いつもより早めに起きて、素早く身支度をしたのは他でもないブン太に誕生日プレゼントを渡すためだ。渡す、というよりも置くという方が合っているかもしれない。わたしはブン太の取り巻きなんかじゃなくて、普通にお昼ご飯を屋上で一緒にとるような仲の良い方の友達だ。ならばプレゼントなんて堂々と渡せばいいのだろうけど、わたしなんかに似合わない「手作り」のクッキーを直接渡すだなんて恥ずかしいを通り越して拷問にすぎない。てか毒でも入ってんじゃねーの?なんて冗談でも言われたら意外と弱いわたしは立ち直れない。だから、プレゼントには名無しでおめでとう、と書かれているだけのメッセージカードを添えた。そんなプレゼントをブン太のまだ隙間がある机の中に入れた。去年も同じ方法でプレゼントを置いたのだけど、あいつはそんなこともちろん気付くはずもなくてわたしに直接プレゼントよこせと五月蝿かった。その中にあるよって言うのもやっぱり恥ずかしかったのでちょうど持っていたグリーンアップルのガムをくれてやった。だから今年も言われるだろう 、と踏んでグリーンアップルのガムはポケットに仕舞ってある。これで今日1日は安全に過ごせる。そう思うと大きな欠伸がひとつ出た。昨日は夜遅く、朝は早かったから流石に疲労がたまったのだろう。まだ朝学活まで時間があるし一眠りしようと目蓋を閉じた 「起きろい」 「…何」 気持ちよく熟睡していたところを鬱陶しい赤髪に邪魔されて、少し不機嫌になる。寝起きは皆そんなもんだ。相手が誕生日だろうが想いを寄せている相手だろうが関係ない 「お前、次数学だからって気利かせて起こしてやったのに何」 「眠い」 「…あーもう知らね。怒られろ雑巾がけしてろ」 「おやすみ」 「………」 おやすみの言葉は発したけれど、ブン太の大声と次が数学ということに目が覚めてしまった。今日、火曜の数学は3時限目なので、今までの2つはサボっていたことになる。知らない間に得していた。まあ数学は寝てたりなんかしたら罰掃除をしなきゃならないから、もしブン太がわたしを起こしてくれていなかったのならわたしは罰掃除させられていたのだ。目が完全に覚めた今、さっきのは悪かったなあと流石のわたしも感じてせめてありがとうブン太、と言おうとした。だけど、仁王がいきなり現れてブン太の柔らかそうなほっぺをつんつんとつつき始めてしまったから、その言葉は喉で止まってしまった。仁王、空気読めないなあ 「ブンちゃん、ご立腹のようじゃの」 「うっさいハゲ」 「おー怖い怖い」 「…………」 「で?どうしたんじゃ」 「俺は知らねー」 思っていたよりも腹を立てているらしい。いつもならお菓子を食べている時は本当に幸せそうな顔をするのだけど、そんな顔は一瞬たりともせずにブン太はもらったお菓子を黙々と口に放り込んでいる。それを仁王もおかしいと思ったらしく、今度はわたしに同じ質問をぶつけてきた 「起こされたから起こすなって言った」 「次数学じゃし起こすやろ」 「うん。だから折角起こしてやったのにーって怒ってるんだよブン太」 「え、それだけ」 「うん、それだけ」 「ひげーひ!」 「…汚いから口の中のもの食べ終わってから喋りんしゃい」 お母さんみたいな仁王に寒気を感じつつ、食べカスをわたしの机に飛ばしたブン太が口の中のケーキを飲み込むまで待った。待ったって言っても2秒くらいだけど。その後勢いよく人差し指をわたしに向けた 「こいつ、メール寄越さなかった」 「「は?」」 思わず仁王と揃ってしまうくらいに、拍子抜けする内容だった。いや、まさか。ブン太がそんなことを気にしていただなんてびっくりだ。…そうか。アドレス帳に名前入っている全員からおめでとうメールが来ないと嫌なタイプなのだろう。それが仮に本当だったとしても、メールよりもプレゼント作りが優先だったわたしに言ったところでしょうがない。ブン太だって、わたしからのメールか誰からか分からない手作りクッキーどちらか1つを選べと問われたら即答でクッキーをとるに違いないのだから。メールを送らずにクッキー作りに専念したわたしは良い判断をしたと思う。そう言い訳を編み出したわたしにブン太がぼそりと「おめでとうも言われてねえし」とか、そんなこと言われてしまったら謝る他ないじゃないか 「ブン太、ごめん」 「…別に謝って欲しい訳じゃねえんだけど」 「お、誕生日おめでとう」 「ん」 おめでとうって言っただけで満足そうに笑った。くっそう。きゅんとした。何故か毎回ときめくごとに負けた気がするのはこいつとの関係が友達だからなのか 「よし解決したところで」 「何だよい」 「腹減ったから何個かお菓子くれんかの」 バカだこいつ。ブン太にお菓子をせがんだってくれるはずがない。それを知った上でのこのおねだりはやっぱりバカすぎる。でも仁王の言ったことに対して、手を顎にあてて考え始めるブン太。いやいや、あげないよね?独り占めするよね? 「2個ならいいぜ」 「は?」 「流石ブンちゃん、太っ腹」 「へっ、まあな」 「え?」 理解できていないのはわたしだけだろうか。この場に柳くんがいたとしても、こんなことわかっていなかっただろう。そのくらいあり得ないことじゃないか?しかも、どうしてくれるの。仁王が右手に掴んだ箱はわたしの箱ではないか。ふざけんな。え、何。本当に貰っていっちゃうの?本当にあげちゃうの?……それだけは阻止しなければ 「そ、それって、女の子たちが一生懸命作ったのにいいの?」 「「は?」」 今度はブン太と仁王が揃って声をあげ、豆鉄砲をくらったような顔をした。何でそんな顔をされなきゃいけないのだろう。わたしはあくまで当たり前のことを言ったまでなのに 「お前、そんなこと言うキャラだったっけ?」 「だって当たり前のことでしょ」 「俺はおまんも菓子くれーって駄々をこねるんかと思った」 「俺も」 「…いや、ほら」 言い訳が思い浮かばず、おどおどしてしまう。ニヤリ。仁王は嫌な笑みを浮かべてわたしを見た。こいつの観察力が鋭いのは理解していたつもりだったけれど、これほどまで早く勘づかれるとは。仁王に知られたら前々から嫌な感じがしていたんだけれど、それはどうやら当たってしまっていたらしい 「くれるって一度言われたら俺は貰うぜよ」 「別にいいけど」 「ちょ、仁王!」 「何お前大声出してんの」 「だっ…て」 だから嫌だったんだ、仁王は。この場に柳生くんがいてくれたのなら、きっとわたしの仲間になってくれるだろう。紳士な柳生くんなら絶対。それに比較してこいつは何なんだ。詐欺師なんてかっこいいものじゃない。お伽噺に出てくる毒りんごを無理矢理押し付けてくるおばあさんに違いない。異名をコート上の毒りんごに変えてしまうべきだと、わたしは切実に思う。だとすると、そのお伽噺のヒロインなわたしは仁王の差し出す毒りんごを口に含まなければ物語は進まない。なんてことだ。……正直怖いけれど、ここは仁王の誘いにのって当たって粉々に砕けるしか道はないみたいだ 「仁王、返して」 「嫌じゃ。貰ったモンは返さん」 「どうしたんだよい。お前しつこいぞ」 「……仁王の右手に持ってるやつ、わたしからのだから」 「はあ?」 「ブン太に食べて欲しくて夜メールもしないで作ったのに、仁王に食べられちゃうなんて嫌」 「は、ちょ」 「ブン太を思って作ったのに他の人にあげるなんて最悪。これ、恋する女の子の本音ね」 「ちょ、ついてけねえんだけど」 「だから…」 意を決して言おう、そう思ったのと同時。ビリッ。嫌な音が聞こえた。音のする方向に首をまわすとわたしのプレゼントの包装紙を雑に破ってる仁王がいた。うわ、どうしよう。仁王が最悪だとか、今はもうどうでもいい。いや、良くないけれど。とりあえず、目蓋から溢れ出しそうな水滴を引っ込めるのが優先だ。…いや、この際、振られて泣くのが確定しているのだから、その痛みも全てこの仁王にぶつけてしまうか。いや、暴力なんてわたしが出来る訳がない。でも、このままずっと悩んでどうすることも出来ないまま仁王に食べられちゃうのだけは避けたい。だけど、それはもう手遅れだろう。スロー再生しているかのようにゆっくりと仁王の口にクッキーが運ばれていく 「っ食うな!」 仁王がわたしのクッキーを口に含むまで後僅か5センチのところでブン太の制止の声がかかり、ブン太は仁王からわたしの作ったクッキーを奪いとった 「これは俺がこいつから貰ったモンだから駄目」 「さっきは良いって言うたじゃろ」 「後2個他にやるから、それだけは駄目」 「何で」 「お前、俺がこいつ好きなの知ってるだろい!」 「え、」 「あ」 かち合ってしまった瞳。あまりの恥ずかしさに耐えきれなくて勢いで逸らしてしまった。だけど、正直なところブン太の様子が気になる。でもまた瞳が合ってしまったら極度のパニックに陥ってしまいそうな気がして、なかなか見ることが出来ない。視線が定まらず、ブン太を避けながらきょろきょろと瞳を泳がすと、これまた嫌な笑みを浮かべている仁王がいた。仁王の瞳はストレートに好きって言え、とわたしに伝えているようで、否定の意を込めて視線を急速に逸らした。仁王は簡単に言っているけれど(実際はわたしがそう言っていると感じただけである)仁王がもし、わたしの立場であるなら言えるのだろうか。…想像したらブン太と仁王が同性愛者ってことになってしまうから止めておこう。事実2人ともノーマルだし。だって、仁王が女癖悪いのは知っているし、ブン太は、わたしが好き、らしいから。なんていうか、わたしたちは好き合っているということは確定でいいはずなのだけど、2人とも勢いで言ってしまったのでこのままでは関係が曖昧だ。友達以上恋人寸前?そんなの バカらしいではないか!だからといって改めて告白する勇気なんて……ああもうどうにでもなれ!と、今まで逸らしていた瞳をブン太に移す 「ブ、ン太」 「…好き」 「っ!」 「俺と付き合って」 あまりの真剣な瞳に、今度は逸らすことなんて出来ない。即答で「お願いします」と言おうとしたんだけど、思うように声が上手く出てくれない。こういう時、本当自分の照れ屋なところを恨む。なかなか返事を返さずにブン太の気が変わってしまうのが嫌だったから、言葉を紡ぐ変わりにこくんと頷いた。キャーキャーうるさい周りの女の子たちは気にしたら負けだ。そう思って、微笑むブン太に微笑みかえす。パンパン。空気の読めない音が耳に響いた。どうせ、仁王だろう。その証拠は、また嫌な笑みを浮かべている仁王を見れば一目瞭然だろう 「んだよ仁王」 「おめでとさん」 「お、おう」 「今のは俺からの誕生日プレゼント」 「は?」 「大事にしんしゃい」 「…わかってるっつの」 お前はわたしの親か!そう突っ込みたいのを必死に抑えた。確かに仁王がわたしのプレゼントを選んでくれなかったらこうなってはいなかったし。…あれ、仁王はこうなることを計画していたように言ったけれど、たまたまわたしのを選んだんだよね?最初からわたしのだと知って狙っていた訳じゃないよね?そんな疑問もブン太の幸せそうな顔に免じて許してあげよう 「じゃ、次2人でサボりんしゃい」 「え?だって次は数学じゃ…」 「おまんはこの状態で授業受けられんのか?」 仁王の視線に合わせてそちらを向くと、クラスの中だけじゃなく廊下にまで人が集まっていた。この人数イコール、ブン太の人気度ということ。今更ながらに凄い人気者のブン太の彼女だという、その重大さに気づいた。同時にプレゼントを直接渡すことよりも、この状況の方が拷問であることに気づき、真っ赤に染まった自分の顔を隠すように俯いて、愛しい赤髪に引かれるがままに教室を飛び出した 赤いふたり ブンちゃん、はっぴーばーすでい! 20100420 mzsh!様提出 |