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Don’t you ever tame your demons



ガイの目が小雪の視線を辿る。その先には特徴的な面をつけた忍が一人、樹木の傍で静かに佇立していた。独特の雰囲気を纏っているにも関わらず、誰からも感知されずに此方を見ている。小雪の任務の事は余り知らないが、何故だか今回は変な胸騒ぎがした。未だに暗部と小雪は繋がりがある。ガイは左手を彼女の右肩に置いた。切り離してあげたいと思うも出来ない。彼女はそれを望んでいないとガイは知っていた。

暗部の薄暗い建物から出て、日光の眩しさに思わず目を細めた。数年前に忽然と姿を消した一人の忍。その始末が今回の任務内容であった。大凡の居所は掴んだみたいだが、この火の国ではなかった。国を出るとなると少し厄介な事になる。こんな形で再会する事が出来るのは、ある意味、暗部の特権であった。その男は暗部に在籍していた頃の相棒であった。昔を思い返してみると色々思い出もある。少なからず同じ時を過ごし、共に里の為に働いた忍をこれから殺しに行くのだ。──しかし、逆に自分が殺されるかもしれない。それは大いに有り得ることである。すると不意に、この死を思う心につれて、極めて遠い、懐かしい追憶の一群が彼女の胸に沸き起こった。彼女はガイとの告別を思い出した。また、彼女は彼と恋に落ちた初めの頃をも思い出した。ふと彼の笑顔を思い浮かべると、なんとなく彼も自分も、可哀想になった……。小雪は足を止めた。視線の先にはアカデミーがあった。子ども達が外で組手や術の練習をしている。もうすぐ行われる卒業試験の練習であろうか。小雪はアカデミーに通った事がなかった為、少しばかり彼らが羨ましかった。試験に悩んだり、友だちと練習したり、先生に褒められたりしたかった。直ぐ傍にある演習場ではガイの姿を見つける事が出来た。腰に両手を当て、弟子三人に語りかけている。なんといっても、自分はこういう人々に対する光栄のみを愛し、且つ尊重する。その光景を目に焼き付けながら、小雪は心に隙間を作っていった。今から同胞を殺す。どうなるか分からない。見つける事が出来るかどうかも、殺せるかどうかも分からない。だが無期限の任務である。始末出来るまで此処へ戻る事は出来ない。もしこの地を再び踏み締める事が、出来ないとしたら。

その男も周りが手を焼く程の厄介な血継限界の持ち主であった。孤児や特殊な血継限界の集まりである根に引き取られ、ダンゾウから訓練を受けた。光の下で育った人々を、陰で育った自分たちが守る。誰からも何も与えられなかった自分たちが木の葉を支える。心で矛盾を感じながらも、ただ只管に働いた。自分たちのように名も顔もない忍が、木の葉に光を与え続けるのである。蔑まれ続けた心の中に潜む怪物は孤独を呼び、その孤独が怪物を大きくする。怪物になれた忍は屈託がなく、命令によって動く。怪物になれなかった忍は早死にするか、忍として生きる事をやめる。敬遠される怪物たちは常に、自分たちだけの安息の地にいるのである。

右腕の骨が軋む感覚に昔を思い出す。発動した血継限界にチャクラと血の流れが激しくなり、まるで熱病に犯されたように眼に水の膜が張る。この手で掴んだ男の腕は細く、屍のようだった。この男が一体何をしたのかは知らない。殺す理由はただ一つ、里を抜けたからである。ただの一市民が里を抜ける事とは訳が違う。この男は怪物になり切れなかった。それがこの男の罪であるが、自分はそれを責めはしない。では何故自分はこんな始末の仕方を選んだのか。身体に病魔を住まわせているこの男はもはや忍でも何でもない。放って置いても直ぐに死ぬ。わざわざ自分の切り札を使ってまで殺す理由とは何か。
「小雪」
男の片手が自分の顔の近くへと移動した。しかし小雪は避けなかった。チャクラも力も、その手には感じられなかったからである。男の手は彼女の肩にそっと置かれた。彼の頭上には高い空──晴れ渡ってはいないが、それでも測り知ることの出来ないほど高い空と、その面を這って行く灰色の雲のほか何もない。何という静かな、穏やかな、崇厳なことだろう。俺が走っていたのとは丸切り別だ。我々が走ったり、喚いたり、争ったりしていたのとは丸切り別だ。この高い無限の空を這っている雲の佇まいは、全然別のものだ。どうして俺は今までこの高い空を見なかったんだろう?今やっとこれに気が付いたのは、実に何という幸福だろう。この無限の空以外のものは、みんな空だ、みんな偽りだ。この空以外には何もない、何もない。静寂と平安のほか何もない。
「小雪、」
君は生きる理由を得たか。捨て駒であった我々は生きる事の辛さを熟知している。君はそれを乗り越え、何を得たのか。
「小雪、殺してくれ」
ポロリと小雪の眼から涙が出た。この男が心から愛せる人がいたならば。心を通じ合える人がいたならば。この男はあの時からずっと今まで、誰からも何も与えられなかったのだ。心に怪物を飼い続け、それに食われる前に彼は里を出たのだ。そして里の外で飼っていた怪物を捨てたのだ。忍であった己も一緒に。小雪は一瞬で同胞を殺した。彼の本当の名前を、彼女は最後まで知らなかった。骨が折れ皮膚が赤黒く膨れ上がった右腕を、小雪は身体の横にぶら下げた。

Hozier - Arsonist’s Lullabye