「……38度2分。」 体温計に表示された数字に眉を寄せる。汗ばんだ髪をかきあげれば、辛そうな目が縋るように見つめていた。 「11時に医者の予約とったからな?もう少し我慢。」 そっと頭を撫でると10歳離れた小さな弟はゆっくりと頷いた。 「…と、連絡しなきゃ、」 どうしても外せない会議がある言う母親に、俺が看病すると伝えたのは1時間前。それから慌ただしく出て行った母さんを見送りもう一人の弟を見送り、ふと朝練を無断で休んだことを思い出した。 「幸村くんなら分かってくれるよな…」 わり、弟が熱出した、と簡潔な文を送り携帯を投げ出す。今日一日なかなか忙しくなりそうだ。 午後1時、医者にもらった薬をのんで、いくらか落ち着いたのだろう、規則的な寝息が聞こえる。 「……メシ、」 弟の隣に寝そべり、そこで朝からなにも食べていなかったことに気付いた。何か作ろうかと思ったが起き上がるのも億劫だ。 「…?」 突然鳴り響くインターホン。居留守を決め込もうと無視を続けたが一向に鳴りやむ気配はない。 「うるせぇ…」 疲弊した体に鞭打ってドアを開けると、そこには、胡散臭い銀色。 「……、仁王?」 「よお。」 なぜここにこいつが?今は学校のはず。まぁさぼるなんて俺らにとって日常茶飯事だが、それにしたってどうして仁王が俺の家に、 「丸井?」 よほど呆然としていたらしく、顔を覗き込まれはっとした。 「…なんか用か?悪いけど今日は…」 「知っとるよ、弟君が熱だしたんやろ?」 「じゃあ何しに、」 来たんだ、と言いかけたところで唇に指を押し当てられた。柔らく微笑んだ仁王に、違和感。 「どうせ、なんも食うとらんのじゃろ?」 がさり、と音がして気付いた、仁王の手にはコンビニの袋が握られている。 なんだって、こいつにはお見通しなのだ。分かっているが、認めるのが悔しくて、乱暴に袋をひったくり、家の中へと招き入れた。 「ねむっとるんや。」 「おう、ついさっきな。」 弟を起こさないように注意を払いながら、仁王にもらった袋を開けると、俺の好きなものばかり入っていて、少しだけ胸の奥がきゅ、とした。 ひとしきり咀嚼し、腹が満たされてぼーっとしていると、不意に腕をひかれた。気付けば仁王の腕の中に。嗅ぎ慣れた匂いと温もりに、ふと力が抜けた。 「…肩肘はりすぎじゃ。」 頭のてっぺんに唇が触れ、大きな手の平が髪を梳く。たしかに今日一日ぴりぴりしてたしな、なんて思いながら温もりに身を委ねた。 「ずっと一人で頑張ってたんじゃろ?」 「…べつにそんなんじゃねーし。」 「ふふ、ご褒美やるき、目とじんしゃい。」 どうせろくなことしないだろうと思いながらも、まだこの腕に捕らえられていたくて、素直に目を閉じた。 「…んっ」 暗闇の中唇に温もり。そして、 「え、」 「目、開けて」 包まれた手の平、薬指にたしかに感じる、その重み。 「なん、で」 ぼろ、と本当に自然に涙が零れた。 「泣かんで」 ぎゅ、と強く抱きしめられる。頬を掠めたその指にも同じ銀が輝いて。 「ずっと、一緒におって。」 そうだ、この男はこういう奴なんだ。人を出し抜くのが大好きな、ペテン師。震えながらしか愛の言葉を囁けない、嘘つきなピエロ。 「〜〜っ、」 だから俺は。 「あたりまえ、じゃん…っ」 力の入らないちっぽけな腕で抱きしめ返す。 まだ終わってはくれない、終わらせない。 臆病すぎる俺達の恋。 「、ふ、〜っ」 「泣かんで、って」 困ったように笑う仁王が、そっと唇を寄せてきた。それは子供の戯れのような口づけ。 「…誕生日、おめでと。」 唇を離し、至近距離で呟かれた言葉に今更思い出した、 「…今日、」 「…4月20日じゃよ、お兄チャン。」 「わすれてた…」 「みんなで誕生日パーティー用意してたんよ?」 また明日やってもらおな、と優しく笑いながら頬にキスされた。 ふわふわと、心がうきだつような感覚。涙がでるほど、愛してしまったなんて。こんなにも幸せな時間が、流れるなんて、 「もー、また泣くんか〜」 ぎゅうぎゅうと腕の中に閉じ込めれる。だめだよ仁王、涙はとまらない、 「あいしとうよ、ブン太。」 「おれ、も。」 Silver Birthday (お祝いしようか、)(君の誕生日と、僕たちの未来を) |