ハート型の磨りガラスが施された木製のドアを開けると、キィ、と小さく音がして、ドアに備え付けられた少し錆びて赤茶色になったベルがカランコロンと音を立てた。春の陽気に包まれた戸外と同じように、オレンジ色のランプが真っ白な壁の店内を優しく照らす。大きく開かれた窓では、店先の花壇に並ぶ花の甘い香りを運ぶ風が真っ白なカーテンを揺らしていた。カチャン、とドアがきちんと閉まる音を合図に、私は外界との関係を全て断たれ、不思議の国に迷い込んだかの感覚に襲われる。私を笑顔で出迎えるマスター。店内に流れる優しいクラシック。この空間中に漂う甘い香り。全てが私をこの不思議の国へと歓迎してくれている。水色の花柄のカップにコーヒー注ぐをマスターの立つカウンターへと歩み寄る。綺麗にワックスのかけられたフローリングがキシリと音を立てる。

「あの、注文してた、」








「じゃーん」

白い箱から姿を現したそれを瞬きでもすれば虹色の鱗粉なんかがきらきらと舞い落ちるんじゃないか、それくらい輝く瞳で見つめるブン太の髪色は、そのきらきらを際立たせる痛みのない漆黒。その漆黒は、窓から降り注ぐ春の柔らかい日差しによってピンクにもオレンジにも見えた。今現在、私とブン太、二人っきりのこの部屋にはいろんな色が飛び交っている。ブン太の瞳のきらきらに、くるくると色を変える漆黒。そして、

「このいちごタルトちょううまそう!」

赤。
大きなダイヤモンドみたいにジャムでコーティングされたいちごはきらきらと光っていた。それと、ブン太の涎も。口から滑り落ちそうになるそれも、きらきら光るのだ。

「なぁ、はやく!」
「はいはい、今切るって」

ざく、ざくざく。タルト生地の切れる触感がなんだか快い。タルトが崩れないように金色の模様が施された白いお皿に移す。ブン太に手渡すと彼はすぐさま一番うえのいちごに銀のフォークをぶすりと刺して、大きく開けた口に放り込んだ。

「んめえ!あまっ」

いちごとタルト生地に挟まれたカスタードもブン太のお腹に吸い込まれるのをまだかまだかと待っている。バニラビーンズと目があった。

「いちごおいしい」
「ちゃんと下もくえよ」
「いちご」
「じゃあ下ちょうだい」

私がいちごしか食べないのを見かねて(自分がカスタードをたべたかっただけだろう)、ブン太はいちごの乗っていない見映えの悪いカスタードタルトをぱくり、一口でたべた。

「いちごそんなに好きだっけ」
「うん。このタルトはブン太の好み考えたんじゃなくて私の好み」
「俺の誕生日ケーキだろぃ、これ」

まあ俺は甘いもんならなんでも好きだからいいんだけど、と新しいタルトを切りはじめる。ワンホール、ふたりで食べてしまったらどうしよう。たくさんのカロリーが私たちの身体に蓄積されていくんだなと思いながら私も新しいタルトを切る。先ほどと同様にいちごだけ口に運んでいると、なんとブン太がひとつ自分のいちごを私のタルトの上に乗せてくれた。

「……わあ」
「なんだよ」
「ふふ、ありがと」

目を丸くした私をブン太が照れくさそうに、むすっと睨むものだからつい笑いが溢れてしまった。私の笑いにブン太の不機嫌メーターはどのくらいあがったのだろう。

「おまえがすきならいちごくらいやるよ」

ブン太は本当に自分のタルトに乗っかったいちごを全部わたしのタルトのうえに乗せてくれた。いつもなら絶対にこんなことをしないであろうブン太が、こんなにも食い意地を見せないなんて。誕生日マジックにでもかかってしまったのだろうか。普通なら、わたしからブン太にすることだと思う。いちごをあげるって。

「ありがとう、大事にする」
「ばか、はやく食わねーと俺が食っちまうぞ」

私がたくさんのいちごを食べる横で、ブン太はカスタードタルトを食べながら「いちご、すきなのか、そっか」と繰り返していた。


次の日、ブン太の漆黒だった髪は真っ赤になった。いちごみたいだ、と思った。




(100420)


mzsh!様提出
ブン太誕生日おめでとう。
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