『大事な話があるの、』

いつものカフェで待ってるから。此方の応答も聞かず、それきり通話終了の電子音を耳元で冷たく響かせる電話を握り締めた。あれ、これもしかしてさよならフラグじゃねぇの?

教員会議の為に部活のない放課後をどう有意義に活用しようか、思案していた帰り道の事だった。
高等部に上がり、一層増えたファンからの差し入れを受け取る手を止める。


「やっば、これサンキューな、俺ちょい急用だわ!」

持て囃される事は別段嫌いではないし、差し入れも喜んで受けとれども、優先順位は決まっていた。





ギギ。アンティーク調にあしらわれた扱いの不便な扉を勢い任せに開く。
この洒落た外装を気に入っていたのはいつもならば隣に寄り添う彼女で、俺はというと、バイキング形式の至極美味な食事がお気に入りだった。いや、今はそんな事は、いい。

騒々しい音を立てた扉に注目が集まる。其れに構うことなく店内を見渡した。



「‥‥あれ、なんだ。ブン太早かったんだねー」

「おま‥、あ、の‥‥電話っ、なんだったんだよ」


さぁ、このふざけた彼女をどうしてくれようか。
上品な花柄の壁に手を付いて、荒い呼吸を整える。
対極に、優雅に紅茶のカップの縁を指で辿らせた彼女は細い肩を竦めて見せた。
いい度胸だこのやろう。






「はぁ、要するに?」

「だから。あぁ言わないとブン太すぐ来てくれないでしょ、今日なんか特に」


俺の食い気を知る彼女は、咎めるでもなくちらりと脇に抱えた非常食を見やる。
成程、否定はしない、が。



「戦略紛いの事は仁王にやれよなー‥‥あー焦った」

「やっていいの?」

「ばっかじゃねぇの、駄目に決まってんだろぃ」

「一応焦ってくれたんだ」


ほっと表情を緩ませた彼女に何故だか苛立ちが沸いて額を指で弾いてやる。しかし彼女が不安を抱く心当たりがありすぎて、言葉で咎めることは出来なかった。



「でも実際なんだかんだで俺らよく続いてるよなー」

「ブン太は最近になって全然浮気しなくなったよね」

「えーと、すいません」

「別に、‥‥浮気が本気にならないならいいよもう」

「女子高生の台詞かそれ」


他人事のように笑ってしまえばテーブルの下でガツンと足を踏んづけられた。
いや、今のは俺が、悪い。

ところで、だ。先程から彼女の隣に寄り添う白い箱の君が気になって仕方ない。
中身の見当はついているのでさりげなく伸ばした手、は見事に叩き落とされた。


「いって!くんねぇの?」

「渡せば今開けるでしょ」

「もち」「却下です」

「‥‥中身は?」

「フルーツタルトレット」

「ふぅん」

「ちょっ、こら!」

「別にいいだろぃ」

「店の中じゃない、駄目に決まって‥‥あーあ」


怒られても知らないから、そう言いながらも彼女の様子はまんざらでもない。
大口を開けて一先ず二つ一気に食べ切った。甘酸っぱいラズベリーが後に香る。


「美味し?」

「おー美味い美味い」

「淡泊過ぎる‥‥」

「けど来年はあれがいい。ワンホール丸ごとのやつにフォーク刺して食いたい」

「来年、ねぇ」


遠く一点を見つめ、大きく息を吐く彼女の仕草が不気味な程に緩やかで、三つ目を頬張ろうとする手をぎくりと止めた。


「な、に。愛想尽きた?」

「どうかなぁ」

「だからそんな駆け引きめいたことは仁王に‥‥って絶っ対やんなよ、あいつそうゆうのに弱いんだから」

「へぇ、良いこと聞いた」

「おいおいおい」


結局、翻弄されているのは間違いなく俺の方なのに。
それでも再び絡まった視線には他の誰よりも心地好い温度が孕み、安穏を得る。
間違いなく俺の幸せは未来永劫こいつの傍にある。
そう確信を抱いたあの日から、俺は女遊びをやめた。



最後のタルトをフォークでバッキリと半分に割る。
彼女のバイキング用の皿にそれを乗せればタルトの生地がボロボロと崩れた。
不器用。そんな言葉が何処からか飛んできたが断じて俺の事ではないだろう。
因みに「天才」で押し通している俺に、そんな暴言を吐くのはお前だけだ。


「なんかバキバキに割れてて縁起悪い気がする」


馬鹿、こういう場合は二つで一つっていうんだよ。



Happy Birthday B.M*
thanks * mzsh!