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In the name of the sister



太陽から発せられる白熱の光が中世の建物や草木を照り付けていた。しかしそれは人工の光のようであり、あの心地良さや暖かさなどは微塵も感じられなかった。セバスチャンは照準器から顔を離した。刑事の身分でスナイパーライフルなど使わない為、集めた殆どの弾を無駄にしてしまった。悪態を吐きながらも、銃身に手を添え撃つ事を止めなかった。その最中、目に見えている物全てに対する毒々しい憎悪に似た、異様で思い掛けない感覚が彼の心を過った。初めて抱くその感覚に我ながら驚き、怯えさえも犇犇とその胸に迫った。此処に来てから何かがおかしい。まるで誰かの精神の中にいるかのように、自分の感情が操られているように感じる。セバスチャンが再び照準器を覗いた時、然程遠くない所に人影が見えた。ジョセフやキッドとは違うシルエットに、彼は照準器の十字を合わせて注意深く追った。セバスチャンの双眸がその影を捉えたと同時に、その人物がゆっくりと彼の方へ振り返った。差している太陽の光で、その珍しい深緑色の虹彩が煌々と輝いたのである。──俺は確か、彼女の家に行って……。その影は正に自分を騙し、事件の解明を妨げていた人物であった。セバスチャンは突然頭を起こし、まじまじと彼女を見詰めた。しかし肉眼では明瞭にその姿を捉える事は出来なかった。
「サラ、」
セバスチャンは駆け出した。歪んだ石畳を蹴るように力強く進んだ。足音が大きく敵に気付かれようとも、貴重な体力が削られようとも、そんな事は全く構わなかった。セバスチャンの頭にはあの表情──最後に見た、じっと自分に注がれる、不安そうな、痛々しいまでに気掛かりげな彼女の眼差しがあった。其処には愛があった。俺は何故気が付かなかったのだろう?彼女は俺を愛してくれていたのに。セバスチャンが先程まで感じていた憎悪は幻のように消えた。しかし彼が辿り着いた時には誰もいなかった。何度も名前を叫んだが、辺りに響くばかりで何の応えもなかった。その影は彼の記憶の中にある彼女の面影が現れたに過ぎなかったのである。彼は乱れた息を整えようとその場に佇立した。セバスチャンにとっては、サラ・バラデュールという名に呼び覚まされた数々の追憶は、遠い詩的な過去に属するものであった。これらはこの幻想世界に存在する、唯一の事実であると。

唐突に訪れた強烈な頭痛にセバスチャンは頭を抱えた。此処へ来て幾度となく起こる現象であったが、今回はそれに加え鼻からポタポタと血が滴り落ちた。誰かに斧で頭の内側から叩かれている痛みと、これまでとは異なる現象にセバスチャンは戦慄を覚えた。両足だけでは踏ん張る事が出来ずに、そのまま地に両膝を突いた。頭痛が齎す目眩も同時に彼に迫った。回転する視界を見ない為に彼は固く目を閉じ、拳を力ある限り握り締めた。セバスチャンは太陽に輝く白樺の並木──じっとして動かない黄や緑の葉、白い皮を思い出した。此処で死ぬんだろうか。俺は殺されるのだろうか。次の瞬間には、俺はこの世にいなくなるのだろうか。俺の周りにあるこういうものは皆このまま残って、俺一人だけこの世からいなくなるのだろうか。セバスチャンは自分がこの世にいない場合をまざまざと想像した。するとその白樺の木も、その光と影も、青い空を伝う雲も、焚き火の煙も──周囲にあるものが悉く形を変えて、何かしら恐ろしい威嚇の影を帯びて来たように思われた。
「力を抜いて」
セバスチャンのその拳に何かが触れた。彼は目蓋を開けたが、日光の余りの眩しさに目を細めた。傍にいたのは見知らぬ女であった。酷く痩せており、レスリーが着ているような患者衣を着ていた。左胸にはビーコン精神病院の印。思わず自分の拳を退けようとしたが、その華奢な手がそれを阻止した。逆光で彼女の顔は暗く、顔立ちを捉える事は出来なかった。しかしセバスチャンは彼女から視線を外す事をしなかった。
「私の妹を助けて欲しいの」
彼女はサラと同じ眼を持っていたのである。暗がりでも、自分を惹き付けて止まないその色は彼の脳梁を震わせた。妹……サラには姉がいたのか。組織はビーコン精神病院の患者である姉を弱味として使ったのだ。だから彼女は……あの時酷く怯えた表情をしていたのだ。
「──俺は何だってする」
掠れた、威のある低い声に、彼女は沈んだ優しい色を顔に表した。もし俺が此処から出る事が出来たら、君を探しに行く。必ず君を助けに行く。必ずだ──セバスチャンは身体を起こし、その足で地面を踏み締めた。彼の胸の中で、心臓がゆっくりと鼓動を始めた事が見てとれた。