神獣の心中
*ちょい切ない話かもしれません。いろいろな要素が混ざってるのでご注意を。
『おはよう桃太郎君。』「おはようございます。」
私の朝は彼の姿を目にするところから始まる。なんて言ったってこの店の店長は、絶対に寝坊しているから。
『白澤様は?』「…まだです。」
桃太郎君がしばしば沈黙を置いてから答えるってことは、昨日奴が女の子を自室に連れ込んでいるのを知ってるから。昨日は私が出張でEUの方まで出向いてたからなぁ…まさかとは思ったけど、やっぱりぶれない人だなぁとぼんやりと思う。
『またあのバカは……まったくいつになったら止めるのか、ねぇ桃太郎君』
ふぅとため息をつけば、薬膳鍋を出してくる桃太郎君。なんとも古風な顔つきだが、意外にも現代が生み出した代物鍋つかみがとてもよく似合っている。ああなんだ、お母さんだコレ。
誰がお母さんだとツッコまれながらも箸を持てば、奥の扉が重そうにギィッ…と鳴り、やあ。とそれまた重そうな体を引きずってあの人が顔を出した。
「おそようございます」『おそよう、白澤様』
「おは……??!ちひろちゃんじゃないか!!!帰ってきてたの?!お帰り!!」
「うわっテンション高ッ」
ウザそうに反応する桃太郎君にお椀をつきだしご飯をよそってもらう。早く食べたいんだ私は。足りないお腹を満たしたいんだよ!!!
「僕は君が食べたいな」
『部屋に帰れ。あんたはこの鍋ん中に頭を突っ込まれたいのか。』
「僕は君につっこみたいな。もちろん、できれば夜にだけど。」
『誰か〜お医者様〜この部屋の中にお医者様はいらっしゃいませんか!!!』
「ハイ!!!」
アンタは薬剤師でしょうが!!と桃太郎君がツッコめば、彼は似たようなもんでしょと切り返す。
さりげなく私の隣に座ろうとする白澤様に腹パン(腹パンチ)を決め込めば、ぐふぅッと言いつつも手ではしっかり私の拳を受け止めている。へらへらしやがって、そこをどけ。そこは従業員のうさぎさんを眺める絶好のスポットなんだ。正面に座れよ。
「……そういえば、俺が来たときから二人は満月堂にいたんですよね。ちひろさんは女性ですけど手は出されなかったんですか?」
『あ〜この人女の子がOKださないとあんまり手ェださないんだよ。そのあたりがまぁ紳士だとは思うんだけど』
「ん〜?ちひろちゃんとはもちろん本気でいきたいんだけどね、つれないんだよこれが。僕はいつだって女の子には本気だからね。」
『なっ、今の発言クズでしょ?私もこの人好きだけど、すごくバカらしく思えてくるのよね』
ぱくり、と箸を口に運べば、カランと音がしてスプーンが落ちた。
「え」「?!」
ガタッと机が揺れる。桃太郎君の顔は青ざめ、白澤様の顔は心なしか赤い。
「何ソレ!!!僕初耳なんだけど!!!じゃあなんで今まで言ってくれなかったのさ!!!!つれない!!!!」
どぅーどぅー落ち着け。
「……よくこんな人間近で見てて好きになりましたね。俺なら絶対にいやですよ…」
驚愕を通り越し、憐れむような目で見る彼。ほんのちょっと白澤様に同情するわ。あんた弟子にこんな風に思われてんだぞ。いいのか。
『うん…本当に、何でこんなクズ野郎を……私のブラックヒストリーだわ。』
もう一度おかわりをよそおうとお玉に手を伸ばせば、バッと鍋を白いのに取られる。フーッとなぜか毛を逆立てる様子は神獣にはとても見えない。
「答えるまで食べさせないよ!!もっと詳しく話してよ――――ちひろちゃんのデレを!!!」
『コイツ相当頭やられてんな、鬼灯様に幾度も殴られてるからかな。』
チラリと桃太郎君をみれば、ソワソワとした様子で私と白澤様を交互に見比べている。きっと彼も気になるのだろう。
『そりゃあね、女癖を除いたらカッコいいし、知識もあるし、笑顔が可愛いし…普通にいい人だと思うよ。女癖を無くしたらね。でもそれじゃあ白澤様じゃない気がする。』
「ちひろさん…それけっこう重症ですよ、かなりやばいとこまでいってます。」
『だってさぁ白澤様に私が今好きだと告白しても、アンタは他の女の子と遊ぶでしょ?』
「僕はすべての女の子に本気だからね。」
けろりとした顔で即答された。
『私を抱いても、他の子も抱くでしょ?』
「うん、それだけはやめられないな」
うわ…と桃太郎君はドン引きしてる…わかってるだろうに、この男の性分を。
「わかってるんなら話がはやいや!!早速僕と遊ぼうよ!!」『いいけど』
でも、と私は付け加えて人差し指をスッと白澤様の額にあてる。
『私が遊ぶのは、一生の間にたった一度だけ。』
『白澤様が女遊びを止めるとき――神獣であるあんたの死に際に一晩だけ、付き合ってあげる。』
パアアッと彼の顔が輝いた。
あんたらそれでいいのか、と桃太郎君の声が幾重の意味を含んで、肩にのしかかって気が重くなったけど。
桃太郎君はなんとも言えない表情をしている。優しい子だから、きっとあまり多くは語らないんだろうけど。
『あと何千年かかるのか』
「きっと何億年もだよ。それでも君がいてくれるのなら嬉しいな」
ほんと、この人の心中は読めないね。