×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

The stars dance around like Gods in the skies



サラはパソコンの電源を落とした。暗くなった画面に幽霊宛らの自分の顔が映る。青白く、眼の下にはうっすらと隈が出来ていた。サラはデスクライトを消し、整理整頓されたデスクの上に革の鞄を乗せた。そしてその鞄の中にファイルやメモ帳を入れ、コートに腕を通した。きっと外は凍てつくように寒い。凍えながらまた数時間後には此処に出勤しなければならない。サラには此処にいる時間よりも、家で過ごす時間の方が長く感じられた。
「家まで送る」
コーヒーの入ったマグカップを持ったセバスチャンが、サラのデスクへと近付いて来た。帰宅準備の様子を伺っていたのだろう。彼も自分同様、疲労により悄然としていた。無造作に後ろで撫で付けた髪に、僅かに伸びた無精髭。深く刻まれた眉間の皺、そして彼の持つ鋭い眼光には磨きがかかっていた。彼が連続失踪事件の担当になってから更に痩せたように思う。
「夜勤なのでは?」
サラは彼のデスクの方へと視線を移した。デスクには資料の山が二つあった。一回それらが崩れたのだろう、地面には紙が数枚散らばっていた。背後にあるコルクボードにも色々と貼られており、次々と起こる事件に彼の頭の中は全く整理されていない状態にあるらしい。
「気にするな。パトロールの序でだ」
そう言うと、セバスチャンはコーヒーを一口飲んだ。此処のコーヒーの味は薄い薄いと言いながらも、彼は毎日欠かさず飲んでいる。二人は殆ど人のいなくなった署を後にした。外へと出ると、冬の冷たい空気に目が覚めたような気がした。一面雪に包まれて、宝石宛らの家々の屋根も、煉瓦で組んだその壁も、月光の中に燦然と煌めいていた。警察署の庭の方で木のみしりと爆ぜる音がしたと思うと、再び辺りはしんと静まり返った。
運転席に座ったセバスチャンは車のキーを回してエンジンをかけると、暖房の温度と風量を上げた。そしてシートヒーターを最大にし、車を発進させた。今夜は不気味な程に月が綺麗であった。夜の空は晴れており、星も幾つか見る事が出来た。サラの住所は予め調べていた為に聞かなかった。彼女とは同じ殺人課でも所属は違った。彼女は生まれも育ちもクリムゾンシティであり、この街の事を知り尽くしている。それに加え、刑事にしては人との接し方を知っている為に顔が広い。サラのように切れ者で落ち着いているタイプは珍しい。彼女は間違いなく良い刑事であった。セバスチャンは時々、彼女が持つ情報を求める事があった。サラの元を訪ねると、まるで此方がする質問を知っていたかのように的確な応答をする。その柔らかな表情の下には、一脈の哀愁の宿った微笑を含んでいるのをセバスチャンは見ていた。そんな彼女の経歴だが、データは極秘扱いにされている。噂によると、殺人課へ異動になる前は、麻薬課で潜入捜査をしていたらしい。セバスチャンは横目でサラを見た。彼女は沈黙したまま窓の外を見ていた。しかしいざ二人きりとなると話す事がない。プライベートの場では、職業柄仕事の話はしない。サラはキッドよりも少し年上であるが、彼女は何に興味があり、何の趣味を持っているのかセバスチャンには検討も付かなかった。署で彼女と幾度となく話しているのに、彼女の事は何一つ知らない。だがサラの事を思うと、セバスチャンの心は甘く疼くのであった。胸は空気を吸っているのではなくて、何かしら永遠に若々しい力と、悦びを呼吸しているように彼には思われた。「サラ」とセバスチャンは呼び掛けた。
「この道を真っ直ぐだな?」
セバスチャンの質問にサラは正面を向いた。見慣れた道が、何だか今は異なる道に思えた。「はい」とサラは応えた。途端、車道の傍にある掲示板に貼られた行方不明者の顔写真が視界に入った。何処の掲示板も連日の失踪事件で賑わっている。
「例の事件、早く解決しないといけませんね」
「ああ。俺達にかかってる」
赤信号で停車した。サラはセバスチャンの横顔を一瞬だけ見た。彼の顔色はすっかり良くなっていた。外へ出て、少しは気分転換になっただろうか。署で見る彼はいつも眉間に皺を寄せているが、今はリラックスした表情であるように見えた。彼の口元にある切り傷が対向車のライトで目立った。果たして彼等に解決出来るのだろうか。サラは街の掲示板に彼等の顔写真が貼り出されるのを想像した。
「良かったら、朝も迎えに行くが」
セバスチャンが無意識の内にハンドルを握り直した。その様子にサラは僅かに微笑した。青信号である道路に一台のバスが通った。いつも通勤で使っているバスである。乗車している人は誰一人としていなかった。
「軟弱に見えます?」
「いや、そういう事じゃないが……」
セバスチャンは口を噤んだ。ただ単に心配であった。小柄であるし、車で出勤していないし、何より刑事である為に常に危険と隣り合わせである。キッドに対してはこんな事は思わなかったが、何故だか彼女には優しくしてしまう。セバスチャンは青色に気付くと発車させた。──彼女が良い刑事ならば、俺は哀れな刑事だ。いい歳をした男が家庭を持たないのは哀れだと、ジョセフを見ていてもそう思う。だが今は、家庭を持つ事を考える暇もなければ相手もいない。もっと早くに結婚していれば良かったのか?否、きっと俺はこういう哀れな人生だから、この仕事を続ける事が出来ている。彼女は、家庭を持っているのだろうか。セバスチャンは彼女の家、一人で住むには大きな家を見た。恐らく両親が建てた家を継いだのだろう。どの部屋にも明かりは点いていなかった。
「気を付けろよ」
「ありがとうございました。ええ、セバスチャンも」
「俺を誰だと思ってる」
セバスチャンが見せた意地の悪い表情に、サラは少し笑った。彼は良い刑事にも悪徳刑事にもなれる。だがそんな彼の人生も、もう直ぐ終わりを告げる事になる。一度だけ振り返って彼を見ると、セバスチャンは緩く右手を上げた。