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The aftermath



セバスチャンは有ろう事か目を覚ます事が出来た。ビーコン精神病院から出た際に見た、清らかな月は本物であった。その月が夜空を這う薄い雲に遮られ陰ろっても、セバスチャンの頭上には澄み渡った静謐な夜が広がっていた。しかし以前に存在していた生活の美しさは、急に跡形もなく消え失せ、残ったものは生活の骨組だけであった。連続失踪事件も、組織も、そしてサラも、最初から存在していなかったように忽然と消えた。そしてビーコン精神病院で受けた強度のストレスにより、彼は精神に異常をきたしたと診断された。彼にはセラピーも薬も全く効果がなかった。そして遂には、セバスチャンは長年の身分を捨て、思い入れ深い署から立ち去ったのである。
セバスチャンが思うのはただ一つであった。それはサラの事であった。悪夢で魘され、陰惨な幻覚を見る度に彼は目を瞑った。様々な映像が代わる代わる現れては消えた。ふと彼はある一つの映像を、長い間、喜しげに見守っていた。彼は署でのある一夜を、まざまざと思い浮かべたのである。その時サラは生き生きとした顔付きで、去年の夏に旅行をした際、言葉が全く通じない現地ガイドと砂漠で過ごした話をした。その砂漠では星々が放つ光で本が読めるのだという。彼女はその砂漠の寂しさや、自分の感覚や、其処で出会った人々との視覚での対話などを、とりとめもなく物語った。
もし君に助けが必要であれば、単に、君の胸の内を誰かに打ち明けたかったら、その時には自分の事を思い出して欲しい。自分に何かする事が出来たら、自分は非常に幸福であると、あの時に伝えていたら何か変わっただろうか。あの事が起こる前に、彼女は俺に助けを求めただろうか。セバスチャンは殺人鬼の精神の中で出会った、サラの姉を思い出した。否、彼女は決して助けを求めなかっただろう。何故なら彼女は……、彼女は……。
今もセバスチャンは、あの夜にサラの明眸を見ながら浮かべたのと同じ、嬉しそうな微笑を浮かべたのである。俺には彼女の気持ちが良く分かっていたとセバスチャンは考えた。分かっていたばかりではない、あの魂の力強さ、あの真剣さ、肉体に結び付けられているようなあの心──あの心を俺は愛したのだ。あんなにも強く、あんなに幸福に俺は愛したのだ……。