にいつも気高い、清らかなものとして映っていたその姿を、どうか曇らせたりしないで欲しい──状況が変化するたびに一喜一憂してはならない。自己を見詰め、昨日の自分より今日の自分を、今日の自分より明日の自分を、一歩でも磨き高めようと挑戦していく中に我々人間の道がある。其処にのみ無量の幸福があるのだ。人生は勝負だ。常に魔との戦いである。魔とは戦おうという人の生命力を奪い、やる気をなくさせようとする。一念が定まらないで逃げ腰になれば、魔はますます勢い付いてくる。敢然と困難に挑み、全てを笑い飛ばして、明るく溌剌と、悠々と突き進んでいく事が肝心なのだ──小雪はしなやかな手を差し伸ばした。ガイはこの瞬間、小雪がもう永遠に彼を離れないであろう事、例え運命がどうなろうと、彼女は地の果てまでも彼につき従ってくるであろう事を直感し、悟った。二人の手は離れなかった。彼がちらりと彼女を見やると、彼女は黙ったまま火影の顔岩を見上げていた。其処には彼ら二人だけで、誰も見ている者はいなかった。二人は口を利こうとしたが出来なかった。涙が二人の目に浮かんでいた。二人はどちらも青白く痩せていた。だが、この病み疲れた青白い顔には、新しい未来の、新しい生活への全き復活の朝焼けが、既に明るく輝いていた。二人を復活させたのは愛だった。お互いの心に、もう一つの心にとっての尽きる事のない生の泉が秘められていたのであった。