並盛から少し外れた所にある森の前で綱吉は注意深く辺りを見渡した。黒いスーツにボルサリーノを被った赤ん坊の姿は無い。
「撒いたか……?」
あの家庭教師を姉のように慕っている幼馴染みに近付けさせる訳にはいかない。いつものような軽い調子でマフィアにならないか、と誘うに決まっているからだ。 ましてや、幼馴染みの持つ才能を知れば尚更だろう。彼女はそれだけのモノを持っている。 綱吉から見てもマフィアという組織に彼女は有用だ。彼女の持つ戦略術や探査能力、深い思慮と広い発想。祖母から続く大量の人脈。
彼女の裏の名前は有名らしい。そして裏と表が繋がることを知る人間は極僅かだ。きっとこの国で片手の指で足りる程。
今や最大手のイタリアンマフィアの後継者に据えられた綱吉としては彼女と関わるのは良くない。綱吉が隠し通せるだけの技量を持っていれば良かったが、そうもいかない。
だのに今日、綱吉をそのマフィアのボスにしようと目論む赤ん坊を撒いてまで彼女を訪ねた理由は、どうしようもなく彼女が心配だったから。
追っ手から逃れるようにして街を練り歩き、やっとの思いでここまで辿り着いた。 そして見慣れた森の入り口に白い毛並みの犬が行儀良くおすわりをして綱吉を待っている。
「ゆき、久しぶり」
「――珍しいな、スノーハウンドか」
びしり。綱吉の身体が凍りついたように固まった。綱吉の手にふわふわの毛並みを押し当てて、「撫でて」と請う犬を構う余裕は無い。
油の足りない人形のようにぎりぎりとぎこちない動きで白い犬の傍らに立った赤ん坊を見た。
「ツナ、覚えとけ。コイツはスノーハウンドだ。知性が恐ろしく高く、ほぼ全ての個体はひどく温和な性格だが、自分の主人や家族、縄張りに手を出されると怒り狂うぞ」
ぐしゃぐしゃと白い犬の喉元を家庭教師が撫でている。
「犬にしちゃ寿命も長いが、成体になるのに時間がかかる。成体のスノーハウンドは鉄骨を噛み砕ける程の力を持ってるから気を付けろよ。因みにコイツはまだ成体じゃねえな」
「……何でいるんだよ、リボーン」
「勿論お前をつけてきたんだぞ。たまに見失いそうになったが、まだまだ甘いな、ダメツナ」
にやりとニヒルに笑んだリボーンが綱吉には悪魔に見えた。
かなり頑張って撒いた筈だがこの家庭教師には叶わなかったらしい。だがそれはとても困る。綱吉は彼女とリボーンを引き合わせたくないのだから。
「《存在しないギャング・パッショーネ》に属した人間と幼馴染がこの先にいるのか。楽しみだな」
嬉々として先を促すリボーンに絶句した。なんで知ってる!
「お前が珍しくマフィアだのギャングだのの話をオレに聞いてきたからだぞ。いつもならそんな話嫌がってしねえくせに、今回はやたらとしつこく聞いてきてたからな。オレじゃなくったって気付く。あと幼馴染の件はママンに聞いたぞ」
そして悪魔のような家庭教師は恐ろしいことに綱吉が隠し持っていた携帯を持っていたのである。
中には幼馴染とのやり取りが入っている。 曰く、《パッショーネ》と言うギャングの構成員を名乗る男を保護した、と。彼女でもパッショーネというギャング、ないしマフィアは覚えがなく、最近それらと関わるようになってきてしまった綱吉に「何か知らないか」と問い合わせがあった。――等、他にもリボーンに知られたらやばそうな情報が沢山。
幼馴染がフルカスタムしたセキュリティバッチリの無駄にハイスペックな携帯で、綱吉と幼馴染との間限定。込み入った話をしようが鉄壁で守り抜いちゃうような代物だ。 誰にもその存在を知らせていない。なのになんでリボーンが持っているのか!
「だからお前はツメが甘いんだ。そんなんじゃボンゴレボスには程遠いぞ」
「うるさいな!ならないからいいんだよ!っていうかまさか中見たのか!?」
「見てねえぞ。いや、見れなかった。そんだけ見事なセキュリティ組めるヤツはそうそういねえ」
リボーンの笑みが一層深くなった。
「組んだヤツがこの先の家にいるんだろ」
「是非とも会わねえとな」と続けたリボーンに綱吉は焦った。
マズイ。非常にマズイ。だって綱吉にはこの悪魔のような家庭教師兼殺し屋を止める手立てが無い。今ここで綱吉が何もなかったように引き返してもリボーンは勝手に幼馴染の家を訪ねるだろう。
ここで頼みの綱と言えばそこでぽやんとした顔で事の成り行きを見守っている白い犬。 幼馴染と一緒に住んでボディガードのように主人と家を守っている。 彼は彼女の害成す者は一切近付けようとしない。リボーンの言う《スノーハウンド》という犬種は初めて知ったが、綱吉は彼が見目に反して優秀過ぎる程優秀な番犬であることはよく知っている。 彼が害有ると判断したなら場合によっては自分の縄張りに一歩も入らせない。
「――ゆき!」
問うように彼の黒い双眸を見つめると、彼はリボーンを見た。2対の黒い双眸が見つめ合う。数秒見つめ合った後、満足したように小さく鳴いた。 くるりと方向を変えて軽快な足取りで森を進んで行った。その先には幼馴染の一軒家。
頼みの綱が見事に両断された。にいぃとリボーンが笑った。
「来てもイイらしいぞ」
プロシュート逆トリ5
2014/10/02 00:19 ( 0 )
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