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Quiet find



サラが駐車場に入った途端、建物の入口付近に黒塗りのセダンが一台停車しているのが見えた。そんな事はとても珍しい為、サラは徐行しながら思わずその車を凝視した。するとその車から降りて来たのは私服姿のウェスカーであった。彼よりも自分の方が此処にいる時間が長い為、彼の車など今まで一度も見た事がなかった。サラは凝視する事を止め、彼の隣に停車した。ワックス掛けされた光沢のあるスポーツセダンの横に、今にも朽ちそうなクラシックカーが並ぶのを想像する。服と同様、何故洗車して来なかったのかとサラは後悔した。エンジンを切り、車から降りてトランクへと回った。すると荷物を持ったウェスカーが近付いて来た。「ウェスカー」とサラが微笑むと、彼は応答に頷いた。
「この前は助かった」
この前──サラは銃を収納している鞄を肩から提げた。アルファチームから応援要請が出た任務の事である。サラはあの時の事を想起した。あの日は良夜で、風も殆どなかった。しかし敵は多く、そこら中──家や車、鬱蒼とした林の中に身を隠していた。地に足を付けて、敵の庭で戦うのはアルファチームでも不利であった。サラは敵が発砲した際に出る煙硝や炎、音などで正確な位置を把握する事が出来た。敵が住処としていた家は木造で古くなっていた為、容易に弾は貫通し、サラは持ち前の猛威を揮ったのだった。しかしそれを更に助長させたのは紛れもなくウェスカーであった。今夜、あなたが死ぬ事はない。まだあなたは死ぬべき時ではない。サラは敵に弾丸を浴びせながら、彼に見られている、彼の目が自分の技量を観察している、とそう考えていたのだった。そう思う事によって冷静に、そして更に自分の実力が磨かれたように感じられた。そういえば、彼が何色の目をしているのか、自分は知らない。
「まさか銃撃戦が起こるとはね」
「ああ。君達チームの援護がなかったら危なかった」
特に、君の援護が。ウェスカーはサングラスを外した。ただ何となく、視界が重く感じられた為にそうした。しかし想像以上の眩しさに、瞬時に彼は目を細めた。特に車に反射した強烈な日差しがウェスカーの双眸に差し込んだ。僅かに眉間に皺を寄せたウェスカーが不意にサラを見ると、彼女も自分を見ていた為に視線が合った。ウェスカーの、サングラスを掛けようとした手がピタリと止まった。其処には、彼女の持つ深緑色の眸には異常な輝きが示され、強い魅力が彼女の一瞥には住んでいた。明るい日差しが入った、目が覚めるような美しさに、ウェスカーは夏に感じる目眩と似たような感覚を覚えたのだった。
「どうした」
サラも無意識の内に彼の顔を見詰めていたのだった。大理石宛らの秀麗な顔立ちが持っていたのは青色の目であった。それは二人の頭上に広がる、測り知る事の出来ない程に高い空の色であった。そしてその目には感情があった。捉える事は出来ないが、何ら自分と変わらないものを彼が持っているという事をサラは知ったのである。青銅の心を持つ彼。その彼が放つ無感情の声。その声が、無上に優しげに聞こえた。
「素顔を見るのが初めてだったから」
そう言ってサラは笑った。嘸かし嬉しそうに、その宝石宛らの瞳を日光に燦めかせて。彼女を夏の一日と比べてみても、彼女の方がずっと美しく、もっと温和であるとウェスカーは思った。五月には強い風が可憐な花の蕾を揺らし、夏は余りにも短い命しかない。強い日差しが暑過ぎる事もあれば、金色の光も絶えず雲に遮られる。美しいものは全ていつかは廃れていくものであり、偶発事によって、また自然の変化によって崩れてしまうものである。
「なんて言うんだっけ。入る光によって色が変わる目のこと」
しかしウェスカーにはこの美しい夏が、サラが、永久に萎れる事はないと思われたのである。彼女の今の輝きは色褪せる事はない、彼女が死の影の谷を歩むとは死神も吹聴出来はしない。この己の頭の中に君が生き続けるのならば、彼女を照らす太陽によって君も命を永らえる、とさえ。「さあな」とウェスカーはサングラスを掛けた。途端に視界が暗くなる。空の青さも、瑞々しい若葉の色も、色褪せたように変わった。
「緑は豊かさの象徴だ」
サラは一瞬、何の事か分からなかった。見る事が出来ていたウェスカーの青い双眸はもう隠されている。彼は、今なんと言った?サラは今まで自分の眼の色など気にした事はなかったし、珍しい色の為に綺麗だとも言われた事がなかった。そんな眼を、豊かさの象徴と彼は言った。サラは胸の内で何度もその言葉を唱えた。どんな高価な物よりも、他のどんな価値のあるものよりも、それは彼女の心に残った。
「ありがとう。そう言われると、嬉しい」
ウェスカーはふと思った。もし君に助力が必要であれば、いや、単に君の胸の内を誰かに打ち明けたかったら、その時には自分の事を思い出して欲しい、と。ウェスカーはサラのその手を取って接吻したかった。もし何かする事が出来たら、自分は非常に幸福であると。

二人は建物の中へと入り、受付を通った。狭い受付に設置された大きな扇風機が回る音が鳴っていた。
「今日はどの銃で撃つの?」
元警官が紙を一枚、ウェスカーの手元に置いた。そして三発の弾丸をその上に並べた。
「腕試しだ」
そう言ってウェスカーは薄い唇の端を僅かに上げた。サラは彼のその表情を見て、持っていた鞄を思わずきゅっと握った。ウェスカーは立場上、スナイパーライフルを殆ど使用しない。だが彼女を見て、あの毅然とした撃ち方を見て、すっかり感化されたのである。彼は受付の隣の壁に貼り出された数枚の紙に視線を移した。紙には大きな黒色の丸が印刷されている。中心にはX、その周りには10、またその周りには9と印されてある。数枚の中にサラ・バラデュールとサインされた紙があった。その中心Xには三つの穴が空いていた。特殊部隊でも黒い丸に当てる事は難しいと言われる。ましてやその中心に当てる事が出来る者など僅か一握りである。
「君のライフルを貸してくれ」
サラが肩に掛けていた、アメリカ製のボルトアクション式ライフルを見てウェスカーは言った。セミオートマチックライフルに比べて連射性は劣るが集弾性は高い。戦場ではその銃のアップグレード版を使っているが、此処ではその古いライフルであの成績を保持している。
「分かった」
美しい深緑色の眼の中で溶け合っている、崇厳と謙抑の表情は限りなく魅惑的で、又してもウェスカーの心を疼かせた。