「おはよー、財前くん」 「……はよ」 カタン。イスを引いて、かったるそうに座る1人の男子生徒。 彼は、四天宝寺中学校硬式テニス部次期部長、通称『四天宝寺の天才』こと財前光。 夏休みに全国大会を控えている彼だけど、期末で赤点を取ってしまったらしく、今日はその補講のために学校に来ている。 ……かく言う私も、英語で赤点をもらってしまったので、あまり偉そうには言えない。 「補講とか、めんど」 「そうだね〜」 「しかも、自分と2人っきりとか」 「バカは私達だけだったみたいだね」 「は?」 「あ?」 「や、なんでもない」 「なんでもなくないでしょ」 ガラッ。財前くんを問いつめようとしたが、教室のドアが開かれ、それは阻まれた。 ドアから顔をのぞかせたのは私たちの担任で、プリントを数枚渡すと、職員室へと帰っていった。 終わったら提出とのことだが、果たして終わるのだろうか…… 「なあ」 ガタガタとイスを動かしながら、財前くんが寄ってきた。彼の手には今し方渡されたばかりのプリントが握られていた。 「自分、古典できるか?」 「古典?人並みになら、一応」 「ホンマか。なら、教えてくれへん?代わりに英語教えたるわ」 「い、いいの?」 「おん。ほな、始めるで」 一つの机に2人のプリントを置き、私のから取りかかった。 財前くんの教え方はとても上手で、先生よりも分かりやすく、気が付けば途中から自分1人で問題を解けるようになっていた。 「次は古典な。頼むわ」 「うん。じゃあ、まず……」 財前くんから苦手なところを聞き、プリントと教科書を使い、精一杯説明をする。 ふと真横を見ると、真剣な眼差しの彼が視界いっぱいにうつり、なぜだか顔が熱くなった。 「なるほどなぁ。せやから、こうなんや」 「!!う、うん。じゃ、出来たし、次行こっか」 「「で、できた〜」」 「ああ、だるかったわ」 「でも、思ったより早く終わったね」 帰る準備をしながら時計を見れば、まだお昼前だった。 こんなに早く終わるとは思わなくて、お昼作って来ちゃったよ。 「それは自分のおかげやろ。センセーよりも分かりやすかったで」 「えぇっ、そんなことないよ!それこそ、財前くんのおかげだよ。財前くんの教え方、上手すぎなんだもん」 そう伝えると、財前くんはキョトンとした顔で私を見つめた。その顔はみるみるうちに赤くなり、リンゴのようになってしまった。 初めて見る財前くんの表情に、先ほどと似た熱が胸に宿る。 「オ、オレなんかそない上手くない……てか、自分このあと暇か?」 「ヒマだけど?」 ドクンドクン。 「なら、飯食いに行かへん?」 「え……」 ドクンドクン。 目の前で繰り広げられる信じられない展開に、鼓動が早まる。 「ちゅーても、親が弁当持たせたから、自分は買い弁になってまうんやけど……おごるからな、アカン?」 「わ、私もお弁当あるよ!!」 「!!」 「だ、だから……一緒に食べて良い?」 パコーン! 「イッタァ。何してんのよ!」 「起こしてやっただけや。人がプリント提出して来たんに、何寝とんねん」 「いや、ははは」 「『ははは』やない」 パコーン! 「いったー!!!」 「はよ、裏山行くで。腹減っとんねん」 「ああ、ちょっと」 強引に腕を引っ張りながらも、空いた片手に私の荷物をちゃっかり持ってくれてる。 懐かしい一年前の夢を見ていた。 あの時は、こんな関係になれるなんて思わなかった。 「ねっ」 「なんや?」 「生まれてきてくれてありがとう、光」 「……〜っ!あー、可愛い過ぎや」 そう言って、暑いのにぎゅーっと抱きしめてくれる光が私は大好きだよ。 本当にありがとう、光。 |