085 人間の体は何十%の水分でできてます
さっきとは違う、透明で澄んだ瑞々しい青い炎。
「!!」
それが、目の前に来た刹那、僕は動くことができなかった。 否、動けなかった。
目の前で幣を振るう彼女の属性は、言わずとも知れた―――雨の“鎮静” ちひろはまだその鎮静の意味を理解していないのだろう。
目くらましか、それとも推進力を上げる為だけに使用したとしか考えられない。 それでも、炎を直接受けた自分の両足はピクリとも動かなかった。
『うおりゃぁぁぁぁっ!!!』 「っ、」
かろうじて声の方向へと体を捻り、指輪を再度はめて炎を出す。
気休めにしかならないだろうが、防御は無いよりましだ――― 間に合うか―――
ボフッ!!!
“…間に合わなかったな…プッ”
「………。」
『プークス!!油断するからいけないんだぜ、バカチキンめ!!』
呆れてモノも言えない。 確かに僕は彼女に[倒せ]と言った。
もちろんそれは戦闘の中で行われる[倒す]という行為の事であって、決して今のこの状態である[倒す]ではない。 こうなることは、少しは思っていたはずだったんだけど。
「…頭が痛い」 『そりゃさっき倒れる拍子にゴンッて変な音がしてたからな』 「いや、君が馬鹿すぎて心労でね。頭痛がしたよ。」 『よーし歯ァ食いしばれ。今から未公開のこの匣、マジで開けてやろうか?』
匣を開匣するのと歯を食いしばるのがどう関係しているのか、正直なところ分からない。 しかし、僕に馬乗りになって(倒したことになってるらしい)すっかり調子こいたちひろは得意げに先ほど手にしていた匣を取出した。
その様子を見てとるに、どうやら最初のほうは開匣する気が全くなかったようだ。
“先程話したことを、覚えているか”
幣から元の鹿の形態へと戻った彼女の匣兵器が、歩み寄る。チャポンッと心地よい音が鳴った。
『えーっと何の指だったっけ』
“…。”『あり、チェルヴォも覚えてねーの?ったく使いモンになんねぇなー』“貴様に言われたくはない”『ぷーくす!!私に教えた奴がよく言うぜ』“黙るがいい、動物にすら教わっても知識を深めることができぬ凡人が”『おいおい、お前動物じゃねぇだろ』
「・・・・・人差し指じゃなかったかい?」
だめだ、危なっかしくって見てられない。
上半身を起こして少しちひろの体を引き寄せてしまえば、近いッと彼女に頭をはたかれた。
何を今さら意識してるんだか。 半ば微笑ましく思いつつも、ちひろにしてはあまりその力が籠っていなくて少し驚いた。
まぁ十年前だからというのもあるのだろうが、どうも様子がおかしい。
「ちひろ?」 『……みィ』 「…?」
首をかしげて彼女を覗きこめば、ちひろは掠れそうな小さな声で、こう言った。
『…ねみィ』 「“…”」
“炎の使い過ぎだ” 「体中から発している、アレかい?」
“……いや、体外と体内の炎のコントロールができていないだけだろう。 普通、人間の中には炎が波動として流れている、が、ちひろの場合は波動が無い。炎自体が体内を駆け巡る。故に自らの鎮静の作用を受けているのだろう。故意に炎を垂れ流せばなおさらだ。” 「眠り巫女とは言ったものだね」
彼女の愛称を口に出せば、匣兵器はジロリと僕を睨みつける。
“それは人間どもが勝手につけた名であろう、本来並盛の巫女は別の名が――”
「でも、ちひろらしいだろう?」
横目で目をやれば、むすっとしたような、でも少し納得と言ったような顔をする彼。 そういうところは少し僕と似ているかもしれない。似てないけど。
“大体だな、貴様が勝負事をふっかけたりするからこんな事になるのだ” 「ふん、いいんだよ。」
全て、僕の計画通りだから。
チラリと腕時計を見やる。 時刻は正午を過ぎた。
スケジュールが動き出すまで、 あと、もう少し―――
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