赤い痕だけがあの夜を記憶していた

本文ふと目が覚めた。窓から差し込む光は茜色に染まっていて、あれから数時間寝ていたんだと気づいた。
ギシギシ痛むのを耐えながら上半身を起こして、すやすやと隣に眠る物間の髪を撫でる。

「、ん……」
「あ、ごめん、起こした?」

トロンとした寝起き眼で私を見上げる。おはよう、と微笑んだ。

「……ねえ、何でそんな普通の顔してられるの」

微笑んだ私の頬を掴んだ彼は、泣きそうな顔をしていた。後悔したような、そんな表情。
まさか忘れたわけじゃないだろとさらに手に力を込められる。
もちろん、忘れてなんかないよ。

「物間の赤ちゃんならいいよ」

全部諦める覚悟はできていた。
ずっと、ヒーローになりたかった。小さい頃、誘拐されかけていた私を助けてくれたプロヒーローに憧れてから、勉強も運動も生活態度も、全部頑張ってやっと雄英に合格したけど。
好きな人の赤ちゃんを育てられるなら、それはヒーローになれなかったとしても、女として最高に幸せな人生な気がした。大変なのはわかってる。これからプロヒーローになるんだという物間の負担になるのもわかってる。その結果捨てられてしまうかもしれないっていうのも理解出来ていた。
は、と彼の気の抜けたような返事も聞こえないふりで続ける。

「まだ妊娠したなんて決まったわけじゃないからわからないけどね。危険日でもないし。それでも、私は物間のためにヒーロー諦めることも雄英辞めることもできるよ、物間に捨てられるとしても」
「ちょっと、」
「危機感、なくてごめん。折角気遣ってくれたのに」

気づいたら、涙が溢れていた。じくじく痛む下半身のせいでも、これから訪れるかもしれない大変な将来を思いやった訳でもなかった。
ただ、目の前の物間が好きなのに、それを態度で示せていなくて、結果傷つけてしまったことへの贖罪だ。

「好きだよ、寧人」

痛みの残る下腹部を撫でる。

「あなたの赤ちゃんなら、産みたいなあ」

物間に視線を向けようとした。でもそれは彼自身によって止められる。
ぎゅっと体に温もりを感じた。
ねえ、なんで抱きしめるの。こんなに面倒な女なのに。
そう思ったけどそれでも抱きしめられたことが嬉しくて、私も彼の背に腕を回す。

「僕はなまえに夢を諦めてほしいなんて思わない。でも、もしそうなった時は、僕が責任を取るよ」

僕も好きだ、と耳元で囁かれる。吐息がかかるほどの距離の中、二年前の夏の日と同じ様に、どちらからともなくキスをした。
今日この日を記憶しているのは、私の首筋についた赤い噛み跡と、彼の背についた鮮やかな爪痕だけ。
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