アジアの極東の島国、そこの北端に位置するはシンオウ地方。

一年を通して平均気温が低く、高緯度の地域では『冬将軍』と呼ばれる寒波が毎年この地を訪れ、人間ポケモン問わず数多の命が奪われてきた。その反面、豊かな自然の生み出す環境は動植物が自生する上で最高で、道を踏み外した場所にはレッドブックに載っているものもある。そしてシンオウ地方にはもう一つ、注目すべきことがある。

シンオウ時空伝説。

この世には『時間』と『空間』という二つのファクターから成り立っており、その二つを司る神々を称えた、どこの国にも見受けられる神話だ。時間を司る神、ディアルガと空間を司る神、パルキア。この二匹はその性質上、大衆にはとても険悪な仲だと信じられてきた。そして、その二匹の間にいるのは反転世界のギラティナ。この三匹を纏めて『シンオウ時空伝説』と提唱する学者もいれば、ディアルガとパルキアのみでそれとする者もいる。だが、これらは飽くまでも想像上の話で、これを真実か否か判断する材料は無かった。それでも学者達は諦めず、絶えず真実を追い求めて活動している。そんな事もあり、このシンオウ地方では考古学も盛んである。

そして、そのシンオウ地方には三つの大きな湖があり、それぞれシンジ湖ーエムリット、リッシ湖ーアグノム、エイチ湖ーユクシーと呼ばれる空想上のポケモンが祀られている。その内の一つ、シンジ湖の畔にある小さな小さな田舎町、そこにひと組みの夫婦がいた。




決して広くはない寝室、だがその造りやセンスの良いインテリアでそれすら忘れそうになる空間。窓からは朝日が差し込み、それは室内に置かれているダブルサイズのベッドに横になっている人影を照らす。それは美しい、まるで映えるように輝く蒼い長髪の女性で、その体型はスレンダーなものである。身体のラインはギラティナ程恵まれたものではないが、その分ほっそりとしており、どこか神秘的な雰囲気を纏っている。その女性はピンク色の紐状のキャミソールを着ており、背後から誰かに抱かれている状態で寝ている。そのキャミソールの女性を抱いている人物、燃えるように赤い短髪に黒のタンクトップにボクサーパンツという格好の男性は女性の長く蒼い髪に顔を埋めながら寝ている。女性を抱いている男性の腕は太く、まるで瘤のように膨らんでいる上腕二頭筋や黒のタンクトップの裾から覗く腹筋は六つに別れていることから、前身がかなり鍛えられていることがわかる。
目覚まし機能のアラームであろうか、枕元に置かれている折り畳み式の携帯電話がPIPIPIと耳に障る音をあげた。それに女性は眉を顰めて僅かに身を悶え、男性は動いた女性の髪の匂いを追うように顔を動かした。ベッドの上から伸ばされた女性の手が枕元に置かれている携帯電話まで伸ばされ、相変わらず鳴り続けるを手にした。まだ意識は夢の世界を旅しているのか、女性は低い声で唸りながら目覚めの時間だと健気に自己主張する携帯電話の電源を切ると、それを床に放り投げた。携帯電話はカランカランと乾いた音をあげながらフローリングの床の上を転がり、ベッドの近くに置かれているゴミ箱にぶつかった。その中にはいくつもの使用済みティッシュやゴム製の『何か』が入っており、それとよく似た物がベッドの脇にも落ちている。どうやら昨晩はそうとう『お楽しみ』であったらしく、満足そうな表情で寝ている女性とは裏腹に、男性の顔は少し疲れの色が滲み出ている。
その光景は極普通の、ありきたりの仲の良い夫婦そのものであった。外では小鳥の囀りが響き、窓からは暖かそうな日光が存分に寝室に差し込んでいる。幸せな日常のひとコマ、物語の挿絵を切り抜いたような光景、おそらくこの夫婦を邪魔するものは誰も居ないであろう。

だが、それでは話は進まない。

「邪魔するぞ」

「お〜ろ〜し〜て!」

寝室と廊下を繋ぐ扉が突如開かれ、寝室に勝手に入ってきたギラティナは肩に抱えていた雫を床に下ろした。彼女の肩の上で暴れていた雫は、ギラティナの背中をポカポカ叩いていたが、彼女はそれを物ともせずに涼しい顔のままベッドの傍まで歩み寄った。

(___ここ何処?)

相変わらず寝ている二人を呆れた眼差しで見下ろすギラティナの傍で、雫はふと不安そうに辺りを見回した。カンザキとギラティナの手で反転世界から連れ出された後、雫はギラティナに抱えられたまま、傍に建てられている民家へと入っていった。その玄関でギラティナはカンザキにここで待っているように言うと、そのまま慣れた足取りで民家の一室、二人の寝ている寝室へと来たのだ。その間、ギラティナから説明は何も無く、雫は成すすべもなくここまで運ばれてきた。それ故に、不安そうに雫は室内を見回していた。ふと、彼女の目にベッドの上で女性を抱きしめるようにして寝ている男性と、ベッドの脇に落ちている幾つかの『何か』が映った。いくら苛められっ子で友達のいない雫でも、それの用途は保健の授業で習っているために知っていた。それに雫も思春期の少女だ。雑誌やメディアからそういった情報は手に入れているために、それの用途も知っていることもあり、顔をタコのように赤くして俯いた。そんな雫が目に止まったギラティナは、彼女の考えていることを察したのか、ベッドで寝ている二人を小馬鹿にするような笑みを浮かべた。

「夕べは随分『楽しんだ』みたいだな」

今の彼女の表情はまさしく嘲笑そのもの。恥ずかしそうに顔を赤くしている雫とは真逆に、余裕な態度のまま寝ている彼らに声をかけた。

「___ギラティナ、この人たちは・・・誰?」

雫の質問にギラティナは「あぁ」と小声で返すと、ベッドの上にあるシーツを掴んだ。そして、それを上に乗っている二人『ごと』空に放り上げた。その勢いは計り知れず、ギラティナの凄まじい腕力で持ち上げられた二人の身体は空を飛び、一瞬だけ静止した。その直後に二人はベッドに落下して、スプリングの影響でベッドの上で飛び跳ねていた。どうやら飛ばされた際に互いの頭を打ったらしく、男性と女性は寝惚け眼のまま額に手を当てていた。

「こいつらは私の幼馴染だ。男の方が天(そら)、女が鴇(とき)だ」

「はぁ・・・」

まだ寝ぼけているのであろう、天と呼ばれた男性と鴇と呼ばれた女性は亀のようにゆっくりとした動作で傍に立っているギラティナを見た。

「・・・何だ、ギラティナかよ」

「こんな朝早くに起こさないでくださいよ・・・」

それぞれがギラティナに対する不平を漏らすが、彼女はそれを歯牙にもかけず、「もう十時だ、とっとと起きろ」と言いながら二人の頭に各々の服を投げかけた。いくら知り合い、いや幼馴染とはいえ、力任せに起こしたギラティナに不満を向けても、決して怒らない二人の懐の広さに雫は人知れず嘆息していた。

「____あのぉ」

まるで子供のようなやり取りをしている三人に、雫は遠慮気味に声をかけた。寝ぼけていた天と鴇の二人はギラティナしか視認しておらず、その声で今まで彼女の脇にいた雫にようやく目を向けた。まだ寝惚け眼の二人だが、雫の声と存在を認めた二人には強烈な一撃であった。

「え、お前・・「きゃぁあああああ!!」____誰?」

天は雫に対して当然の疑問を口にしたが、それは隣にいた鴇の叫び声にかき消された。彼女は初対面の雫と自身の格好(ピンク色の紐状のキャミソール、所謂勝負下着)を見て、急いでシーツの中に隠れた。鴇の身体は細かに震えており、彼女の叫び声が響いたのであろう、天は耳を片手で押さえながら反対の手で彼女の身体を撫でていた。

「あ〜、そういやお前らも初めてだったな。こいつは雫、朝霧のバカ夫婦のガキだ」

まるで『恥じらい』という言葉と初対面であるような反応を示した鴇に、雫は呆然とした表情のままであった。その彼女の頭に手を置いたギラティナは、薄ら笑いと共に雫の出自を大雑把に説明した。それに天とシーツから顔をのぞかせた鴇は互いの顔を見合わすと、奇妙なものを見るような眼差しを雫に向けた。

「あの、初めまして・・・」

「あ、どうも・・・」

「こちらこそ____じゃなくて!」

取り敢えず無難に挨拶を交わした雫と鴇と天の三人だが、何かを思い出したかのように天は大きな声をあげた。それに不快そうに眉を顰めたギラティナに天は詰め寄ると、彼女の脇に立っている雫を見下ろした。

「朝霧の娘なら、ルギアと人間のハーフだよな?」

「そう聞いてますけど____」

胡散臭そうに自身を見てくる天に、雫はムッとしたような顔を向けた。それには不躾な彼の態度を責めるような色が含まれており、それに気付いた天は(隣に立っているギラティナが手の骨をポキポキと鳴らしていることもあり)急いで彼女から離れた。一方、シーツから顔だけを出している鴇は、そんな天とは違い取り敢えず彼女たちに自分たちの寝室から出ていって欲しいという気持ちを、視線で暗に示していた。

(出て行け、か・・・・)

それを察した雫は、相変わらず手の骨を鳴らしているギラティナを連れて一旦部屋を後にすることにした。どうやら雫の考えはギラティナにも通じたらしく、向かいにいる天を威嚇するのを止めた。

ふと、ギラティナの動きが止まった。

何かに気づいたのであろう、彼女は部屋を後にしようとした雫の肩を掴んだ。それに雫達は疑問の目を向けるが、ギラティナは涼しい顔のまま、ドア目掛けて裏拳を放った。

「大丈夫ぶはぁ・・・」

その瞬間、拳銃を構えたまま寝室のドアを開けたカンザキの顔面にギラティナの裏拳がめり込んだ。先ほどの鴇の悲鳴を聞いたカンザキは異常事態が起きたと勘違いし、急いで寝室まで走ってきたのであろう。だが、それに勘づいたギラティナは彼が入ってくるのと同じタイミングで裏拳を放ち、それは見事にクリーンヒットした。思わぬ一撃にカンザキは鼻血を流しながら廊下に倒れた。その巨体はぴくぴくと細かく震えており、裏拳の威力が伺い知れた。

「じゃあ、私達も適当に待っているからな」

「___待つならリビングで頼む」

「・・・・冷蔵庫にジュースがあるから飲んでいいですよ」

この数時間でギラティナとカンザキの力関係を理解した雫であったが、この幼馴染達もそれに慣れきっているらしく、誰も倒れているカンザキを心配せずにいた。

(ま、いっか・・・・)

それは雫も同じであり、床に転がっている巨体を避けると、先に歩いていくギラティナの背中を追いかけた。このような光景を見ていた事もあり、この時、既に雫の頭の中からは『カンザキは悪人』というギラティナの忠告は綺麗に消えていた。




数分後、リビングにて。

ジュースの入ったグラスを傾けているギラティナの隣で、ソファーに座っている雫は一人考え事をしていた。先ほどギラティナは天と鴇の二人を『幼馴染』といった。それは二人が人間ではない、詰まりは擬人であることを示している。そもそも赤毛ならまだしも、蒼い髪など雫の嘗ての日常において一回も見たことがない。なのにごく自然にそれが存在するこの空間は、やはりカンザキの言っていたパラレルワールドであるようだ。雫にとって最初は夢を見ているような、非現実的な話であったが、ギラティナやルカリオといったポケモンに出会い、天や鴇のような人間でない存在に会い、ようやく雫はこれが『現実』だと受け入れ出していた。

(でも、まだ信じられないよ・・・・)

胸中を占める黒い感情に、雫はそれを吐き出したい感情に晒された。だが、それをこの場でぶちまけても何の意味も無いことはわかっている。例えギラティナに「元いた世界に帰りたい」と言っても、それは決して叶わない絵空事であることも。

(だからこそ、受け入れなくちゃ___)

いくら頭で否定しても現実は何ら変わらない。むしろ現実を見ない分、空想の世界に逃げてしまう。それは思考という能力を有して、文明を持つ人間には許されない所業だ。

『人は考える葦である』と哲学者は言った。

それは人間は脆弱であるが、考えることができるといったものだ。つまりは思考こそ人間の証明であり、証である。だからこそ雫は現実を否定して、空想の世界に逃げることだけはしたくなかった。現実こそ受け入れるべきものなのである。

「・・・お待たせしました」

先ほどの寝室の一件で疲れたのであろう、少々窶れた雰囲気の鴇がリビングに入ってきた。彼女は既にキャミソールからセーターに着替えており、マグカップにコーヒーを注ぐとそれを片手に雫の向かいのソファーに腰掛けた。そして鴇に続く形で天もリビングに入り、彼は何も持たずに鴇の隣に座った。

「初めまして、私は神藤鴇、ディアルガの擬人です」

「俺は天、パルキアの擬人だ」

よろしく、と続ける天に、雫も「よろしくお願いします」と返しながらお辞儀をした。神藤夫妻もそれに倣い浅くお辞儀をすると、鴇は手にしたマグカップを傾けた。その香ばしい香りがテーブルを挟んで向かいに座っている雫の下まで届き、彼女の鼻腔にそれが充満した。

「で、話を戻すが、本当にこの娘は海奈の娘か?」

「しょれはまひがいない」

先ほどのタンクトップにボトムのズボンを履いた格好の天の言葉に返したのは、鼻にテッシュを詰めたカンザキであった。寝室で喰らったギラティナの裏拳による鼻血が思うように止まらず、仕方なく鼻にテッシュを詰めているその姿は、まさしく道化である。鼻頭を赤くしたカンザキは、新たなテッシュを手にすると、それらを自身の鼻に当てていた。

「私も天もギラティナも、それなりの年月を生きていますが、ポケモンと人間の間で子供が産まれた話は初耳です・・・」

「あはは____」

そう言う鴇の目には奇の色が含まれており、それを雫に向けていた。だが人間である雫にとってはポケモンの擬人を名乗る鴇の方が十分奇妙な存在であった。それを言ったところで、互いに互いを奇妙に思っていることがわかるだけで、後は鼬ごっこが続く事も雫はわかっていた。故に曖昧な(笑いで鴇の言葉を誤魔化した。

「でも顔は皐月にそっくりだろ、こいつは将来別嬪になるな」

「ギラティナもかなり美人だよ・・・」

金色の小麦畑のように輝く髪を揺らし、朗らかな声で言ったギラティナは雫の頭を撫でていた。それに雫は含み笑いと共に応えて、彼女の手を頭から離した。

その時、甲高い電子音が鳴り響いた。

それはカンザキの手元に置かれている衛星電話から響いており、それを手にしたカンザキはディスプレイに表示された名前を見て顔を強ばらせた。

「ひょっとしすれい・・・」

鼻に詰めたテッシュのせいではっきりとした言葉を発せない彼だが、その意味を他の四人は理解したようだ。それぞれが頷くのを見たカンザキは、衛星電話を片手に駆け足でリビングを後にした。それを見送った雫は、好奇の目が自身に向けられている事に気づき、その発信元である鴇を見た。

「あの・・・何か・・・・」

「いえ、ポケモンと人間の間で子供が産まれるんですね・・・・」

鴇の言葉には何か深い意味が含まれていた。それはかなり深刻そうなものであったが、その含意に見当もつかない雫は返答に困っていた。それは隣に座っているギラティナにも通じたらしく、一度大きく息を吸うと彼女は口を開いた。

「伝説や幻と言われるポケモンは長寿で、その個体数の関係から子供ができにくいんだ」

こいつらも、私も、とギラティナは続けた。それは思いの外、とても重たい言葉であり、天と鴇は口を閉ざしたままである。そしてギラティナも思うところがあるのか、彼らと同じように閉口したまま虚空を眺めていた。

伝説のポケモンは子供が生まれにくい。

その言葉は雫の胸に深く突き刺さっていた。反転世界に来る前に、雫はカンザキから「あなたはとてつもなく低い確立で産まれた」と聞いた。通常のポケモンと人間の間で子供が生まれることは学会では真っ向から否定されてきた説だ。なのに雫は、その中でも更に生まれにくいとされる伝説のポケモンの子供として産まれた。それは太平洋に逃げた魚に小石を投げ当てる確立より低く、その値は天文学的な物になる。それほどの確立の中、雫は海奈と皐月の子供として産まれた。それは信じられない奇跡のような出来事であり、今まで両親を否定してきた雫には不思議なものに感じられた。

「でも、雫のおかげで気分が晴れました・・・」

ふと、鴇は何の前触れも無く雫に言った。それは、先に雫の胸に突き刺さっていたあの考えを踏襲しているようで、仄かに嬉しそうな表情のまま鴇は雫を見ていた。その肩を天は優しく撫でており、傍から見れば何処にでもいる普通の夫婦である。しかし、実際は伝説と呼ばれる存在で、それ故に子供に恵まれないという暗の部分もある。雫は、この二人の暗の部分を垣間見たような気がしていた。





同時刻、神藤家の軒先。

「何だ・・・」

『随分辛気臭い声だね、こっちまで暗くなっちゃうよ』

「鼻血が止まらないんだよ____」

衛星電話を片手に、血で濡れたティッシュを新しいものと交換するカンザキがいた。彼の表情は微かに苛立ちが垣間見え、その原因の一端である電話の向こうから響く声の主、今も世界の海の何処かを航海しているであろうクイーン・ユリアナに乗っているコバルトは笑い声と共にカンザキの返事を受け流していた。

『まさか君は齢15歳の少女に興奮する性癖の持ち主かい?』

「生憎だが、私の守備範囲は±5前後だからな、雫さんは範囲外だ」

皮肉を飛ばしてくるコバルトにカンザキはうんざりとした口調で返すと、そのまま空を見上げた。春先であるが、このシンオウ地方のマサゴタウンにはまだまだ冬の冷たい空気が残っており、それにより澄んでいる青空は平等に人々を見守っている。それは世界のどこかにいるコバルトも同じものを見ているに違いない。

「で、お前がわざわざ連絡してきたということは・・・」

『ご明答、イルクーツク・カンパニーに関する新しい情報が入ってきたよ』

おそらく第三者が電話中のカンザキを見たら、コバルトのこの言葉を聞いた瞬間に変わったカンザキの雰囲気に息を呑んだ筈だ。今まで雫の前にいた、『ギラティナに殴られてばかり』の弱い立場の彼ではなく、ギラティナが雫に言っていた『悪人』の彼がそこにいた。またたく間にプライベートから仕事モードへと切り替えたカンザキは、電話越しに響くコバルトの声に耳を傾けながら、彼女の言う新しい情報を待った。

『ULTIMATEというテロ組織を知っているかい?』

「確か・・・中東と北欧、後は南米で活動している連中だな」

ULTIMATEとは『究極』の名を関するとても規模の小さなテロ組織だ。活動は数十年前から続いている老舗の組織だが、如何せんあまり活動せず、仮に活動しても空港での小さな爆弾騒ぎや政治集会に火炎瓶を投げ込む程度の組織だ。それ故に、国連や国際警察も彼らを重視せず、まるで周りを飛んでいる五月蝿い羽虫程度しか捉えていなかった。

そして小規模の雑魚の集まりだ、と続けたカンザキの言葉に、コバルトの声は微かに笑っていた。

『君の言うとおり、彼らは確かに小規模のテロリストだ。たぶん君の国では公安や情報庁、それと自衛隊やポケモンレンジャーの極一部の人間が知っているくらいだろうね』

「それで、その小さな蟻ん子がどうした?」

『今までは活動も規模が小さくて回数も少ないから、あんまり知られていなかったけど彼らは昔からイルクーツク・カンパニーの汚れ仕事を担当してきた裏方のようだよ』

「それくらい私でも知っているぞ・・・」

呆れたようにカンザキは言うが、電話越しのコバルトの声は先ほどより更に嬉々としたものになっていた。

『なら、その蟻ん子がUAVと空対地ミサイルを複数購入しているとしたら、どうする?』

コバルトの言葉を聞いたカンザキの動きが止まった。それを気配で察したコバルトは魔女のような醜悪な笑い声をあげると、愉快そうに彼の反応を待っていた。

UAVー無人航空機ーとは、簡単に言えば『ラジコン飛行機』だ。多数のカメラやセンサー、レーダーなどを搭載しているそれは手の平サイズから、全長十数mに達するものまであり、民間や軍隊で幅広く活用されている。そして、コバルトがこれと空対地ミサイルを挙げたことから、ULTIMATEが購入したUAVは軍事目的のものだとわかる。

『別にUAVを購入する事自体は珍しくも何ともないよ。ただ、空対地ミサイルも一緒に購入したということは・・・』

「___奴らが派手な買い物をしても、国連も国際警察も気にしないからな」

『その通り、私もモナコにバハマ、ルクセンブルクの三箇所のイルクーツク関係の銀行の資金の流れを洗っていて見つけたんだよ』

モナコ、バハマ、ルクセンブルク。一見すると何の共通点も無い土地だが、ある程度経済や政治に長けた人間なら、それが意味する事は一発で理解できる。そしてカンザキはその人間であるために、眉を顰めながらコバルトの言葉を聴いていた。

「・・・・租税回避地だな」

『ビンゴ!秘密裏に資金を運用するなら、最高の選択だと思わないかい?』

嬉しそうに声を高らかにするコバルトとは逆に、カンザキは苦虫を噛み締めたかのような表情を浮かべると、何かを考えているのか暫しの間黙り込んだ。

「・・・そこまで動きを派手にするという事は___」

『いよいよ作戦開始だね。馬鹿でもわかる諸行だよ』

「そうだな・・・一応私の方から事務局に連絡を入れておく。護衛はこちらで用意するから、お前は引き続き株価に気をつけてくれ」

『勿論だよ!そちらもヘマをするなよ』

コバルトはそう言うと、通信を途絶した。それにカンザキは呆れたような表情で衛星電話を胸元にしまうと、未だに流れ出る鼻血を止めるために新たなティッシュを鼻に詰め込んだ。

(テロリストにUAV、そして租税回避地・・・か)

どう考えても嫌な予感しかしない。それを長年の経験から導き出したカンザキは、どうしようもない焦燥感を胸に抱いていたが、今は鼻血を止めることを優先した。テロリストが雫の身柄を狙っているとはいえ、カンザキは存外余裕な態度のままであった。それは、彼が一方的な勝利を確信しているからなのか、はたまた楽観主義者なのかは明白ではないだ。






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