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Old rubbish



エイダ・ウォンは画面に映っている金髪の男を眺めた。男は先程から全く表情を変えずに、ただ淡々と必要な言葉のみを並べ、エイダに対し連絡事項を述べている。ここまで自分の分不相応な大きな望みに忠実な人間がいただろうか。もっと、別な人生もあっただろうに──彼の放つ厳かな声が聞こえなくなるとエイダはある話を切り出した。画面の奥で、彼が通信を切断する為に伸ばした手を宙で止めたのが見えた。
「エージェントが一人、その島に向かっているらしいわ。あなた、知っているんじゃないかしら」
『名は?』
ウェスカーは吐息と共にそう尋ねた。時間を無駄にしているといった風に、既に彼は通信を切断するキーの上に指を置いていた。エイダは頭の中に記された連なる字をゆっくりと読み上げた。
「サラ・バラデュール」
聞いた事のない、癖のある名前だとエイダは思った。珍しい名字の音と、自分が発音した音とが合っているか分からなかったが、エイダはその名前と共にその人物の顔写真をも思い浮かべた。瑞々しい深緑色の眸を持つ、元ラクーンシティ警察署特殊部隊。ウェスカーと経歴が重なった為にエイダは情報を渡したのである。しかしその人物が何を企んでいようと、人間のままでは彼に敵う事はない。エイダは再び画面を見たが、ウェスカーは通信を切断する事なく未だ其処に姿を見せていた。
『──何だと?』
随分と間が空いたと思えば、彼から返って来たのはそんな返事であった。威のある声が重みを増し、彼の表情が僅かに変わったのである。大理石宛らの顔は眉間に深い皺を寄せ、筋肉を硬直させていた。その事がエイダを無上に驚かせた。全くの埒外な事であったと言う彼の心の声をエイダは想像した。
「組織の生き残りね。彼女の方はどうする?」
『彼女は、私が始末する』
エイダはゆったりと瞬きをした。目蓋を開けた時には既にウェスカーとの通信は切断されていた。エイダは傍にある窓の外を見た。降る雨が強く窓を叩いており、耳を聾する雷が直に訪れる事を知らせていた。彼女は目蓋の奥に浮かぶ、自分が始末の命令を受けた、ある男の事を思った。あのウェスカーも、果たしてそうなのだろうか。何もかも犠牲にして、人生も魂もこの計画の為だけに犠牲にしたのにも関わらず、たった一人の事がいつまで経っても忘れられない。エイダはふと思った。彼は本当に成功するのだろうか。……いや単に、彼の人間らしい側面が見えた為にそう思っただけかも知れない。しかし彼女の脳裏に浮かんだ、この先に待ち構えている彼の計画の失敗を、エイダは拭い切る事が出来なかった。

ウェスカーはその名を聞いた際に、微かに震えた右手を力強く握り締めた。そしてその拳をテーブルの上に叩き落とした。エイダが発音した音が僅かに違っていた事、そして自分は正確にその音を発音出来る事を思い、ウェスカーは自ら自分の頭に悩ましい痛みを齎したのであった。──サラ・バラデュール。サラ・バラデュールだと?まだ生きていたというのか?ウェスカーはサングラスを外し、熱を持ち始めた目頭を指で強く押さえた。自身に投与したウィルスや膨大な時間の経過によって、彼は殆どの記憶を古いガラクタとして扱い、一掃したように思っていた。しかしそれは勘違いであり、彼は無意識の内にある記憶のみを其処に残していたのであった。ウェスカーは彼女の深緑色に輝く双眸を思い出した。あの眸を綺麗だと思った事、そして彼女が自分の幸福そのものだと思っていた時の事がウェスカーの胸に犇犇と迫ったのである。忘れようと努力しても、ウィルスや時間は寧ろそれを濃くするかのように、思い出は粛然と存在しているのであった。