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Gerbera



ミホークは植物に関しては無知であった。特に己に害を与えない、ただ地に生えているだけの植物。それらに対し興味はなかったし、綺麗と思う事もなかった。だが果たしてこのように、彼らには鮮やかな色が付いていただろうか。今までお前は気が付かなかったのかと言わんばかりに、彼らはミホークの黄金の眸を捕らえた。ミホークの瞼の裏に彼の心を温かくする幻が、サラの柔らかな表情が浮かんだ。彼女の優しい声が彼の耳に囁き、彼女の愛しい名が甘く彼の胸に迫る。これは恋をする人間誰しもが経験する事であるが、彼にとっては初めての事であった。たった一人の為に見えている世界は鮮明になり、たった一人の為にその刀を持つ手にも意味を持つ。

読んでいた本の頁の上に小さな貝殻を乗せた。赤い太陽が沈み、世が夜となる手前。寝かせてあった杖で身体を支えながらサラは腰を上げた。冷えた滑らかな砂の中、ゆっくりと海の方へと近付く。色の変わった砂場に左足を乗せた。泡立った波が寄せ足を濡らし、向こうへ戻って行く。サラはもう一度、水平線を見た。空よりも暗い海の色。絶えず砂浜に打ち続ける清らかな波。サラは小さくもう一歩踏み出した。

濃藍の波に夢中になっている彼女にミホークは近寄った。サラの細い左腕を右手でそっと掴んだ。今にも壊れそうな脆いものに、彼は一種の恐怖を感じた。「綺麗ね」と言って子ども宛らに笑う彼女をその胸に抱き寄せ、頭にキスをした。胸に抱えてあるガーベラの馥郁たる香りが漂う。彼女から唇を離し、閉じていた瞼を開けた。サラの明眸に己が映っている。俺はお前を連れ、お前は俺を連れ、今この時の波と共に去ろう。深き気配の静けさに己の思いを浸らせるのはもう止めだ。夢にお前の魂を見出し、お前の名に憧憬し、その果てなき幸福の中に身を置く事ももう止めだ。嘗ての日の名残、嘗ての空は如何に青く美しかった事か。己の望みはお前だ。過去に抱いた幻想全てを、俺は喜んでこの暗き海へと捨てる。今お前は、俺の腕の中にいる。切望した幸福が俺のものになった。お前の淑やかな眼差しが俺だけに向けられている。その綺麗な眼に、いつまでも俺を映していてくれ。