くだらない幸福に溺れたいと願う

一期一振は、優秀な刀だ。

出陣するとき、内番するとき、その他の日常生活すべて。いつ見てもきちんとしていて麗しくて、でも嫌味じゃない。どんな動作も丁寧に完璧にこなす。
そんな彼の、かっこ悪いところや恥ずかしいところは今までただの一度も見たことがなかった。

他の刀剣には必ず、小さな欠点や不得手なことの一つや二つがあるけれど、一期一振にはない。

あんまり完璧なものだからなんだか少し悔しくて、彼の欠点を探そうと監視したことがある。
何度か試みたけれど、とうとうわずかばかりの失敗も見せてはくれなかった。
……完璧すぎてかわいくない。

今日はその、かわいげのない一期一振が近侍だ。
昨日の近侍の鯰尾はじゃれついてきてあまり仕事が捗らなかったけれど、一期一振が補佐してくれると恐ろしく仕事が捗る。背後から、きっちり正座をした一期一振の圧力を感じるせいだろうか。まだ昼過ぎなのに終わりが見えかけている。このままいけば、おやつの時間までには終われるかもしれない。

そういえば、一期一振が近侍をしてくれる日はいつも仕事が早く終わる。どんなに量が多くても、いつも日が暮れるまでには解放されている。それなのに、他の刀剣……たとえば、昨日の鯰尾のときと比べて急いでいる感じもしないし、きつくもない。
思い返してみて、一期一振は本丸内でも一、二を争う優秀な刀だと、なおさら実感する。

「さすが一期一振だね、おやつまでには終われそう」

「そうですか」

あ、しまった。つい褒めてしまったけれど、彼は褒められるのを嫌うのだった。嫌だと言われたことはないけれど、わたしが褒めると彼はいつも少し嫌そうに唇を噛む。今日も不機嫌そうに唇の形を歪めている。なんだかちょっとむっとしているような……?怒ってるのかな……。

もしかしたら、付喪神とはいえ神様だから、人間の小娘なんかに馴れ馴れしくされるのが嫌なのかもしれない。気をつけようと思うと同時に、また一期一振との距離が遠くなった気がしてそっと溜め息をついた。
他の刀剣たちは、褒めるとみんな嬉しそうにしてくれるのにな……。
違うと思いたいけど、なんだか嫌われている気がする。それは、随分前から感じていたことで、今では確信に変わりつつあった。

わたしに対する態度はともかく、一期一振は物腰が柔らかくて優しい、真面目な良い付喪神だと思う。優秀だし。
でも、ずっと二人きりでいると息が詰まる。
少しの間だけ、彼から離れたい。

どうにも耐えかねて、わたしは外出することにした。短刀ちゃんたちを誘おう。久しぶりにお菓子でも買ってあげよう。かわいい子たちの笑顔が見られたらがんばれそう。

「あ、わたし、買い物に行ってくるからお留守番しててもらえないかな?」

「は?」

軽い気持ちで言った言葉に、とんでもない低音が返ってきた。こわい。一期一振のこんな声初めて聞いた。もしかして仕事が終わってないのに外出するのが許せないのかな……。一期一振は真面目だもんなあ……。

「護衛もつけずに買い物ですか?」

「短刀ちゃんたちにお願いするから大丈夫!」

「今日の近侍は私です」

「知ってます」

「わざわざ短刀に頼まずともよいのでは?」

「…………」

せっかく遊んでる弟たちの邪魔するなってこと……?
もしかしてわたし、一期一振の地雷を踏んでしまった……?

「それに昨日は近侍の鯰尾を連れて買い物に行っていたではありませんか」

「はあ、まあ……その……鯰尾は喜んでくれるから……」

一期一振のきれいな瞳に冷たく見つめられると、すべて見透かされそうでこわい。思わずしどろもどろになってしまう。やましいことなんて何もないのに。

「…………」

「……と、とにかく! わたし行ってくるから!」

「お待ちください!」

「え……」

彼の視線から逃げるように歩き出そうとしたところで、手首を掴まれた。振りほどく気にもならないような強い力を感じる。こ、こわい。

「あなたはどうしていつもそうなのですか」

「えっ」

ま、まずい。サボろうとしたのがバレたのかも……。咎めるような視線が刺さる。

「私だって……」

「……」

「私にも構ってください……」

「…………へ?」

今なんと。
彼の声が消え入りそうに小さくて、聞き逃してしまいそうになった。

「私にだけ冷たくありませんか」

「え」

それはこっちの台詞なんですが……!
反論の一つでもしてやろうかと思ったけれど、なんとなく悲しげに揺れる瞳を見てしまうと、何も言えなかった。
一期一振は躊躇いがちに口を開く。

「いつも弟たちが羨ましかった……弟たちだけではありません。私以外の刀剣皆が羨ましかった」

「な、なんで……?」

「主に構ってもらえるから……」

「でも、一期一振は構ったら怒るじゃない」

「怒る? 私が? 主に構われて怒ったことなど一度もありません」

「褒めたりするとむっとしてるし……」

「もしかすると、それは……だらしない顔を見られまいとしているのを誤解されてしまったのでは……」

「は!? 人の体手に入れて何日経ってると思ってんの!? もっと楽にしなよ! だらしない顔しても死なないよ!」

「いえ、その…………だらしない顔をすると、あなたに嫌われそうで怖かったのです……」

「はい?」

あなたの主は、嫌われそうで怖いどころか、あなたに嫌われてると確信してたんですが。

一期一振は、しばらくわたしの目を見つめていたけれど、じわじわ恥ずかしくなったのか、二三度まばたきをして目を逸らしてしまった。少しずつ頬が紅潮し始めている。
髪が青で瞳が黄色の彼が赤面すると一人で信号機をやっているみたいに見える。忙しい刀だ。

「……っ、わ、忘れてください……っ」

勢いよく俯いた彼が上擦った声で言って、それまで掴んでいたわたしの手首をぱっと離した。
赤くなった顔を隠しているつもりなのだろうけれど、短い髪の間から真っ赤な耳が見えている。
……かわいい。
彼がこんなにかわいい刀だったなんて……、寂しがりやの刀だったなんて、少しも気付かなかった。

「一期さん」

「……」

「一期一振」

「……はい」

「気付いてあげられなくてごめんね」

「いえ……わがままを申しました。お恥ずかしい……」

一期一振は、とうとう手袋に包まれた両手で俯いた顔を覆ってしまった。
そんなことしなくても、わたしに彼の顔は見えていないのだけれど。

「今さらだけど、今日は今まで構ってあげられなかったぶん、たくさん甘やかしてあげる」

「え……」

「今日の近侍が優秀なおかげで仕事はもう少しで終わりそうだし。……ほら、おいで」

「…………」

馬鹿みたいに両腕を広げるわたしを、一期一振はぽかんと見上げる。は、恥ずかしくなってきた……。

「嫌なら、いいんだけど……」

「嫌ではありません!」

「痛い! もっと優しくして!」

「も、申し訳ありません!」

羞恥に耐えきれなくなって腕を下ろすと、一期一振はその腕を思いっきり引っ張ってわたしを抱きしめた。おかげで彼の胸板に顔面を強打した。鼻血出た気がする。
思わず文句を言うと、今度は触れているのかいないのかわからないほどの弱い力で手を添えられる。
極端……!

「もう少しぐらい、強くしても平気だけど」

わたしが言うのを聞くと、一期一振は再び力いっぱいわたしを抱きしめた。痛い。骨がみしみし鳴っている。刀剣男士の怪力こわい。
苦しいよ、と言おうとしたとき、一期一振が安心したように溜め息をついた。
そんな態度を取られたら文句なんて言えない。
力を緩めてもらうことを諦めて、わたしも彼の背に腕を回す。

「寂しかった……」

耳元で囁く声。くすん、と鼻を鳴らすおまけつき。
いつもすましていて完璧な一期一振にこんなかわいい面があったなんて。
心臓の奥がぎゅうっとせまくなる。

「わたし、あなたに嫌われているんだと思っていました」

「自分の主を嫌う刀などおりません」

ますます強く抱きしめられて、いよいよぺちゃんこにされてしまうのではないかと少し不安になる。
だけど、この痛みが信頼されている証のような気もして、嬉しくもある。

なんだ、嫌われてたわけじゃなかったんだ。
ずっと完璧な刀だと思っていたから気付かなかったけれど、どうやら彼は感情表現の仕方が下手なようだ。

知らなかった。一期一振は、完璧なんかじゃなかったんだ。
これまでかわいげがないと思っていたのが嘘みたいに、愛しくてたまらない。

彼の寂しさが消えるように、そっと背を撫でる。
我にかえったらきっと、慌てて離れていってしまうと思うから、あと少し。もう少しだけ我を忘れていてほしい。

くだらない幸福に溺れたいと願う

20160122
茜さす君が袖振る様に参加させていただきました。


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