制服姿の少女は全身で冷たい雪の感覚を味わっていた。

「マジ生意気なんだよ!死ね!」

路地裏でまるでゴミのように路肩に転がり、雪の上で這いつくばっている少女の背中に唾を吐きつけながら品の無い大声をあげているのは、おそらくは少女の同い年であろう、少女と同じデザインの付近の都立中学校の制服を着ている女子生徒だ。その顔には幾層にもファンデーションが塗られ、真っ赤な口紅と濃ゆいアイシャドウで化粧をしているため、一見すると山姥のようにも見える。本人は化粧のつもりだろうが、残念ながらそれは化粧というよりは奇妙な道化師の変装にしか見えない。
その化粧塗れの女子生徒の足元で倒れている細身の少女、背中の真ん中辺りまで伸びている黒髪の少女は、震えながらゆっくりと身体を起こした。その髪は純粋な黒で、艶も張りも極め細やかさもある理想的な髪だ。肌もしっとりとしており、この年代の人間なら誰もが羨むくらいのものである。その顔も、美人というよりは可愛らしいという表現が適切であり、まるで人形のように整った目鼻の中でも、蒼い瞳が一際目立っている。何より、その蒼い瞳には力強い意思が見受けられ、それは眼前で仁王立ちをしている化粧塗れの女子生徒に向けられていた。

「だいたいカラコンとか調子に乗りすぎなんだよぉ!」

「そうそう!」

化粧塗れの女子生徒の言葉に同意するように叫んだのは、ニキビが顔中にできた、小太りの女子生徒だ。彼女(以下ニキビとする)は化粧塗れの(以下化粧とする)の取り巻きであるらしく、化粧の傍でそう叫ぶと少女の髪を掴んで彼女の頭を持ち上げた。

「っ!、痛っ・・・・」

髪を掴まれた事による痛みで、少女は呻き声を上げると彼女らの方を睨み付けた。少女はまるで獣のような鋭い目付きで彼女らを見るが、当の本人達はケラケラと笑いながら少女を路肩の積雪の中に突き飛ばした。それにより、少女は顔から積雪の中に突っ込み、再び全身を雪の冷たさが襲いかかる。

「けいこぉ、そんくらいにしとけよぉ」

大声で笑い続ける化粧は、彼女の名前らしきものを呼んだ人物、シャツをズボンから出し、汚らしい金の髪をした少年に振り向いた。彼の歯はボロボロになっており、頭の毛根には黒が所々に見える。その近くには、少年の取り巻きらしい連中が数人、所謂ヤンキー座りをしながら彼女達を見ている。アクセサリーを全身に付けた少年は、ジャラジャラと言わせながら化粧の傍に寄ると、少女の腕を掴んで強引に雪の中から引きずり出した。

「こんな不細工でもよぉ、一応生きてんだぜぇ?」

そう少年は言うと、化粧と同様に笑いながら少女の身体を突き飛ばした。いや、少年は柔道に心得があるらしく、少女の身体を思いっきり投げ飛ばした。再び少女の身体は乱暴に投げ飛ばされ、今度地面に積もった新雪の上をごろごろと転がっていった。全身が雪まみれになり、その冷たさと身体が濡れたせいで震えている少女を彼らは下品な笑い声と共に見ていた。

(痛い・・・)

路上に倒れたままの少女は、ぼんやりとそんな事を考えながら落ちていた鉄パイプを片手に歩み寄ってくる少年の姿を見ていた。その背後では、化粧とニキビ、それに少年の取り巻き達が少年に大声でエールを送っている。少年は、少女の傍まで歩いてくると、手にした鉄パイプを頭上に高々と掲げた。

(あれで殴られたら、死ぬかな)

心の内で物騒な事を考えていた少女は、笑う少年によって振り下ろされる鉄パイプを、黙って見ていた。まるでスローモーションのように見えるその鉄パイプは、少女の全身を滅多打ちにするべく、無機質のその身体で少女に襲いかかった。少女の視界が大きくぶれた。まるで幻影のように歪む少年、そして振り下ろされる鉄パイプが歪む少女の視界を覆い尽くした。

パキッ

乾いた音が路地裏に響き、それは直ぐに雪の中に吸収されていった。カランッという音をあげながら鉄パイプは雪の積もっていないアスファルトの上を転がり、少年の履いている靴にぶつかった。

「・・・・・あ?」

たった今、少女目掛けて振り下ろした鉄パイプが目の前から消えてなくなり、それが自身の足元に転がっている事に対して少年は間抜けな声を発した。そのまま少年の目がゆっくりと、今まで鉄パイプを握っていた右手の方を見た。

「ぎ、ぎゃぁあっぁああ・・・・・・・!」

少年は、まるでこの世の終わりに直面したかのような、凄まじい叫び声を発すると、その場に屈み込んだ。少年の右腕は、肘の辺りから本来なら曲がれる方向とは『真逆』の方に折れ曲がっており、右手の口が少年の二の腕にピッタリと張り付いていた。

「う・・・」

痛みに吠える少年とは裏腹に、少女は急に痛み出した頭を抱えると、何とかその場で身体を起こした。だが今の少年に少女のその動きを気にする余裕は一切無く、ただひたすら襲ってくる痛みによって叫ぶことしかできなかった。一方で、少年の背後に控えていた化粧やニキビは、少年の右腕を見て悲鳴を上げていた。

「ああぁぁぁっぁぁぁぁあぁ!」

「何あれ!?」

「いやぁ!!」

三者三様に叫ぶ有様を見た少女は、鈍い痛みの走る頭を抱えたまま立ち上がると、我先に逃げ出した化粧とニキビの背中を黙って見ていた。そんな彼女に見捨てられた少年は、急いで駆け寄る取り巻き達を無視して少女を正面から睨み付けた。その目は痛みのせいか、真っ赤に充血しており、鼻水と涎を垂らしている。

「てめぇ!何様のつもりだ!」

「違、私じゃない・・・」

少年の叫びに、頭を抱えたままの少女は弁明の言葉を口にした。だが少年はそれに聞く耳も持たずに、手を貸してくれた取り巻きの一人を突き飛ばすと、彼のポケットにあった折り畳み式のナイフを左手で奪った。そのままナイフの刃を出すと、少年はまるで獣のような咆哮をあげながら少女目掛けて走り出した。

「うわ・・・!!」


ナイフを片手に走ってくる少年を見た少女は、一歩後ずさるとそのまま踵を返して路地の奥に逃げ出そうとした。だが少年の方が足の速さも体力も少女に勝っており、何より今の彼は痛みによって興奮している。所謂『火事場の馬鹿力』で走ってくる少年は、少女が逃げ出すよりも早く、その背中目掛けてナイフを突き出した。

ナイフの切っ先が少女の制服の上を掠めた。

「きゃっ・・・」

少女は駆け出した勢いのまま、顔面から雪の上に転けると急いで背後を振り向いた。そこには空振りしたナイフを構えた少年が立っており、血走った目で少女を見下ろしていた。そのまま少年は何かを叫びながらナイフを少女目掛けて振り下ろした。だが怒りの感情による、力任せのそれが少女に当たる訳もなく、少女は身体を横に転がしてナイフを避けた。ナイフはアスファルトにぶつかると、甲高い音をあげながら少年の手から離れた。だが、それでも諦めない少年は無事な左手で握り拳を作ると、そのまま少女の顔面目掛けて殴りかかった。

少女は思わず目を瞑った。

「てめぇ!殺してやるぅ・・・っ!」

肉を殴るような、湿った鈍い音がした。

だが何時まで経っても痛みが来ない。、

(・・・・ん?)

普通に考えて、当に少年の拳が少女を殴っている頃なのに、痛みが一切無いことに疑問を抱いた少女は、恐る恐る目を開いた。目の前には白目を剥いた少年が立っており、ゆっくりと膝を突き、その場で倒れ込んだ。

「・・あのぉ」

いきなり失神した少年に、少女はそう言いながら彼の身体を爪先でつついた。だが少年は白目のまま何の反応も示さず、口からは白い泡を吐いている。そして、少年の近くには野球ボールサイズの石が落ちていた。少し離れた場所では取り巻きの少年達が互いの顔を見合わせていた。

その少年達の更に向こう、通りに続く路地の出口から大きな人影が入ってきた。

通りから路地に差し込む太陽の光すら遮るその人影は、190センチはありそうな長身で、革製のコートに黒のスーツ、黒いネクタイをした大男だ。黒髪のオールバックに、厳つい顔付きの大男はゆっくりと丸太のように太い足を動かしながら取り巻き達をゴミのように突き飛ばして、そのまま倒れている少年の脇を通り過ぎて少女の目の前まで来た。そのまま大男は、少女を見下ろすと黙ったまま立っていた。

(・・・ヤクザ、かな)

オールバックに厳つい顔にスーツ、どう見ても堅気に見えない雰囲気の大男に対して、少女はそんな感想を内心抱いていた。そんな少女を大男は無表情のまま見下ろすと、何も言わずに取り巻きの少年達の方を振り向いた。その大男と目があった少年達は、各々が怯えた表情を浮かべながら大男を見ていた。何せ彼らは平均的な中学生の身長しかなく、身体の線も誰もが細いものである。しかし大男はそんな少年達とは違い、長身に厚い胸板、太い腕とどう見ても身体を鍛えていることがわかる。

早い話が、少年達に勝ち目が最初から無いのだ。

その点、先ほど逃げ出した化粧とニキビの二人はこの大男に会わずに済んだので、あれは正しい判断といえる。そしてその無表情の大男に見られている少年達が既に逃げ腰になっているのも致し方あるまい。

「お、おっさん!何のようだ!!」

だが少年達の一人、髪を赤く染めている少年は気丈にも大男に対して強気の姿勢をとった。だが大男はそれを耳にすると、不愉快そうに眉を顰めて、その少年に目を向けた。一方で大男は黙ったまましゃがんで少女の身体を掴むと、倒れたままの少女を強引に起こした。少女は大男の手助けもあり、何とか自力で立ち上がると、そのまま大男の背に隠れた。

「・・・おい」

かんり低い大男の声が路地に響いた。それを耳にした赤い髪の少年は、ヒッという小さな悲鳴をあげると一歩後ずさった。恐怖の感情は、周囲の人間にも簡単に広がるとはよく言うが、それはこの時も同じであるらしく、赤い髪の少年が後ずさったことで残りの取り巻きの少年達も次々大男から距離を置いた。その大男は、少女を自身の身体で隠すと、そのまま少年達を睨み付けた。

「私はまだ29歳だ、決しておっさんではない・・・!」

大男としては、それほど力を入れて言ったつもりはなかったかもしれない。だが少年たちは大男が本気で怒ったと勘違いして(何せ悪人面だ)、化粧とニキビの二人の少女と同じように、我先にと逃げ出した。肉食獣を前にした兎のように逃げていく少年達の背中を、大男の背に隠れていた少女は呆然とした表情で見ていた。その少女の目の前で憤慨している大男は、急に逃げ出した少年達を不思議そうな顔で見ていた。

「何であいつらは逃げたんでしょうか・・・?」

「さぁ・・・」

不思議そうに首を傾ける、厳つい割に丁寧な口調の男性を呆れた眼差しで見ていた少女は、果たしてこの大男が何者なのか、そして目の前で失神している金髪の少年をどうするべきなのかを考えていた。しかし、すぐにその答えが見つかるわけもなく、ただ単に徒に時間だけが過ぎていくだけである。その時、少女の目に路上に落ちている石が飛び込んできた。

「そう言えば・・・この石はあなたが?」

少女の口から出た疑問に大男はあぁ、と応えながら路上に転がっている金髪の少年を見た。

「こいつが君にナイフを突き付けて、更に殴ろうとしたからですね」

なかなか良い腕だろ、と大男は笑いながら少女に言った。だが少女の耳はその言葉を右から左へと受け流しており、既に大男の言葉は少女の耳から離れていた。

「それと怪我はなかったですか?」

「あ、はい・・・大丈夫です」

大男は呆然とした表情の少女を再び見下ろすと、そのまま倒れている金髪の少年の身体を跨いで歩きだした。それを見た少女も、急いで大男の背中を追って歩き出す。

「あの・・アイツはこのままにしておくんですか?」

大男の背中を追っていた少女は、まるで壁のように広く大きなその背中目掛けて言葉を発した。それはすぐに大男の耳に入り、大男は足を止めずに大きな笑い声をあげた。

「自業自得ですよ、何せ君を苛めていただけではなく、ナイフで君を刺そうとしたんだすよ」

まぁ刺される前に助けるつもりでしたが、と大男は続けた。既に大男は裏路地から通りに出ており、少女は駆け足で彼を追いかけていた(何せ足の長さや歩幅が違いすぎる)。大男と少女の距離は徐々に開いていくが、5メートルも離れないうちに大男は通りの路肩に駐車してある白塗りの自動車の傍で足を止めた。その後に続く少女もまた、大男と同じように自動車の脇で足を止めた。それから大男は自動車のリアシートの扉を開けると、少女に乗るように促した。だが初対面で、しかもこんな悪人面の大男の車にはいそうですか、と安易に乗るわけにはいかない。そのために少女は怪訝そうな顔で大男を見ると、態とらしく一歩後ろに下がった。少女のその動きから、大男は彼女の意図を察して先ほどと同じように大きな笑い声をあげた。

「これは失礼しました」

「いえ・・・」

ある程度笑い、目尻に浮かんだ涙を指の腹で拭った大男は、未だに大男に怪しむような目を向ける少女に正面から向き直った。

「私はカンザキ ヨウイチ。あなたの御両親の代わりに迎えにきました」

「・・・今何て言いました?」

少女は大男、カンザキの言葉に信じられないといった表情を浮かべた。だが、その反対に少女は言いようのない表情のまま、カンザキの言葉を聞いていた。少女の蒼色の瞳にはカンザキの楽しそうな表情が映り込み、カンザキの目には少女の戸惑った顔が映っている。だが今の少女にそれに気づく余裕も無く、少女は呆然とした顔でカンザキを見ていた。

「・・・嘘でしょ」

「嘘ではありません」

「お父さんとお母さんは私が小さい頃に交私を捨てたって爺様と婆様が・・・」

「それはあなたの身を守るための偽装工作ですよ、雫さん」

少女、雫はカンザキの言葉もあるが、まさか初対面の人間にいきなり名前を呼ばれるとは思ってもおらず、目を丸くしたままカンザキを見ていた。その一方、カンザキは雫の瞳に迷いの色があることを見抜くと、話を進めるべく、一気に捲し立てることにした。

「御両親はあなたを敵対している連中から守るために、安全なこの国の老夫婦にあなたをあずけることにしたんです。私もその現場に立ち会い、赤子だったあなたに会っていたんですよ」

「・・・・・」

「そしてつい最近、ようやく敵対勢力の力も弱まり、時間軸が一致したために御両親はあなたを迎えるために、あなたを守るために私を派遣したのです」

雫は信じられないといった顔で俯くと、そのまま立ち尽くしていた。だがカンザキはそんな雫を見ても一切の遠慮も見せずに、ドアを限界まで開けた。

「雫さん、あなたが本当の御両親に会いたいのなら、今すぐ車に乗ってください」

男の麻薬のような、甘美な言葉が雫の耳に心に突き刺さる。そんな雫をカンザキは楽しそうな笑みのまま、見ていた。

そして・・・・・・・




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