所変わって昼休みの廊下。
ある空き教室から歌声が聞こえてきた。
一人の金髪の生徒がその音に気がついて静かに耳を澄ませた。
心に染み渡るその歌声に自然と彼の表情は柔らかいものとなる。

「廊下まで聞こえてるっつの、あいつ。」

彼の足は自然と歌声の方へと進んでいった。






――――――――――




「ああ!駄目だ!ここのところが上手く歌えないよ〜…」

帝人が空き教室で黙々と練習していたのは軽音部の新しい曲である。
可愛いらしいメロディーのその曲はキーの上がり下がりが激しくてなかなか難易度が高いものだった。
いつもサビの最後の高音に苦戦している帝人は、メインボーカルの責任感故にこうして一人で練習することが多かった。

「学園祭まであと少しなのになぁ…。
せっかくメインボーカルに選んで貰ったのに、みんなに迷惑かける訳にはいかないし…。」

段々と暗くなってきた思考に知らず溜め息が零れる。
そんなネガティブになっている帝人の頬に、突然冷たい缶ジュースが押し当てられる。

「ひゃあっ!」

甲高い叫び声を上げて、勢いよく後ろに仰け反り倒れ込みそうになる帝人を、何者かが片腕で受け止めた。
その何者かが笑っていることが腕の振動で帝人にも伝わった。
また臨也の悪戯かと思って斜め後ろをじろりと睨み見るとそこにいたのは意外な人物だった。

「静雄さん…?」

「っ、ははっ、お前、驚き過ぎだろ」

「……笑いすぎですっ!」

「わり、何かあまりにも真剣そうだったからさ、つい」

「ついって…。一瞬臨也さんかと思いましたよ!」

「はぁ?あのノミ蟲野郎と一緒にすんじゃねーよ。つーかアイツいっつも竜ヶ峰に何かしてんのか?言えよ。」

「言えよって言われましても、臨也さんのアレはもう何というか、病気みたいなものだと思っているので、」

「あのクソ野郎、次会ったらぜってー殺す。」

「軽音部の見えないところでやってくださいね。」

そんな軽いやり取りの後、静雄は缶ジュースを開けて帝人に手渡してやると、真剣な表情で尋ねてきた。

「どうした?何か悩んでんのか?」

「……聞いてたんですか?」

「あー、別に盗み聞きとかそんなんじゃねえんだけど、ただ何か、竜ヶ峰が悩んでるみたいだったから、俺で良ければ話を聞こうとだな…。いつもお前には話聞いて貰ってるし、癒やされてるし、だから、その、アレだ。」

なかなか言い出そうとしない静雄に帝人がクスクスと笑う。
それに静雄が照れたように頭を掻きながら“笑うな!”と言ってそっぽを向く。

「いや、静雄さんが何か可愛らしくて…」

「可愛いとか男に言う言葉じゃねえだろ。」

「でも、ありがとうございます。わざわざ気にかけてくれて。静雄さんって優しいですよね、何だかんだで。」

「いや、別にそういう訳じゃ」

“お前にだけだよ”とも言えず、静雄は更に頭を掻き毟りながら俯く。

「とにかく、何か悩みがあんなら俺が聞くぞ。」

「悩み、というか、ただの僕の実力不足なだけなんですけど。学園祭も近いのに、みんなに迷惑かけたくないのに、何か上手く歌えなくて、」

段々と詰まっていく帝人の声を静雄は黙って聞いている。
時折帝人の背中をぽんぽんと優しく叩きながら。

「せっかくのメインボーカルなのに、みんなで作った曲なのに、僕がちゃんと歌えなきゃ駄目なのに、」

「…………」

「何で肝心なときにちゃんとできないんだろうって、思っちゃって。一人で練習してると余計なことぐるぐる考えちゃって、」

ぐす、と鼻を啜りながらそれでも笑おうとする帝人に、静雄は顔をしかめると、帝人の頭をガシガシと撫でた。
ボサボサになった髪をそのままに、静雄は帝人の頭に置いた手をどかさずゆっくりと口を開いた。

「馬鹿。」

「はい?」

「馬鹿だろ、お前。」

「え、あの、意味がよくわからないんですが…」

キョトンとしている帝人に向かって静雄は盛大に溜め息を吐き出すと、今度は少し優しい声音で喋り出した。

「お前は何でもかんでも深く考え過ぎなんだよ。誰も迷惑だなんて思ってる訳ねーだろ。つーか少しは周りを頼るっつーことを覚えな。みんなお前が影で一生懸命努力してることはわかってるんだからよ。」

「………、」

「それに、俺はお前の歌好きだよ。一生懸命歌ってんの伝わってくるし、少なくとも俺はいつもお前の歌で救われてる。
他の奴らもそうなんじゃねえかな。ノミ蟲とかもいっつもほざいてんじゃねえか。“帝人ちゃんの歌は人の心を動かす”ってよ。
だから、お前はもっと自信持っていいんだぞ。お前には背中押してくれる奴らがたくさんいるだろ。」

「……っ、」

静雄の説教じみた優しい言葉にたまらず流れ出した涙を、帝人は乱暴に袖口で拭う。
そして再び顔を上げて、静雄を見上げた帝人の顔にはもう迷いや曇りはなくなっていた。

「ありがとうございます、静雄さん!僕、また頑張れる気がします!」

太陽のように眩しいその笑顔に、静雄も優しく笑い返すと、再び帝人の頭を撫でた。

「おう、ちゃんと見てるから安心しろ。」

柔らかい午後の日差しを浴びながら、短い昼休みの一時は過ぎて行った。










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