愛してくださいと笑ったとして
わたしの手を掴んだ彼の顔をしっかりと見据えて
愛してください、と笑ったとして
.
「別に死にたいわけじゃないんだよね、わたしは」
完全に開かれた窓の桟に腰掛けて、ゆっくりと伏し目がちに笑った。
数年前に卒業したばかりの我が母校、雄英。
そこにある、焦凍くんと初めて会った懐かしの一年A組の教室に焦凍くんとわたしはいる。
焦凍くんは、あの時から何も変わっていない。
わたしも
ほとんど
(
)
変わっていない。
一年A組に在籍していたあの頃だって――
.
「なまえは……個性が使えなくなるのか」
わたしの目の前、廊下側に立っていた焦凍くんが呆けた顔で、でも真面目にわたしに告げた。
まだ明るい夏の日の放課後、二人だけ。
馬鹿なの?ってくらいに真面目な顔のまま、ずかずかとほとんど距離のない程に迫ってきた彼に驚いて、窓の桟に座っていたわたしは、全開の窓からずり落ちそうになる。
――やばい、落ちる
そう思ったところで、ぱしんと力強く腕を掴まれた。
お陰で窓から真っ逆さま――なんてことはなかった。
え、と思って正面を向くと、強い意志を宿らせた瞳でわたしを見据える焦凍くん。
「落ちるぞ、俺を残していくのはやめろ、友達だろ」
流石に落ちないとは思うよ、と笑って呼吸を整る。
さっき言った通りだよ、とわたしは続けた。
「わたしは増強、っていう単純かつシンプルな個性……ってことは知ってるよね」
「あぁ」
「まぁ相手と同等の力か、運が良ければ五パーセント上乗せされた力になる。
でもそれは、貯水タンクに空いた穴の様なものなの……大きな力を使っただけ、水――つまりはわたしの個性は使えなくなるの。その代わりにすごく強力な個性、ってこと」
なんで使えなくなるなんてわかるんだよ、と彼は少し心配した様な口調で俯いた。
母からの個性の遺伝だよ、と細かいことは伝えずに呟いた後、彼を心配させまいと明るく笑顔を作る。
「まぁ絶対使えなくなるかなんて今はわかんないし、そんな気配もないから平気だよ」
その通りだった。今はまだわからないし、遺伝とはいえ、完全にそうなのかなんてその時まで知ることができる訳がなかった。
わたし達は友達、でも、わたしは彼のことが好きだった。
だからそんな、自分のことのように悲しい顔はして欲しくなかった。
.
あれから何年もたった今。
わたしは個性が使えなかった。
「一週間前に使えなくなっちゃったんだ」
あの時言った通りだったみたい、笑えるね、とぽつりぽつりと語る。
「所属事務所は芸能活動にも力を入れているから、元ヒーローという名目で番組なんかでヒーローのあれこれについて語る――いわば解説者になったの。
でも行きずりで付き合ってた彼氏には振られた、ヒーローじゃないなら嫌なんだって」
告白されたから付き合って、恋人らしいことは何一つしていない。
『ヒーロー職の彼女』が欲しかっただけらしい。
今でもわたしが好きなのは、焦凍くんだけなのだ。
はは、と乾いた笑いだけががらんどうの教室に木霊する。
笑うつもりはなかったけど、笑っていないとやっていける気がしなかった。
焦凍くんはわたしの目の前で黙ったまんま。
彼の今の気持ちなんてわからなかった。
――ねぇ、ヒーローも出来なくなって、自分を必要としてくれる人もいなくなって、生きていけるのかな。
掠れた声と涙だけが、わたしから弱々しく絞り出される。
いくら焦凍くんが黙って聞いてくれているからって、話しすぎてしまった気がする。
「最初に言ったでしょ、別に死にたくないって。私は生きていたくないだけ」
べらべらとごめんね、聞いてくれてありがとう。そうとびきりの笑顔を作ってから、すっと空気の吹き抜ける、自分の後ろ側に一気に体重をかける。
まだ落ちていないから浮遊感とは言えない、だけど、ふっと体が軽くなった。
わたしの最後の記憶が焦凍くんなんて嬉しくて、涙が溢れる。
目を見開く彼と、終始笑みを浮かべているわたし。
傍から見たら酷く滑稽だろう。
空気の抵抗を受けるわたしの耳に、ふざけんなよ、とぼそりと呟いた声が入ってきた。
「っなまえ……ふざけんなよ……!」
焦凍くんが、わたしの腕を掴んだ。ぱしりと、強く。
あの時と同じだ、と直感的に感じた。
――同じ場所で、同じように、落ちそうな私の両手を掴んだ。
ふわっとわたしの頭を、一年A組の頃の記憶が過ぎる。
「必要とされてねぇとか言ってるが……俺はなまえを必要としてるんだよ、気づけよ」
「え、なんで、」
友達だから? そう思った。
せめてヒーローでいられたらいいのに、それが無理ならせめてわたしを必要としてくれたらいいのに、それすらも叶わないんだよ――そう叫んだ。
「――好きなんだよ、ずっと、入学した頃から」
はっと彼の目に視線を移す。
じっと私を見つめていて、彼の瞳を覗き込めば私が映っている。
その瞳からも涙が零れていて、わたしの膝に落ちる。
俺がお前を必要としてる、ヒーローでなくても。そう笑った彼があまりに綺麗で、眩くて、何故かわたしのほうが泣けてきてしまった。
「なあ、俺と結婚を前提に付き合おう……じゃない、付き合ってくれませんか」
「わたしだって好きだったんだよ、もちろんそのお誘い乗らせてもらうね」
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