何か悪い夢を見ていたようで、目の前にいるいつもと変わらない彼女に酷く安堵した。

「ジャミル、また先生に同じところ注意されてたな。しかも気絶までしちゃって、だっせーの」

短剣を片手に厭味っぽく笑いながら、名前が言う。気絶、僕は気絶してたのか。そう安堵しながら、半ば反射的に言い返す。


「君だって、先生に言葉遣いを注意されたばかりだろう!」
「あたしは使い分けができるからいーんだよ!」
「君は少し女の子らしくしたほうがいい!」


これが僕らのいつものやり取りだった。僕らの父上方は仲が良く、よく一緒に習い事をさせられていた。彼女は剣がとても上手かった。その霞色の髪を揺らして華麗に舞った。

でも僕は基本的に彼女が嫌いだった。彼女は僕に優しくなかった。


僕が彼女に髪飾りをあげた時も
「お前趣味悪いな」
と言ってすぐにそっぽを向いて行ってしまったし(その後一度もつけてるところを見なかった。)、服をプレゼトしたときも
「こんな服趣味じゃない!」
って叩かれた。彼女が僕をどう思ってるかなんて知らなかったし興味もなかったけど、そういうことがあったから僕は思い通りにならない彼女が嫌いだった。


極めつけは、僕が結婚する前に一人でさっさと結婚してしまったことだ。相手は少し離れた場所の領主でだった。いつもは口悪く「おい、ジャミル」っていうくせに、その時彼女はその琥珀色の瞳いっぱいに涙をためて、「ねぇ、ジャミル。ありがとう」ってそういった。その時の名前が気持ち悪くて気持ち悪くてその時本当に彼女を嫌いになってしまった。

そんな彼女は知らなかった。

彼女は結婚してすぐ領地の民の反乱により命を絶たれたと聞いた。

葬式にはでなかった。



それから数年して僕は領主になった。忙しく充実した日々を送って、すっかり彼女のことなんて思いださなくなっていた。それなのにこんな時に思い出すなんて…

こんな時…?


今は…


そうだ、

ダンジョンに…



ゴゴゴゴッとすごい音にはっとして周りを見渡すとゴルタスが倒れていた。もう息はなさそうだ。

壁や床が崩れてきて、細かい破片が体を打つ。

ぼんやりと死ぬのか、と思う。

ふと、白い小さな鳥のようなものが通りすぎた気がした。


なんだか懐かしくてその姿を追うと、

彼女の霞色が、

彼女の琥珀色が、

彼女全てが、そこにあった。



僕の知ってる趣味の悪い髪飾りをつけて、僕の知ってる趣味のあわない服を着ている、僕の知らない彼女だった。ゆっくりと近づくと、彼女は僕を優しくだきしめた。僕はこんな彼女を知らなかった。本当は彼女を突き飛ばしてやりたかったけど思い通りにならなかった。

でも嫌じゃなかった。

彼女の懐かしい匂いに触れて、外側にあった想いはゆっくりと溶かされて、雫となって頬を濡らした。

へたり、と座りこんだ僕を優しく彼女は抱きしめていた。

僕は人生をかけて大きな勘違いをしていたのだ。

「なぁ、名前…。ありがとう」
(ねぇ、ジャミル。ありがとう)

ゆっくりと目を閉じて、この悪夢が一生続くように願った。


あめ色の想い出


人を愛する喜びを教えてくれて。


110614