犬の後を追って出た先に広がっていたのは大きな庭だった。周りが森に囲まれ、整えられた庭の一角に菜園と思わしきものがある。色とりどりの花が植えられた花壇も隣接されていた。 その菜園と花壇を眺められるように設けられたウッドデッキがある。これまたアジアンモダン調のハイバックチェアが二脚。小さいテーブルが一つ。椅子の片方に長い黒髪の女が一人座っていた。
プロシュートを先導した白い犬が嬉々として女に走り寄った。優しく犬を撫でた女が顔を上げる。目が会った瞬間、プロシュートは銃口を向けた。
「おはようございます」
銃口を向けられているのに女は微笑んで何かを言う。
「ああ、日本語はわかりませんか」
プロシュートは何も言わない。
「Good morning?」
女は首を傾げて違う言語で挨拶を繰り返した。
「ええと、Buenos días?――スペインじゃない。えー、Bonjour?――違う。Guten Morgen?――ドイツでもなく、じゃあ、Buongiorno?」
「……Buongiorno」
『ああ、イタリア語圏の方でしたか!』
イタリア語での女の挨拶にプロシュートが答えると、安心したように微笑んだ。そして女の口から流暢なイタリア語での会話が始まった。 プロシュートを案内した犬はぴったりと女の横について雪のように白い毛並みを横たえる。時折尻尾がぱたんと揺れていた。
『初めまして、私はイスズ・タキザワと申します。この白いもふもふはユキアカリ。3日程前に庭先で貴方が倒れていたので私が保護させていただきました』
『……倒れていた?お前の庭で?』
訝しむように五十鈴と名乗った女に問う。 プロシュートの銃口は寸分違わず五十鈴の額に向けられているのに五十鈴は動揺も恐怖も滲ませずプロシュートを見ていた。
『一先ず、座りませんか?私は貴方と敵対する意思はありません。もっと言うと私はここで貴方と交戦出来る程の能力を持ち得ません。そして貴方に外傷はありませんでしたが、まだ貧血症状があり立っているのは辛いのでは。だからとりあえず、座って、お互いに平和的な会話をしませんか?』
危機感の欠片も無いのんびりとした口調に思わず毒気を抜かれ、完全に警戒を解く訳ではないが五十鈴が示すもう一脚のハイバックチェアに腰を据えた。 五十鈴のあまりの危機感の無さにプロシュートは溜息を禁じえない。
『お前、銃口向けられてなんだってそんなヘラヘラしてやがるんだ』
『すみません、悲しい事に慣れてます』
困ったように微笑んで、五十鈴は立ち上がる。ぐしゃぐしゃと雪明りの頭を撫でてプロシュートを振り返る。
『飲み物を持って来ます。水と、コーヒーと紅茶と緑茶がありますけど何がいいですか?』
『……水を頼む』
小さく微笑んで五十鈴は家の中へと入って行った。 プロシュートの見ていない隙に誰かと連絡を取るかも知れない、と一瞬思ったが危機感の《き》の字すら無さそうな女は本気でプロシュートと《平和的な会話》をするつもりらしい。それに気付いたプロシュートは貧血による頭痛とは違った意味で頭を痛めて肩を落とした。
プロシュート逆トリ3
2014/09/29 00:42 ( 0 )
← |