流れ星に願いを
“まもなく12月14日を迎えようとしております、このあとAM02:00頃からふたご座流星群のピークが…”
『わざわざエーエムって言うなよ分かりずらい、普通に午前2時って言やぁいいのに』
ラジオに向かって愚痴る彼女はパクリ、と食べ物をのせたスプーンを口へともっていく。
僕は“並”とかいてある湯のみで、草壁が入れた温かい緑茶をすする。
どちらからもほんのりと白い湯気が空中を伝い、儚く消えていってしまう。
空を仰げば藍色が天を染め上げて、大きな金色の球体とその周りに散らばるきらきらとしたカケラが僕たちを照らしていた。
『…ヒバリ、わっとぅたいむいずいっとなぅ?』
僕からすれば君の言ってる事の方が分かりずらいんだけど。
「12時32分、まだまだだよ。」
くわぁ〜あ、と大きなあくびをする彼女―並盛ちひろは現在夜食であるカレーライスを食べている。夕飯の残りではない、草壁に即席で作らせたものだ。
今日…いや、昨日の夜10時の頃だっただろうか。
いきなり彼女から僕に珍しく電話がかかってきた。
本当に珍しい、彼女がイタリアへ一人で渡るとき以来の電話だったから何事かと思って電話口に出てみれば、ラジオで流星群があると言っていたから一緒に見ないかという誘いだ。
『めっずらしいねぇ、まさかヒバリがのってくれるなんて。』
寒いから嫌だ、とか言いそうなのに、と。
「…僕も意外だったよ、まさかちひろが星を見るのが好きだったなんてね。」
まぁ半分は草壁の夜食目的だろうけど。
すると彼女はいつの間に食べ終えたのか、空になった皿を地面に置いて土手であるこの場所にごろりと寝っ転がった。
『いや〜なんかさぁ流れ星ってアレでしょ?夢かなえてくれるんでしょ』
「…星が流れてる時に願うと、ね。でも迷信だよ。しかも実際に願おうとしても流れてる時間が短いから、無理だと思うけど」
『ふ〜んそうなんだ、なんかムカつくな。』
なんでだよ。
『それって絶対人の夢を叶えないために流れてるだけなんじゃないの、そうやって人を騙して金をふんだくってんでしょ。』
「いやお金は取ってないよ。」
『こんなんだったらオールナイトしてでも願ってやらァ。フン、見てな流星群野郎。私の力、しかと見るがいい!!』
ビシィィィ!!と空を指差すが、当然星が流れるわけもなく。もちろん彼女の力とやらも出てくるはずもなく。
ただ冬場の冷たい風が僕とちひろの間を吹き抜けていくだけだった。
『うおっさむっ!!マジ寒ッ!!…あ、ヒバリてめー何一人でぬくぬくしてんだ』
「ぬくぬく?僕はただお茶を飲んでるだけでしょ。」
『違ェよ。その着てるコート!!なんか丈長くてあったかそうなコート!!いいなー私によこせよ』
なんて理不尽な。
「だったら君が動けばいいでしょ。神社(家)からここまでそう遠くないんだし、あったかい毛布でもとってくればいいじゃない」
『やだ!!だるい!!めんどくさい!!』
僕が言えば即答する彼女。
見ていると、どうやら本当に動く気はないようだ。
「ちひろ」
僕は着ていた黒いコートを脱ぎ、ちひろを自分の膝の上に乗せる。
その彼女の上から脱いだコートをふわりと軽く乗せるように、かぶせた。
「これなら寒くないでしょ。」
『…コートとチキンのサンドイッチ』
ぼそりと不満げに言う彼女だったが、外の寒さに負けたのかしばらくするとコートを自分の首の辺りまでたくしあげ、僕に身を預けるようにして動物のようにスリスリと頬ずりをした。
どのくらい時間が経っただろうか。
手元にある緑茶は冷め、自分に寄りかかっている彼女は目を閉じたまま一向に目を覚まさない。
スースーと規則正しい寝息が聞こえ、その寝顔は普段の彼女とはまた違った一面を見せていた。
「寝落ち…これはもう朝まで起きないな。」
ピークの2時も過ぎたようで、流星群も来る兆しが一向に見えない。多分気付かないうちに流れてしまったのだろう。
帰ろう、と僕は寝ている彼女を起こさないようにそっと抱きかかえ、立ち上がった。
すると、どうだろうか。
閃光の様な鋭い光がフッ…とほんの一瞬だけれども、何かが通り過ぎた気がした。
ちひろを抱きかかえたまま、バッと空へと視線を移せば先程とは全く違う、まるで滝のように一つ、また一つと星がきらきらと瞬きながら地平線に落ちていく。
これにはさすがの僕も目を奪われた。
「ちひろ、起きなよ。」
そう声をかけても、起きないのはいつものこと。
しかしここにずっといるわけにはいかない。風邪をひく、僕も彼女も。
「まぁでも、こんなに数があれば、一つぐらい願いは叶えられるんじゃない?」
――天を彩り、流れ落ちる星たちに――
―――僕からの願いを一つ―――なんで君の誘いにのったか、だっけ?
それはきっと、君に対する単純で一途な思いから――