ペトラの十五年に渡る人生において、これほど驚愕したことはこれまで一度も無かったであろう。何せ眼球にぎりぎり触れるか否かという位置に、拳銃弾としてはお馴染みのパラベラム弾の弾頭が存在しているからだ。それはペトラの眼球を破壊すべく、ユーリの隠し持っていた小型拳銃から放たれたものだが、それは適わず、ペトラの眼球にぶつかる直前で止まったのだ。まだ発射の際に加えられる回転が殺されておらず、微かに回転していたそれもすぐに収まった。

「____茜」

あまりに非現実過ぎる事態に、ペトラの口から漏れた言葉はつい先ほどまで失神していたポケモンの名前であった。ペトラに名前を呼ばれた茜は、まだ塗れたままの身体に力を込めながら小型拳銃を構えている男、ユーリを真っ向から睨み付けると、指先で挟んで止めた銃弾を文字通り『握り潰した』。彼女の気迫と殺気に、ユーリは背筋を冷たい何かが駆け抜けることを自覚した。

だが、時は既に遅すぎた。

呪詛の言葉をユーリが漏らすよりも早く、茜は握り潰した銃弾の塊を捨てると、彼目掛けて勢い良く走り出した。前方からミサイルのような勢いで迫りくる茜の姿に、ユーリは無意識に小型拳銃の銃口を向けると、その引き金を引いた。銃口から内側に掘られた溝により、回転の加えられた銃弾が飛び出した。それらは茜に向かって真っ直ぐに飛んでいくが、茜は眼前から迫るそれらを身体の軸を傾けることにより避けると、そのままユーリとの間合いを詰めていった。
茜との距離が無くなるにつれて、恐怖に歪んでいくユーリの顔。それは骨折の痛みによる苦悶の表情を超えており、彼は風を切りながら駆けてくる茜に向けて引き金を絞り続ける。

その時、微かな金属音がユーリの手中の拳銃から響いた。

「だめ・・・」

そして、ペトラの声も。

ライフルやマシンガンと違い、ユーリの持つそれは単なる小型拳銃に過ぎない。その弾数は一桁しかなく、連続で引き金を絞ったところで限られた数の弾丸しか発射されない。ユーリは唐突な弾切れに絶望の表情を浮かべると、そのまま震える手から拳銃を取り落としてしまった。

眼前には、殺気に満ち溢れた目で迫りくる茜の姿がある。

「だめだ・・・・」

例え特殊部隊で訓練を受けていても、生身の人間が格闘タイプのポケモンに敵う訳も無い。増してやユーリは骨折しており、武器は袖に隠されているナイフ一本だけである。どう考えても絶望しかない状況下で、ユーリは命乞いの言葉を発するために口を開いた。

その瞬間、鋼鉄すら粉砕するバシャーモの拳がユーリの顔面に叩き込まれた。

「だめぇぇ!」

ペトラの叫び声がシンジ湖に響いた。それは、仲間に人殺しをさせたくない、殺人鬼にさせたくないという、ペトラの心からの叫び声であった。それが茜の耳に飛び込んだ時には、既に拳はユーリの顔面を打ち抜いていた。いや、正しく言えばユーリの顔のある横の空間を拳は打ち抜いており、皮一枚分の距離を轟音と共に通過した拳に、白目を剥いたユーリは酸素の足りない金魚のように口をパクパクと動かしていた。顔のすぐ横を銃弾より早いハンマーが通過したようなものだ。ユーリは蟹のように口から泡を吹き出すと、ズボンの股間辺りを黒く染めながら、アンモニアの匂いを撒き散らして失神した。
茜とて馬鹿ではない。仮に自身がユーリを手にかけたらペトラがどう思うか、また人殺しという罪を背負いきれるのか、何よりペトラがそれを望んでいないことは十二分に理解していた。だから彼女はペトラを殺しかけたユーリに極限の恐怖を与え、辱めるだけに収めたのだ。茜の拳がユーリの真横を通過して、情けなく失禁して気を失った彼を見たペトラは、茜の意図を察して安堵の溜息を漏らした。そのまま震える足腰で立ち上がると、彼女は震えながら歩き、ユーリを冷たい眼差しで見下ろす茜の傍に寄った。茜も、近寄ってきたペトラの全身を観察して、彼女が無事であることを確認すると、心の底から安心したのか、小さな溜息を漏らした。

「____ありがと」

ペトラは短くそう呟くと、茜の筋肉質な胸板に顔を沈めると、身体を彼女に任せた。茜も微笑と共にペトラの頭を撫でると、視界の端で戦っている黒江とドラピオンの二匹を見た。PSIの通じないドラピオンを相手に、黒江は苦戦を強いられているようだ。それを見た茜は、ペトラの頭から手を離すと、黒江を支援するために再び走り出した。

雑木林の奥から、青白い光が幾本もの筋を描きながら飛んできた。

光、いや波導弾は唐突に飛来してくると、ドラピオンの胴体に次々に当たり、そのエネルギーがドラピオンの身体に襲い掛かった。打たれ強い外殻を有するドラピオンとはいえ、流石に銃弾などとは違う、エネルギーの一種である波導弾を受け流すことなど適わず、その威力に悲鳴をあげながらドラピオンは黒江から一歩引いた。そして黒江もまた後方に数歩下がると、呼吸を整えた。いきなり視界に飛び込んできた波導弾の攻撃に、走っていた茜は足を緩め、雑木林の奥を見た。継いで、少し離れた場所にいたペトラもそちらを見ると、雑木林の木々の奥に、青い影が見えた。

「黒江、畳み掛けろ!」

その影が何なのか、いち早く理解したペトラは、呼吸を整えた黒江に向かって大声を張り上げた。それを耳にした黒江は、波導弾による攻撃で怯んでいるドラピオン目掛けて空手のように両手を構えて腰を落とすと、そのままテレポートで姿を消した。そして、次に現れたのはドラピオンの目の前であった。波導弾に怯んでいたドラピオンも、まさか劣勢に強いられていた黒江が後退しても反撃してくるとは予想だにしておらず、いきなり眼前に現れた黒江の姿に一瞬だけ硬直してしまった。

ドラピオンの顔に、黒江の蹴りが叩き込まれた。

鈍い音をあげながら横面を蹴られたドラピオンは、視界に幾つもの火花が飛び散る中、大きく身体を傾けた。テレポートでドラピオンの眼前に姿を現し、顔面に蹴りを入れた黒江はそのままドラピオンの頭に手を置くと、その頭上で逆立ちすると、そのまま前方に倒れこみ、ドラピオンの鼻面に爪先による蹴りを叩き付けた。その威力はかなりのもので、ドラピオンは鼻先から血を噴出すと、大きく仰け反った。黒江はドラピオンの鼻先に一瞬だけ着地すると、そのまま反動を付けて飛び出し、ドラピオンの正面に着地した(この際、ドラピオンの鼻の骨は折れていた)。

サーナイトは本来超能力、PSIを駆使して戦う種族である。そんなサーナイトがPSIを用いず、己の筋力で戦うその様は随分異端であろう。それにも関わらず、黒江は格闘ポケモン顔負けの足技を披露すると、先ほどの蹴りで僅かに仰け反ったドラピオンの顎目掛けて飛び蹴りを極めた。それにより、ドラピオンは再び上空を仰がされ、視界に満面の星を撒き散らせながら倒れた。幾ら外殻の硬いポケモンとはいえ、顎を蹴り上げられたことにより、脳震盪に陥ることは避けられない。黒江の飛び蹴りはドラピオンを脳震盪に陥れるには十二分過ぎるものであり、瞬く間に意識を失ったドラピオンは頭から地面に倒れこむ頃には、既に白目を剥いて泡を噴いていた。紫色の巨体が大地に沈んだ事を視認した黒江は、両手を合わせて静かに一礼した。

「黒江!」

そこに走り寄ったペトラは、荒れた呼吸を整えながら黒江の全身を見て怪我の有無を確認した。幸いにも黒江の負った怪我はシザークロスによる切り傷しかなく、ペトラは緊張が解けたのだろうか、力無くその場に座り込んだ。そんな彼女の肩に茜は手を添えると、その緊張を労う様に優しく撫でていた。

『ご無事でしたか__』

そこに、雑木林の奥から駆けてきた青い影が走り寄って来た。影、いやルカリオのルークはテレパシーでペトラに問いかけると、彼女がしたのと同様に怪我の有無を確認した。唐突に現れたルークにペトラは奇怪の目を向けながら、同時に胸中に幼馴染達の事の安否を心配する感情が溢れ出した。

「この人達はいったい・・・それに向こうで希一とケイがまだ」

『・・・この者達はテロ組織ULTIMATEの実働部隊、ヴェルトロのメンバーです。雫様を誘拐するために遥々海外からやって来た珍客です』

「猟犬・・・・」

ペトラはルークの言葉に耳を傾けながら、目を湖の辺に向けた。そこには雫を両手で軽々と持ち上げた青年が涼しい表情のままエイブルの放つドラゴンブレス弾を避けていた。その内弾切れになったのであろう、エイブルはショットガンを投げ捨てて、両太股に下げてあるホルスターから二丁の全自動の拳銃を引き抜き、青年に向かって発砲した。だが青年は次々に飛んでくる銃弾を避けながらエイブルの注意を自身の方に引いており、ペトラ達にその毒牙が向かないようにしている。

『それと希一様とケイ様は既にマスター達によって保護済みです』

ルークの言葉に、ペトラは勢い良く振り向いた。グリンッ、という音が聞こえそうなほどの勢いで振り向いたペトラにルークは一瞬毛を逆立たせると、怯えた子犬のように尻尾を避けながら話を続けた。

『____お二人とも怪我も無く、今はナナカマド研究所に退避しています』

「______あああぁ」

幾ら普段から喧嘩しているとはいえ、やはり二人の身を案じていたのであろう。ペトラは声にならない歓喜の悲鳴を零しながらその場で両手を付き、頭を下げた。そんなペトラを見たルークは、傍にいる茜と黒江の顔を見た。

『マスター達はすぐにこちらに来ます。後は私に任せてペトラ様を研究所に・・・』

ルークの頼みに茜と黒江は揃って頷くと、茜はペトラのボールの中に戻り、黒江は彼女の身体を担ぎ上げた。

「待って!雫達が・・・!」

『雫様とアイツは私に任せてください』

黒江の肩の上で暴れようとするペトラだが、少女の腕力程度で黒江に勝てる訳も無く、彼女は成す術も無く黒江のテレポートによってその場から消え去った。去り際にルークは彼女が安心できるように一言添えたが、それでも彼女の心配する心を中和できたと思えない。
一方ルークはペトラ達がその場から居なくなったのを確認すると、雫達を助けるために急いでエイブルを仕留め様と駆け出した。

二丁の拳銃を構えたまま我武者羅に発砲していたエイブルの太股から鮮血が舞い、足を撃ち抜かれた彼女はその場でバランスを崩して倒れこんだ。二丁の拳銃は彼女の近くに落下して、軽い金属音を響かせた。その直後に湖に一発の銃声が鳴り響き、それを合図に青年は動きを止めた。

エイブルは自身の太股に開けられた銃痕に目を見開くが、足元に転がっていた拳銃を拾い、青年と雫に銃口を向けた。だが、そこにルークが駆けつけエイブルの手中の拳銃を二丁共奪い去ると、それを腕力に物を言わせて握り潰した。ベキッ、という音が響き、ルークの手中で拳銃は二丁とも破壊され、その破片がエイブルの目の前で地面に落ちた。それを信じられないといった表情で見ていたエイブルは、ユーリ同様に足首に隠されていたナイフでルークに切りかかった。だが、鋼タイプを有するルークに刃の薄いナイフが通用する訳も無く、ナイフはルークの手の甲に当たり、刃毀れした。そのままルークはエイブルの身体の動きを拘束すると、そのまま彼女が反撃できないようにその場に押し倒した。

『チェックメイトです』

エイブルの脳内に、ルークの声が響き、彼女は歯軋りをすると諦めたように頭を垂れた。それは、シンジ湖の湖畔で繰り広げられたテロリスト達と雫達との攻防の終止符であった。

それを視認した青年は、雫を地面に下ろすと首の骨をゴキゴキ言わせながらエイブルの方に歩み寄った。そんな青年についていくように雫も足元をふらつかせながら続いた。そんな二人をエイブルは悔しげに睨み付けるが、ルークと青年は涼しい表情で、雫は不安そうな顔で見ていた。

「あなたは・・・」

歯軋りを響かせながら睨み付けるエイブルに、雫は小さな声をかけた。それに彼女は舌打ちを返すと、雫の顔を凄まじい表情で睨み付けた。それに雫は怯えたように青年の背中に隠れると、彼の服の裾を握り締めた。それに青年は煩わしそうに手を振ると、雫をエイブルの前に突き出した。そんな三人をルークは黙ったまま傍観しており、時折雑木林の方に目を向けていた。

「____いったい何で私を狙うんですか?」

数秒間黙り込んだ雫は、意を決したように口を開いた。それにエイブルは黙っていたが、ルークが拘束している腕に力を込めたため、エイブルは小声で悲鳴を漏らすと徐に口を開いた。

「・・・あなたが朝霧事務総長の一人娘だからですよぉぉ」

それはある程度雫が予想していた返事であった。そのため、彼女は言いようの無い不安と不快を心の底に感じ、エイブルを忌避するかのような眼差しで見た。そんな雫をエイブルはケラケラと笑いながら、未だに出血している太股など気にもせず見上げていた。壊れた機械人形のような歪な音をあげるエイブルを、ルークは不愉快そうな目を向けると、腕に力を込めてエイブルの関節を更に締め上げた。だがエイブルはそれに全く怯まず、むしろ雫の目を見たまま奇声をあげていた。雫はそんなエイブルの眼差しから逃れるように目を反らすと、無意識に青年の服の袖を摘んでいた。青年は少し間を置いてそんな雫の手に触れると、優しく握り締めた。雫は青年の手が触れた際に、微かに手を震わせたが、すぐに自身の手を青年の手中に預けた。

「いやぁ、遅れてすみません___」

エイブルの奇声が響く中、雑木林の方から聞きなれた声が響いた。それに雫と青年、そしてエイブルが顔を向けると、そこには銃口から細い一筋の煙を上げている拳銃を手にしたカンザキが立っていた(雫が最後に彼を見たとき、彼はストライプ柄のシャツを着ていたが今は無地のシャツである)。おそらくは彼のサイドの人間であろう、コンバットスーツで身を纏った複数の人間がカンザキのいる雑木林の奥から姿を次々に現し、それぞれ慣れた手つきで失神したユーリとドラピオン、湖面に浮いているギャロップを拘束して、手際良く運んで言った。唐突に現れたカンザキに雫は少し驚いたような表情を浮かべ、エイブルは自身の太股に風穴を開けた男を般若のような形相で睨み付けた。だがカンザキは涼しげな表情のまま雫達の傍に駆け寄ると、もう一方の手に持っていた手錠をエイブルの手首にかけた。

「見たところ、ウチの工作員は良いタイミングで合流できたようですね」

「・・・・・工作員?」

カンザキの呟きに雫は鸚鵡返しに答えた。そして雫は青年の方をおもむろに振り向くが、青年はカンザキの言葉と雫の行動に罰の悪そうな表情を浮かべると、そっぽを向いた。カンザキはそんな反応を示す青年を視界の端に捕らえたまま、薄ら笑いを顔面に貼り付けていた。

「・・・・・知っていたんですか?」

ふと、雫は薄ら笑いを顔面に貼り付けるカンザキに、小声で尋ねた。カンザキはそれが何を意味しているのか最初は理解できずにいたが、すぐに雫の意図を察すると口を開いた。

「テロリスト達の行動は我々に筒抜けで、こいつらが雫さん達を包囲した頃には我々が既に半数以上のテロリストを始末していたんですよ」

「__それなら、もっと早く助けに来てくださいよ」

「いや、国連兵は規定上、相手の武装を確認してから発砲できるんですよ・・・・」

言い訳がましいカンザキの言葉に、雫は黙ったまま頬を引き攣らせると、いきなり彼のむこう脛を蹴り上げた。それにカンザキは小さな悲鳴を漏らすと、蹴られた場所を押さえながらその場に屈み込んだ。

「_____私一人を巻き込むならまだしも、ペトラやケイ達を巻き込まないでくださいよ」

「いえ、正直すいませんでした・・・」

三十路前の男が齢十五弱の少女の叱られる様子はかなり滑稽なもので、エイブルは嘲笑と共にカンザキを見ており、エイブルの患部を押さえて止血しているルークと溜息を漏らす青年は呆れたような目で彼を見ていた。そんな一同を冷や汗と共に見回したカンザキは、すぐに身体を起こすと腕時計を見た。

「いや、それより急いでここから避難するぞ!」

「・・・それはシャツが血で汚れているからですか?」

慌てた様に口を開くカンザキに雫は冷たい表情のまま返事をすると、血で塗れた彼の袖口を指差して言った。それにカンザキは不思議そうな表情を浮かべたが、すぐに自身の袖を見て「返り血ですよ」と短く答えた。

「あのストライプ柄のシャツは家の奥さんがプレゼントしてくれたものだから、テロリストの血で汚したくな・・・じゃなくて!」

雫の指摘についつい本音を漏らしたカンザキは、思わず大声で叫んでしまった。だが、それに雫が冷たい眼差しのまま見返すと、彼に話を続けるように目で促した。

「___間もなくシンジ湖の空域に所属不明のUAVが飛んでくるんですよ」

「・・・・ゆーえーぶい?」

カンザキの言葉に雫は首を傾けながら答える。カンザキはそれに首肯すると、コンバットスーツを着た別の隊員を呼び寄せて、エイブル、そして失神しているミランダを運ぶように指示を出した。それに応じた二人の隊員は、あっという間にエイブルを肩に担ぐと雑木林の奥に消えていった。その時、雫はこのシンジ湖の湖畔にいた他の隊員達が一様の湖の対岸を見ている事に気が付いた。

「簡単に説明すると、ミサイルを搭載した大型のラジコン飛行機です」

「______ミサイル?」

異世界にやってきてテロリストの襲撃にあい、今度はミサイルを搭載したUAVの襲来。連続する非現実な出来事に、雫の脳内は徐々にフリーズしていったが、それは手を覆う青年の体温の動きで現実に戻れた。

(もういい加減にしてよね・・・)

一日でこうも現実と認めがたい出来事が連続しているため、雫は内心大きな溜息を零していた。気のせいか、先日よりもアクシデントに対する抵抗力も増えてきた気がする。

「・・・で、後どれくらいでUAVが来るんですか?」

「____空自の戦闘機が既に離陸していて、後十分程でこちらに来ます」

雫の質問に見当違いの答えを返したカンザキは、攻めるような彼女の目から視線を逸らして、虚空を眺めながら続けた。

「UAVは一分弱で湖に到着します・・・・」

曖昧な笑みと共に呟くカンザキを見た雫は、その悪人面を全力で殴りたくなる衝動に駆られた。それでも拳を握り締めて、呆れのため息で済んだのは一重に雫の忍耐が長いからだろう。だが、カンザキはそれを露知らず、近くにいた隊員達に随時指示を出しながら、辺りを見回していた。そのカンザキの近くに建っていた青年は、エイブルの落とした拳銃を回収すると、目にも留まらぬ速さでそれを分解してみせた。

一見すると穏やかともとれる空気のなか、雫は一人考えに浸っていた。

(ミサイルを持てるくらいなんだから、かなり大きいよね・・・)

果たして大型のラジコン飛行機改めUAVから徒歩の雫達が逃げられるのであろうか。答えは火を見るより明らかである。覆しようの無い事実に雫はどうしたものかと考えながら辺りを見回した。

ふと、湖の対岸の空に黒い点が見えた。

それは澄み渡る青空の中を飛んでおり、まるで力強く飛ぶ鳥のようである。

「三佐」

一人の隊員がそう呟き、カンザキの注意を寄せた。彼はすぐに隊員の指す方向を眺めると、嫌そうに眉間に皺を寄せて息を吐いた。

「総員、迎撃準備!」

カンザキの大声を耳にしたUNIAの隊員達は、各々の持つ銃の安全装置を外すと、弾丸を薬室に装填した。湖の対岸の空を飛んでいるUAVの胴体から空対地ミサイルが放たれたのは、この瞬間であった。




同時刻、ナナカマド研究所。

リビングに置かれたソファーに腰掛け、のんびりと紅茶の入ったカップを傾けていたナナカマド博士は、突然開かれた扉に驚きの目を向けた。開かれた扉、そこには黒のコンバットスーツを身に纏った二人の男が立っており、二人の背後には寝ているケイと希一を担いだキングの姿もあった。
その光景から、いったい何が起きたのか察したナナカマド博士は二人の隊員に手で座るように促すと、重たげな腰をあげた。だが二人の隊員は博士に対して敬礼するだけで、「まだ任務中ですので」とだけ呟くと、決して腰を下ろそうとしなかった。

「ある程度は予想できるが、いったい何が起きたんだ?」

博士の座っていたソファーに希一が、向かい側にケイがキングの手により下ろされた。博士は傷だらけのキングの背中を撫でると棚にしまわれている救急箱を取り出して、キングの手当てを始めた。

「現在シンジ湖の湖畔にて、朝霧雫嬢を狙うテロリストの掃討作戦が行われています」

「既にテロリストは全員殺害或いは捕縛済みです」

「三佐からナナカマド博士への伝言です」

「『騒動を起こしてすみません。すぐに解決するので、少しだけ待っていてください』との事です」

片方の隊員が話すと、もう一方の隊員がそれを補う形で呟き、それをまた最初の隊員が補完するようにして口を動かした。まるで二台のスピーカーから別々の音楽を聴いているような錯覚に陥ったナナカマド博士は、白い口髭を微かに震わせるとキングの背中に出来た傷に即効性のスプレーを噴射した。傷口が染みるためにキングは唸り声を僅かに漏らすが、ナナカマド博士の腕を信頼しているらしく、特に暴れずにいた。


「それで、ぺトラ君と雫君は無事なのかね?」

慣れた手つきでキングに手当てを施すナナカマド博士は横目で二人の隊員にそう尋ねた。隊員達はそれに首肯すると、博士から向かって右側の隊員が口を開いた。

「同行していたロシア人の娘は既にテレポートで避難しています。まもなくこちらに合流する手筈となっております」

「ですが、現在シンジ湖の空域にテロリスト達のUAVが飛んでおり、それの撃墜が急務となります」

「雫嬢の護送はそれからになります」

「UNIAの戦力は歩兵十にポケモンが二十、それとは別に特別な訓練を受けた工作員が二名、十分に雫嬢の護衛は可能です」

「シンジ湖にはバックアップとしてUAV、グローバル・ホークが待機中です。またテロリストのUAVの撃墜は三佐が直接指揮を執られております」

「万が一に備えてコトブキ駐屯地から航空自衛隊のF−15Jがシンジ湖に向かっております」

「____そうか」

二人の隊員が交互に入れ替わるように話し、また内容にも専門用語があるために、ポケモン生態学が専門のナナカマド博士は軽い頭痛を覚えながら頭を振った。とはいえ、孫とその友人達の無事が確認できた博士の心境はとても穏やかなものであった。

それでも、確実に無事で済むとは限らない。

何せ相手は白昼から発砲してくる、UAVを投入できる財力を持ったテロリストだ。万が一ということもありえる。

研究者であるナナカマド博士がそれを忘れている筈が無く、博士は胸中に焦燥を覚えながらも何も出来ない事を歯痒く思っていた。

博士のそんな気持ちを察したのか、キングは低い声で唸った。それは、まるで雫達の無事を祈っているようであった。


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