実を言うと私の初恋は光のお兄ちゃんだった。

まだ小さい頃、大阪に引っ越してきたばかりで道に迷っていた私を助けてくれたのが彼だった。ずいぶんと年上だったが優しい言葉と麗しい外見に一目惚れをした。その頃の光と言えば私より年下なのでまだまだぽっちゃりよたよたしていたように思う。


そうやって幼い恋を育んでいた私への最初で最後・最大の衝撃は想い人の結婚だった。「一緒に大勢でお祝い出来るから」という理由で彼が選んだその日は奇しくも光の誕生日で、それなのに私は一日中ぐずっていたのである。

当時は私も光も小学生で、光は兄の後を追いかけ回す私を追いかけ回していた。結婚式の日も光はずっと私の側にいたのだ。

『・・・何で泣いとるん。今日めでたい日やで』

『う、うっさい!』

『兄ちゃん嬉しそうやん』

『・・・・・・』

『俺がおるやん』

『・・・だから何』

『俺、今日誕生日・・・』

『そんなの知らない!』






「なーにボケッとしとるん」

「うわっ!」

いきなり後ろから両方の頬っぺたを潰された。振り返ると全身しっとりと濡れた光が立っていた。

「び、びっくりしたお帰り・・・雨降ってたの?タオル出そうか」

「ええよ、もう取ってきた。それよりビール欲しい」

「こら、光はまだ未成年でしょ!」

「ふーん、それを先輩が言うんや」

「・・・もう、先輩って言うのやめてよ」


小学生までは名前で呼んでくれていたのに、光は中学に入ると私を「先輩」と呼ぶようになった。今でも私を責めたいときはそう呼ぶので結構こたえる。


「さっき何考えとったん?」

上だけ脱いだ後、プシュッと開けた缶ビールを喉に流しこんでから光が尋ねた。切れ長の黒い瞳が油断無く私を捉える。

「・・・お兄さんの、結婚式の日のこと」

「そりゃまた何ともタイムリーな」

「ちょうど十年前になるんだよね」


あの時はまさか十年後にこうして光と同棲しているなんて想像もしなかった。


光は白けた目で私を見た。

「あれは酷かったわ。誕生日に延々泣かれたばかりか『そんなの知らない!』やもんな」

「お、覚えてたの・・・」

「そりゃ無自覚とは言えこっちは好きやったわけやし。幼心にグサーッきたわ」

「うっ・・・」

「残酷なんはそれだけやないで。兄貴の誕生日には必ずメールするくせにいっつも俺の誕生日なんやことごとく二の次やったやろ。高校ん時なんや最悪やったわ。深夜の飲み会の帰りに思い出したみたく祝われたこともあった」

「そんなことまで!」

「しかもそん時男おったやろ」

「何で知ってんの・・・!?」

「フン」


光はもう一度ビールを口に運んで、切なそうに目を細めた。

「あーあ、ホンマ俺何でこない一途なんやろ」

「、」

「落とすの何年かかってんねん」


キュン、と胸が締め付けられた。

そうなんだ。光の誕生日は何回も越してきたのに、ちゃんとお祝いするのは今日が初めてなんだ、私。


「ひかる、」

「ん?」

「好きだよ」

「は」

光はビールをテーブルに置いてぼうっと私を見つめた。

「何やねんいきなり」

「もう一度ちゃんと伝えたかったの」

「・・・アホか」

「アホじゃないよ、ねえ光」


光の短い髪に撫でるように優しく触れた。

「今日は光の好きなものばっかりのご馳走作ったんだ。食後のデザートにはケーキもあるけどぜんざいも用意してるよ」

「っ、」

「今日は、光のためだけの誕生日だよ」

「・・・・・・」

「光のことばっかり考えてた誕生日なの」


途端、すごい力でぎゅっと光に抱き締められた。ぎゅうぎゅうと引き締まった裸の胸に押し付けられる。光は私の髪に顔を埋めて、身体を折るようにして私を抱きこんでいた。


「光、くるしっ」

「・・・どんだけ爆弾やねんこの女」

「爆弾!?」

「俺にとっての」

「!」


やっと顔をあげた光は見たことがないくらい真っ赤な顔をしていて、いきなり私の唇にかじりついた。

「んっ・・・!」

「・・・今日は13回分きっちり可愛いがったるから」

「じゅ・・・!?」

「当然やろ。俺が我慢してきた分や」

「うう・・・」

「なんてな」


「先に食べんとご馳走とやらが冷めてまうな」と笑った光の顔はびっくりするくらい柔らかくて、それだけで私は心がいっぱいいっぱいになってしまったのだけど。楽しそうな光を見てると、もっと今日という日を満喫したくなった。



私だって今日が今までで最高の7月20日だよ、光。