う〜ん、と唸る隣の男を横目に、さらさらと葉書に定番の文字を綴っていく。
 さっきまでこたつに入りながらぬくぬくとテレビを見ていたのに、あいつの提案であいつの家のクリスマスツリーを片付けるという仕事を押し付けられた。これお前の仕事だろ、と渋々飾りに薄く積もった埃を拭いてダンボールに閉まっていく。それに対してあいつは暖かいこたつに入りながら年賀状作りにいそしんでいた。飾りを仕舞い終わったダンボールを部屋の隅に移動させて、折りたたみ式の立派なツリーを畳む。「埃たてんなよ」元は自分の仕事なのに他人事のようにシレッと言うあいつの背中を一回蹴って、小さくなったツリーを箱に詰める。

 あいつが俺の分のみかんを剥いてくれるらしいので、俺はあいつの年賀状に筆ペンで『あけましておめでとうございます』や『新年おめでとうございます』と添えてやると、お前達筆だな、と褒められてちょっと嬉しくなった。

「なぁ兵助」
「なんだ?」
「あと3日で次の年だな」
「うん」
「なんか早かったなー、今年」
「そうか?」
「そうだよ。な、ムサシ」

 ムサシというのはハチが飼っている猫のことで、ハチは下半身だけこたつに入れながら寝転んで、ムサシに手を伸ばしていた。あいつが手を伸ばしきる前に猫から擦り寄ってきていて、ゴロゴロと喉を鳴らしているのを俺はぼーっと見ていた。
 竹谷家は家族一丸で動物好きなのかわからないが、とにかく動物が多い。玄関先には柴犬のケンちゃんがいるし、リビングにはヤドカリのai(アイと読む)と熱帯魚、和室には値が張りそうなカメレオンのアッチー、部屋にはムサシがいる。どれも統一性のない名前だな、とも思ったが慣れてくると可愛いもんだった。とは言っても俺は元からあまり動物が好きではなかったので、自分からはあまり触れ合ったりしないが。

 「俺ちょっとケンちゃんに餌やってくるわ」と八はいつの間にか来ていたジャンパーのジッパーを閉めながら言った。おう、と返事をするとニカッと笑って部屋を出ていった。
 ぐるりと部屋を見渡してみる。部屋の第一印象はいかがわしいものもないような潔癖部屋。次の印象は、とにかく汚い。なんで子供部屋にあんな立派なツリーがあるのかも不明だし、こたつが余裕で入る部屋が子供部屋というのもなんだか理解しがたい。あいつの性格も正直まだ、わかっていない。

「さみ〜っ」
「あれ、早かったな」
「なんか母さんがやっててくれたみたいでさ。無駄にこんな寒い思いして外出て、めっちゃ損した気分だわ」
「ご愁傷様です」
「てめっ、兵助笑うな!」

 俺たちの地元はドがつくほどの田舎で昼間にも関わらず、外では雪がしんしんと降っている。学校まで約2時間、森ありのビルなし。小学生のときは山を越えて小学校に行ったし、苦手な動物もわんさかいた。田舎育ちと言っても小学3年生のときに母さんの休養として引っ越してきたわけで、8年も快適な都会生活を送ってきた俺にとって野生の動物は得体の知れないモンスターに近い存在だった。
 モグラを見たときは腰が抜けたし、コウモリの大群を見たときはあまりの怖さに泣いてしまった。そんな俺を「もやし」と笑う奴もいたが、そんな中ハチはもやしの俺と仲良くしてくれた。

「なー、携帯貸してー」
「ん」

 「もやし」の代わりといってはなんだが、俺は小学校の奴ら全員が持っていない、携帯やパソコン、デジカメ、最新ゲーム機、大量のカセット、音楽プレーヤーを持っていた。俺は割と裕福な家庭に産まれ、なに不自由なく暮らしてきたが、友達がいなかった。
 東京に住んでいたときだって家に遊びに来るみんなは大体がゲームかお菓子目当てだったし、俺も世の中そんなもんなんだ、と小さいなりに事を片付けていた。
 そしてここに越してきた。周りのやつは馬鹿で、うるさくて、ある意味世間知らずで、汚くて、うっとうしくて、俺は嫌いだった。大体なんでわざと人をコケさせたりするんだ?男子なんて女子の背中に平気でジャンプキックをする。鼻糞食べてる奴、鼻水垂らしてる女子、カンチョーしてる奴、トイレで手洗わない奴、最悪だ。隣のおばさんは汚い笑い方をするし、おじさんはすぐ怒る。なんなんだこの町、東京に帰りたい、と考えていたときだった。

「へーすけ」
「は?」
「俺、八左ヱ門。ハチって呼んで」
「あのさ、話かけてくれといて悪いんだけど、俺お前みたいな奴がいちば」
「ハチ!」
「は?」
「俺の名前はお前じゃない!ハチ!」
「……ハチ」


 鞄から携帯をだしてハチに渡すと、サンキュ、と微笑まれた。昔から変わってない笑い方に自然と笑みが零れる。つい最近タッチ式の携帯に買い替えて、俺は慣れたものの、ハチがどうも怪しい。先日は教えたはずのロック解除の仕方や、メールの打ち方なんて聞かれたし、買い替えないほうがよかったかと後悔。
 ハチを見ると携帯に悪戦苦闘してにらめっこしていた。少しぬるくなったこぶ茶に手を伸ばして一口飲むと、腹回りに違和感を感じた。バッと視線を移すとムサシが腹に擦り寄って来ていた。ろくに触れたこともなかった俺はどうしたらいいのかわからず、とりあえず撫でてみることにした。たしか後ろから手を伸ばすとダメと聞いたことがある。前からそっと手を伸ばして頭に触れようとすると、すこし湿った鼻先が先に手の平に寄ってきた。
 ごくりと生唾を飲み、頭に手を置いてぐるっと円を描くようにゆっくり撫で回してみた。気持ちがいいのか目を細めているムサシから手を離すとムサシはこたつの中に入ってしまった。足にムサシの毛がさわさわしてこそばゆい。

「あっ、ムサシ!だめだろそんな一番熱いとこいたら!ここ!」
「……」
「そうそこ。全く」
「ハチ、お前母さんかよ」
「なんでだ?」
「いや、なんでも」

 笑いを堪える俺とぬくぬくと包まっているムサシを交互に見て顔を傾げてハテナマークを浮かべているハチ。雪が積もった庭のケンちゃんを見て、寒そうだな、と震えているときにハチが「雪だるま作らないか?」とデカい声で言ってきた。最初はあまりノリ気でなかったがいざ外に出るとちょっと気分が良くなった。
 庭と竹谷家の前の歩道を行き来しながら雪だるまを転がすとケンちゃんが歩道の向こうに向かってワンワンと吠え始めた。何かと思って目を細めると、こっちに向かって歩いて来る人がいた。

「あれ、勘右衛門じゃん!」
「よっ!」
「……」
「あれ、キミってアレだよね、えーと、あ、そうだ!もやしくん!」
「あ、勘右衛門ちょっと聞けよ!兵助もやしじゃなかったんだって!この前なんかな、体力測定の持久走で俺と互角になってさー!それからソフトボール投げで兵助、40メートル超えてさ!」

 ハチの話を聞くなり俺の顔を凝視したと思うと、足の先までをじっとりした目で見られる。変な緊張感に固まっていると、突然すっと手を差し出される。緩く握れば、ぐっと力を込めて握り返された。ジャージを来た勘ちゃん(そう呼んでくれと言われた)の握手した方とは逆の手には、紙袋がぶら下がっていた。
 おばちゃん、とハチのお母さんをおばちゃん呼ばわりするところからして親しい仲なんだと見受けられた。ハチのお母さんはニコニコしながら嬉しそうに袋を受け取って、確かめるように中身を出した。大根にれんこん、椎茸にネットに入ったみかん、、味噌、長ネギ。すると勘ちゃんは振り返って「俺んチ、八百屋なんだ」と俺の目をしっかり見ながら言った。なんで八百屋に味噌が、と問うと少しはにかんで「ちょっと特殊な店だからね」。きっとこんな田舎だからいろんなものを置いているんだ、と自己解決してハチを見ると、雪だるま作りを再開していた。

 雪だるま作りに勘ちゃんも仲間に加わるらしく、せっせと雪玉を転がしていると、雪に埋もれていた花壇が姿を現した。なんだろうと手を止めて花壇の前にしゃがんだ。今はなんの彩りもない花壇も、空気が暖かくなってくると綺麗な花を咲かせる。まだ春まで時間があるし、しばらくはこの土色のままかと考えた。
 都会なんて夏に紅葉が咲いてたり、花なんてそこらじゅうに咲いてたから四季もクソもなかったので、雪がこんなに積もったり、花がなかったり、やっと四季というものをこの身で実感できた気がした。

「にいちゃん、おしるこ」
「食う!」
「めがねのおにぃちゃんは?」
「俺?」
「うん」
「じゃあ、お願いします」
「純くん純くん、俺は?」
「わかんない、きいてくる」

 窓がガラリと開いてひょこっと出てきたのは竹谷家の末っ子の純くんだった。めがねのおにぃちゃんと言われ、もちろん三人の中で眼鏡なんかかけているのは俺しかいないのたが、俺?と聞き返す。こくんと頷いてうんと返事をして、そんなに寒いのか鼻水をすすった。勘ちゃんの分まであるかを聞きに行った純くんは、なぜかまた戻ってきて、何事かと思っていると律儀に窓を閉めてまた走っていった。
 兄弟って似ないもんだな、と呟くとなんか言ったか?と聞かれたのでなんでもないと答えておいた。





 おしるこを頂いて雪だるまを完成させて、やることがなくなった俺達は、ハチの2つ上のお兄さんから借りてきたチェスをしている。ハチはうんうんと唸りながらルールブックを読んでいて話にならないので、仕方なく勘ちゃんとしているのだが、見かけの割に弱かった。いままでの言動的に、もっと頭が回るようなやつだと思っていたが眉間にシワを寄せて難しそうな顔をしていたので、人って案外見かけによらないんだなと学んだ。

「チェックメイト」
「あ!あー…」
「俺の勝ち。じゃ、約束通り」
「ちぇ、まぁ仕方ないか」

 俺が勝ったら豆腐一丁、あいつが勝ったらあいつんチの店当番を二時間という賭けをして、チェスを始めたわけだが数分もしなう内にあっさり勝敗が決まってしまった。ふて腐れる勘ちゃんを鼻で笑ってやると「こいつってこんなに意地悪いの?」とまだルールブックと向かい合ってるハチにわざと大きな声で聞いていた。
 活字が嫌になったのか、こたつで寝はじめたハチを見ながら勘ちゃんが持ってきたみかんを剥く。勘ちゃんは熱心に音楽番組を見ているので、話かける相手がいない。リズミカルな音楽がテレビから流れてきて、無心でみかんを口に放り込んでいると、ガバッとハチが起き上がった。

「わ!びっくりするじゃんハチ〜」
「や、やばい!」
「…なにが?」
「年賀状!まだ書けてない!」

 ハチはガサガサと床に散らばった年賀状を机に置いてペンを走らせているが、この調子では年が明けてしまう、と俺と勘ちゃんも思ったらしく、二人とも適当なペンを手に取った。カラフルなペンで勘ちゃんはイラストを描きはじめたので、横から顔を覗かせるとボサボサの髪の男が描いてあった。聞かなくても誰かはわかった。
 あと3枚となったので、一人一枚ずつ書くことになった(もはやハチの年賀状じゃない)。「鉢屋三郎」さん宛ての真っさらな葉書にあけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いしますとスラスラと書いて、適当に鏡餅を描いた。
 純ちゃんがさっき運んできたばかりの熱いこぶ茶を啜りながら、ハチと勘ちゃんの手元を眺める。ハチは字が汚いし、勘ちゃんは字が派手で、俺の年賀状がなんだかさっぱりしすぎているような気がした。


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「こっちだよな?」
「そーだよ」
「よっしゃー!投函!」
「あーハチのせいで肩凝った」
「ハチのせいってとこだけ強調すんなよ…。あ、兵助もサンキュー」
「うん」
「兵助?」

 少し歩いたところにある郵便局にきて、大量の年賀状を投函しているハチの声を聞きながら向こうの山々をじっと見る。この山は前からどこかで見たことあると思っていたが、夕日が冬空を彩る中、俺は故郷に帰ってきたような気分になった。名前を呼ばれハッと我に帰り、振り返った先にいる二人になぜか懐かしさを覚える。妙な態度の俺に困惑しながらも家に帰ろうとしている二人の後ろには真っ赤で大きな夕日があり、なんだか不思議な気分になる。何て言うか、デジャブ。前も見たことのある景色がそこには広がっていた。







 帰り道にふと足元を見ると、知らない草が生えていた。別にどこにでもありそうな、正直誰の目にも留まらないようなどうでもいい草なのに、どうしてか見入ってしまった。「おほー、露草だ」いつの間に俺のところにきたハチが、しゃがみ込んで草を摘もうとして、勘ちゃんが駄目だよ、とハチの頭にすかさずババチョップを入れる。

 俺達の知らない俺達が室町時代に同じ出来事を繰り返して、それぞれの死に方で死んで、現在の俺達がその生まれ変わりだなんて俺達は知るよしもないのだ。


【露草】花言葉:なつかしい関係


久々知と竹谷と尾浜|落乱|20120312
糖衣錠さま提出


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