誕生日おめでとう 今年も一年よろしくね
なんてシンプルすぎる内容のメールが送られてきたのが午前4時20分。 すぐに返信メールを立ち上げ、眠気の吹き飛んだ頭をフル活動させて文字を打ち込み、ええいままよ!なんて呪文よろしく送信した。 送信完了の表示からまた送られてきたメールに切り替わり、それを何度も頭の中で復唱する。
(…にしても、短すぎだろぃ)
思わず口元が緩んでしまう。 0時ぴったりに来なかったからムカついたとか、こんな時間に起こしやがって誰だとか、そんなのもうどうだっていい。 今日だけマナーモードにするのを忘れていた自分に感謝。
しっかり保護して、携帯を閉じて再び眠る体勢になったものの、なかなか寝付くことができなかった。
「丸井ー朝から大変だね」 「ほんと、モテる男はツラいぜぃ」
紙袋いっぱいのおそらくプレゼントを手に教室に入ってきた丸井にそう声を掛けた。 ドサッとそれを机の上に置いて、彼がわざとらしい態度で返してくる。
毎度のことだが、そのプレゼントの量から丸井は本当にモテるということを思い知らされる。 誕生日に限らず、つい2ヶ月ほど前のバレンタインデーだって尋常じゃない数のチョコレートをもらっていた。 同時に告白もされているようで、みんなこの男のどこがそんなにいいのか私にはわからない。 今だって待ちきれなくてプレゼントのカップケーキを食べてしまっているし。 でも、美味しそうに食べてくれる姿は可愛いかもしれないと、隣の席の彼を見て思った。
「あ、そういえば」
ふと思い出して、私は携帯を取り出しある画面を表示させ彼に見せた。
「『おまえ覚えてろよ』って…どういう意味?」
画面上には昨夜、というか明け方に丸井から受信したメールが映し出されている。 おめでとうメールの返信にこの言葉。 何を指しているのか全くわからず、登校したら直接訊こうと思っていたのだ。
私に携帯を突き出されると、彼は顔ごと視線を逸らし、食べていたカップケーキを袋にしまい始めた。
「どういうって…そのまんま」 「いや、そのまんまの意味がわかんないんだけど…」 「お前さー、今日いっしょに帰んねえ?これ1人じゃ持ち切れねーし」 「聞いてないでしょ」
「部活終わったらここ集合な」と言われ、相変わらずのゴーイングマイウェイさに呆れながらも了承した。 放課後は丸井の荷物持ちかとため息をひとつ落としたが、特に苦というわけでもないから、これも丸井の人柄のおかげだろう。 机に突っ伏す丸井を見て、次は寝る時間かと笑みをこぼした。
「あれ、丸井はやいね」
部活が終了し、教室へ向かうとすでに目的の人物の姿があった。 席に着いていた彼に声を掛けると、驚いた様子で顔を上げて私を捉えた。 その表情を不思議に思い、歩きながら再び話し掛ける。
「どしたの?」 「…なんもねーよ」
今度はなぜか少し不機嫌そうな返事。 相変わらず彼の機嫌の移り変わりは秋の空だと深く考えず、近くまで来て脚を止めた。
「今日早いねテニス部、なんで?」 「別にいつも通りじゃん」 「そうだっけ?」
記憶を辿ってみるが男子テニス部は数ある部活の中でも終了時刻が遅い方だったと思う。 特に今は4月でこの時間でもまだ明るいため、もっと遅くまで練習していても良さそうなのだが。
まいっかと自己完結すると、不意に彼がいつもより低めのトーンで言葉を発した。
「あのさ‥ありがとな」
突然のお礼に驚いて思わず「え、なにが?」と訊き返してしまった。 俯いたまま、彼は再び口を開く。
「や、メールくれたじゃん、今日」 「ああ、そんなこと…てゆか、迷惑じゃなかった?あんな明け方に…」 「まあ、こんな時間に起こしやがって誰だコノヤロウっては思ったけど」 「あはは…」
ですよね、怒りますよね。 やっぱりわざわざ丸井の誕生日にちなんだ4時20分じゃなくて、普通に0時ちょうどにすれば良かったかな。
そう申し訳なく思っていたから、彼の次の言葉に私は少し目を瞬かせた。
「でも、すげー嬉しかった」 「……あ、そう…それはよかった…」
いつもの彼よりもずっと素直な態度で面食らってしまう。 照れくさくなって、自分の鞄と机の上の彼の大きな紙袋をひとつ手に取り、「ほら、帰ろっ」と帰宅を促した。 だが踵を返そうとした瞬間、持っていた紙袋を後ろに引かれたため私は向き直った。 帰らないのかと尋ねると、俯いていた彼が不意に顔を上げた。 いつになく真面目な表情を見せる丸井に、今日の彼はどうしたのだろうかと疑問に思ってしまう。
「‥俺、お前に話したいことがあんだけど」 「?なに…」 「………や、ちょっと待て」 「え、うん」
頭を抱えて深い溜め息を吐いてから、またしても私を見据えた。
「お前、さ」 「うん」 「なにも、思ったことねーの?」 「なにが?」
先程と同じ返しをしたら、彼は眉を少し寄せてさらに言った。
「俺の態度でわかんねぇ?」
いや、答えになっていないんですけど… いい加減抜け出せないループの中にいるような感じがしてきて、丸井の真似で私も溜め息を落とす。 本当に、今日の彼はどうしてしまったのだろう。 頭に手をやりながら、私は彼に問い掛ける。
「丸井なに言ってるかよくわかんないんだけど…どういう意味?」
すると彼はじっと私を見たあと、肘をついた手に顎をのせ、ふいと窓の方に視線を移した。
「…お前に告りたいだけなんだけど」
「え…、」
小さく聞こえてきた声に耳を疑った。 思考回路が停止して、もう一度彼が言った言葉を頭の中で復唱してみたら、混乱と同時に顔に熱が溜まっていくのが自分で感じられた。
今、丸井は、なんて言った?
…告りたい?
「…え、ええ?」
驚きの声を無意識で出して彼を凝視すると、横目で視線を送られた。 私がどう反応するか、様子を見ているような視線。 しばらくそのままの状態で2人黙っていると、突然彼が立ち上がったから、私の心臓は飛び出てしまうのではないかと思うほど跳ねた。
自分の鞄と紙袋を持ち、私の手にあった紙袋も彼の手に渡った。 その時に一瞬だけ触れた熱い指に、彼の体温を感じて再び鼓動が速くなる。 映画のワンシーンのように、スローな映像でゆっくりとその手が離れる。 あれ、私、どうしたんだっけ? 今、目の前にいるのは、誰だっけ? 顔を上げてその人物を見る。
なんだか、いつもとはどこか違う丸井がいた。
「…気をつけて帰れよ」
うん、と返事をする暇もなく、彼は大きな荷物を抱えて私の横を歩いていく。 沈みかけた夕陽が奇麗に教室の窓から差し込んできて、ふと、思い出す。 『夕陽が差し込む放課後の教室で告白』、そんなシチュエーションに憧れると、いつか話した相手は彼だったと。
(午前4時20分、君のせいでなかなか寝付けない)
20100420
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