からっぽでも満ちていても苦しい


「ねえ、あの、私に近づかないでほしいの」
「は?」

今にも抱きしめられる、なんて状況の私から零れ落ちた言葉に、蘭丸くんは素っ頓狂な声を上げた。
どんな顔をしているのか見たくなくて、こわくて、私はそっと俯いたままでいる。

「どうしたんだ?」

それでも、蘭丸くんから紡がれる言葉はやさしい。
私には受け止めるのすらいっぱいいっぱいで、泣きたくなった。
彼が私を見ていなくて、彼の中に私の存在なんてこれっぽっちもなかった、その時だって本当に苦しかったのに、こんなに満たされていたって苦しい。
咳き込んでしまいそうな愛に、私はもうどうすることもできない。
蘭丸くんと私の距離がゼロに近づく度、鼓動はドキドキうるさくなるのだ。

「あんまり近いと、あの……ドキドキして、」
「ドキドキして?」
「気が狂いそう……」

両手で顔を覆って、いくら覗きこまれそうと赤くなった頬が見えないようにする。
ああもう、言わなければよかった。
何がおかしかったのか、上で彼は笑っているし。
恥ずかしい他ないわ。

「あのさ、それわざと?」
「え?」

ぐっと肩を押されて、自然と顔が上がる。
私をじっと見つめている蘭丸くんと目が合って、もうオーバーヒートしそうになってしまう。

「本当にかわいい」

ひひ、といたずらっ子のような笑顔が眩しかった。
かわいくて、かっこよくて、きらきらしている。
ひまわりみたいだ。
蘭丸くんの頬もほんのり赤くなっている。

「か、わ、いいとか、そんな」

片言にしか生まれない言葉も、結局最後までは言い切れない。
彼は、ふわりと私の首に顔を埋めて抱きしめた。

「なあ、なまえ」
「何……」
「俺、お前を好きになってよかった」
「私もだよ」

今なら、気持ち悪いくらいゆるゆるな私の顔は見られないから。
幸せに浸るだけ浸ろうかなあと呑気なことを浮かべて、蘭丸くんの背中にそっと腕を回した。

title by リリギヨ様
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