これは覗きではない。


「ざ、財前くん!」
「ん」
「誕生日おめでとうっ」
「……おおきに」


爽やかに笑う財前と、顔を真っ赤にしてその場を全速力で去る女の子との一部始終を木の茂みから見ていたわたしだが、もう一度言おう。これは断じて覗きではない。覗きであったとしても、わたしの昼寝スポットであるこの場所で勝手に青春の一ページを刻み始めた君達に責任がある。そう責任転嫁し、意識を手放そうとした。その時、頭上からおいと少し低めな声が聞こえた。ここにいるのはもちろん、あいつしかいない。


「何なん」
「覗き見しとったやろ」
「顔怖いで。さっきの爽やかさはどこに行ったん?」
「うざ」


後輩の癖に敬語も使わず、それでいてさっきの子に見せていた爽やかさなんて微塵も感じさせない顔で睨んできては、財前はドカリと無遠慮にわたしの隣に座った。


「で?」
「はい?」
「あの子と付き合っとるん?」
「んな訳あるか」


へえ、と腑抜けた返事を返す。自分から聞いといてそんな返事あるかと思いつつも他に返す言葉も見つからずに黙った。
さっきの子、可愛いって噂の子だ。そんな子が夏休みに財前におめでとうだけを言いにわざわざ学校に来たみたいだっから、そういう男女の関係なのかなと思った。だけど、違うならいい。あの子の方は間違いなく財前が好きだけど。まあ、同じく夏休みなのにわざわざ学校に来てまで祝おうとしたわたしも、財前が好きなのだけど。うわあ、なんて勝ち目のない!
溜め息を吐いてチラリと財前の方を向いた。すると、微かにニヤリとする妖しい顔をした財前と目ががっちりと交わった。


「何、やきもち妬いたんすか」
「ちゃうわ禿げ」
「ちゅーか俺、ああいう面倒そうな女嫌いですし」
「あ、そうなん」


今度は安堵の溜め息を吐いた。確かに財前って嫉妬とか嫌いそうだし、ブリブリのぶりっ子ちゃん達を敵視してそうなイメージがある。これはわたし勝手なイメージであったのだが直接そうだと聞いて、安心した。そしてもうひとつ思っていたことがあったのだが、どうやらそっちのイメージは間違っていたようだった。別に財前が顔が良ければ全然誰とでも付き合ってしまうような軽い男だろうなんて一度もわたしは思ったことがない。決して。
そんな財前は人一倍鋭いところがあるから、今考えていたことがバレていないだろうかとこっそり財前を盗み見ると財前はわたしと目を合わせないまま俺そんな酷い人とちゃいますから、と言った。やっぱり財前は鋭かったようだった。誤魔化すように笑ってみせると、財前の顔は何の前触れもなく急に近づいてくる。そのまま止まることなく一直線にわたしの耳に吸い寄せられて


「俺のタイプ先輩やし」


そう、財前は囁いた。一気に上がる体温に戸惑いながらも、どう対処すべきか冷静に考える自分がいた。財前は先輩がタイプだと言った。それはわたしだけを指して言った言葉なのか、年上全体を指して言った言葉なのか。それは財前しか知らないわけで。もし、わたしの勝手な捉え方が間違いだったなら財前に引かれること間違いない。だから、わたしは財前の瞳をしばらく覗くことはできなかった。
数秒後、もしその時が来たのならわたしは財前におめでとうと一緒に、気持ちを贈りたいと思う



覗き


100720 財前誕生日
「mzsh!」様提出