苦しげに吐息を漏らす彼の頬に触れてみればいつもより熱かった。白磁のような肌は微かに赤く染まり熱っぽい眼差しでトキワを見ている。
いつもの不遜な態度は、自信に満ち溢れた笑顔は、どこにもない。ただ彼は辛そうに浅い呼吸を繰り返しながら力無く保健室のベットに横たわっている。

「セイバー……」

口を出たのは思ったよりもずっと頼りなく情けない声だった。今まで何度か窮地に陥った事があれど、ここまで情けない声を出したのは初めてかもしれない。
それに気づいたサーヴァントは自分が一番辛いくせにトキワを安心させようといつも通り笑って見せようとした。けれども今の彼の顔色ではただただ痛々しい。

「奏者よ。そう泣きそうな顔をするな。余の心も締め付けられて切なく痛む」

「ごめん、セイバー。ごめん……」

油断していた。油断して、セイバーを傷つけて苦しめている。

トーナメント式の聖杯戦争で勝ち上がって行くならば相手のマスターもサーヴァントもどんどん強くなっていくのは明白だった。
少しの油断も隙も命取りになる。過剰と言える程の対策を用いても足りないという事は無いのに。ましてや今回の対戦相手はユリウスだ。

ハーウェイが送り出した暗殺者。レオという王者に聖杯を手にさせる為に戦争に参加する、暗殺者。
彼自身は勿論の事、彼が従えるサーヴァントも強力だ。
ハーウェイの闇と不可視のサーヴァント。

その二人の強襲によりトキワのサーヴァントは負傷した。トキワとセイバーを繋ぐ魔術回路が絶たれてしまった。
今セイバーが現界出来ているのは彼自身の魔力を消費しているからだ。マスターであるトキワからの魔力が供給されず、彼の持つ魔力が底を尽きれば彼は消える。そしてトキワも消えるだろう。

それだけは駄目だ。絶対に許される事じゃない。誰がそれを許そうと、トキワは絶対に許さない。
トキワは自身の命が惜しい。死にたくない。聖杯に懸ける願いという願いは無いけれど。ただ、死にたくない。
トキワの命が惜しいからセイバーを惜しむという訳では決して無い。そんな事は決して。
セイバーが大切だ。きっとトキワは自分よりも彼が大切だ。だからセイバーに消えてほしくない。
自分の命を惜しむのと同じくらい――もしくはそれ以上に――セイバーの命を惜しむ。

弱弱しい手つきでトキワの頬を撫でるセイバーの手を取ってその甲に口付た。彼が息をのむ気配を感じながら今度は彼の唇に口付た。

「セイバー、セイバー」

「奏者?」

「ラニに、聞いたんだ。どうすれば良いのかって。そうしたら、教えてくれた」

完全に遮断されたトキワとセイバーの魔術回路。セイバーへの魔力が枯渇しているからこの事態が起きている。
単純な話、魔力が不足しているなら供給すればいい。回路が絶たれているなら繋ぎ直せばいい。
幸いにもトキワの魔力は無尽蔵と言える程の量を持つ。再度トキワとセイバーの魔術回路を繋ぎ直し、尚且つ枯渇している魔力を直接供給出来たならばこの事態から脱却できる。
彼の体調は元通りになるし、またこの聖杯戦争を戦い抜く事が出来る。
何よりも、大切なセイバーが消えなくて済む。

「奏者よ、わかっているのか?」

魔術回路を繋ぎ直す。それがどういう事なのか。

「わかってる」

「――この、大馬鹿者めが!いくら電子世界といえど、仮想空間の出来事とはいえ、もっと自分を大切にせんか!」

弱弱しくも激昂したセイバー。当のトキワは美人が怒ると迫力があるな、と内心呑気に考えた。
けれどもいくらセイバーが怒ろうとも、トキワはこの方法を変える気は毛頭なかった。

「ちゃんと、大切にしてる。セイバーが守ってくれるから。でもセイバーだって同じくらい大切なんだ。セイバーの為なら、何をしてもいいって思えるくらい。セイバー為に、自分の為に。だから、いいんだ。自分の意志で、こうしたいと思ったんだ」

「そ、なたという娘はほんっとうに困った奴だな!本当に、全く……!」

力無く保健室のベットに寝そべるセイバーは手で顔を隠してはいるけれど指の隙間から覗く顔色はほんのり朱色に染まっていた。無意識の内にその朱色に手を伸ばした。するりとした陶器と見紛うばかりの美しい肌は少し熱を持っている。

いくら電子世界と言えどもそんなに簡単に自身を差し出せる訳が無い。セイバーに言ったように、彼の為に、自分の為に。
そしてそれに伴う感情の名前はまだわからないけれど、予想は出来る。だから、嫌じゃない。恐いという感情も、どこにも無かった。

「本当に良いのか、我が奏者(マスター)よ」

指の隙間から翡翠が覗く。翡翠には普段見られぬ熱い視線が籠っていた。

「勿論。セイバーだから、良いんだ」

「ならば、来い。我が愛しの奏者(マスター)」

セイバーが伸ばした手を取って彼が横たわるベットに入る。彼の手が、トキワの髪を結んだリボンを解いた。流れるような動作で制服が寛げられていく。片手で制服の釦が外されていき、もう片方の手はトキワの首筋を優しく撫でた。

セイバーに触れられるのは嫌じゃない。彼がトキワを傷付ける事はあり得ないと知っているから。しかしそれを抜きにしても、トキワはセイバーに触れられる事を拒絶する事は無い。
彼が触れればその場所が疼いて熱を持った。それ以外にも、彼の言葉に一喜一憂して、彼と共にいる事に喜びを感じている。セイバーを欲している。

当初は、魔術回路を繋ぎ直す役目はラニだった。トキワを気遣ったラニがその役目に自ら名乗り上げたのだ。
そして魔術回路を繋ぎ直す方法を既に聞いていたトキワの胸に黒い感情が芽生えた。嫌だ、と思ったのだ。彼と、ラニが、例え電子世界の事であろうと、魔術回路を繋ぎ直す為であろうとそういう関係になるのが。嫌だった。嫌で嫌で仕方が無くて、ラニに自分でやると言い出した。

トキワがラニに抱いたこの感情は嫉妬だ。
そして、トキワがこのサーヴァントに抱く感情はきっと――恋と、呼ぶのだろう。



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