復活 | ナノ




 
 
 
001 桜とか若葉とか、それっぽいこと言ってると春っぽくなる



―――ザワザワと若葉色の新芽をつけた森の木々がさざめきあい、たくましく育った幹を掻い潜ってきた少しだけ荒っぽい風が私の体を吹き抜けゆく。
季節は早春――
――――そう、季節は――春。

――――春―――

――――ハル―――

――――はる―――

――――HA……

「煩いよ、言い方を変えればいいってもんじゃないでしょ。しかも今秋だし」

ゴンッと鈍い音が辺りに響いたかと思えば、じーんとした痛みが頭上にひろがる。
声の主の方を見れば全身真っ黒の男が先ほど私を痛めつけたであろう右手を握りしめ、見下したようにフン、と鼻を鳴らした。
そうだ、と私は我に返った。これは自分の背負うべき運命なのだと。敷かれたレールの上を言われた通りに走らなければ、私が守るべき彼らの命は無くなってしまう。さながら私は翼がもがれ天界から追放された堕天使ルシファーの尻拭い役、妹のマリッサと言ったところだろ………
ゴンッ!!
「だから煩いって。何ナレーションにハマってんの。誰だよマリッサって」
『あっ、ルシファーさん!久しぶり〜』
「それは僕が堕天使だとでも言いたいのかい」
「いや、中二くさいところが…」
ゴンッ!!
三度目の制裁が下された。


所変わって応接室…と書かれたホテルのような一室。
あれっおっかしーなー、ちゃんと真っ黒の男に強制連行される前まで学校の中を歩いていたんだけどなー
「君が迷っていたのを風紀委員として僕が保護してあげたんだけど。校内で迷子が出たら風紀が乱れるでしょ。」
あれっおっかしーなー、ほかの部屋(つーか教室)は机とか黒板が置いてあったのに、何でここは高級そうなソファーやティーカップとか置いてあるんだろうなー
「ここは僕の応接室だからね。むしろこの町、並盛が僕の物だと言ってもいい。」
あれっおっかしーなー、何で私の考えてることが分かるんだろうなー
「君は思っていることが表情と口にすぐ出やすいからね、とくに口。」
『やべっ』
慌てて両手で口を押さえる、ついでに机の上におやつとして置いてあった高そうなクッキーを一枚つかみ、口の中へと放り込むのを忘れない。
あ、意外とまずい。クッキーは見かけによらないってホントなんだね。
その様子を見てハァ、とため息をついたのは学ランの前を全開にしなければ全身真っ黒になっていたであろう並盛中学校風紀委員長こと、雲雀恭弥。
そしてその彼を悩ませているのがヒバリの幼いころからの腐れ縁の私、並盛ちひろ。
何年かぶりに足を踏み入れたこの並盛町を歩き回っているうちに、なぜか並盛中学校にきてしまい幼馴染にバッタリと出会ってしまったようだ。
「君、イタリアに行ってたんじゃないの?帰ってくるなら連絡ぐらい寄こしなよ」
『いや―なんかさぁ、本当はもう少しいる予定だったんだけどザンザ…ルームメイトのゲーム機を壊しちゃってさー。それがばれちゃって、命からがら逃げだしてきたんだよね。家一軒かき消されちゃったから、こわいったらありゃしない。』
まるで自分の家のようにゴロリとソファーの上へ寝っころがるとヒバリがまた、ため息をつく。
『ヒバリくーん、ため息つくと幸せが逃げちゃうよー』
「……ちひろは幸せそうでいいね。僕はルームメイトの彼女に同情するよ。」
おやおや、ヒバリ君はルームメイトを女だと勘違いしていらっしゃいますな。つーかあの人がルームメイトだったら毎日が耐えらんねー
ソファーから手を伸ばし、もう一枚クッキーをつまみ上げようとすれば、その手をパシッと叩かれてしまった。
「行儀が悪いよ。ちゃんと食べるんなら座って食べて」
いつの間にか私の(ではないが)ソファーの端の枕のような部分に腰を下ろして見下しているヒバリがいた。
その顔は数年しか離れていなかったのに、妙に大人びていて少し、ほんの少しだけ悔しかった。ちくしょー、このドヤ顔が。中二病末期のくせに。チキン(鳥)のくせに。
無視してまたソファーから手を伸ばせば、今度はひょいっと皿を取り上げられ、行き場を失った右手は大きく空振った。
「………。」
寝ながらお菓子を食べる、という最高の過ごし方を諦め、私はムクリとソファーから体を起こす。
しぶしぶとな!!
「はい、よくできました」
コトリ、と、元の位置に戻された皿。
やっと食べられるぜ、キャホォォォォと心の中で喜びに浸っていたのもつかの間、皿の中を見るとクッキーは跡形もなく姿を消していた。
『!!……な、なんてこった。クッキーが一瞬にして消えるなんて、いったい誰がこんなむごいことを…くっ、相棒のヒバリ刑事はどうした?!応答せよ!!おい!!ヒバ…』
まさか、と思い振り返ると、何事も無かったかのように仕事用の椅子をクルリと回し視線を窓へと向けているヒバリ。心なしかその後ろ姿が嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。外からシャクシャクという幻聴まで聞こえてきたりする。とうとう私の頭もいかれてしまったということか。

………ん?シャクシャク?
よく聞くと、その音は外からではなく内側、彼の顔をじっと見てみるとその口元は一定のリズムを刻んで動いているではないか。
『オイ、何食ってんだてめっ、何ちょっと嬉しそうな顔してんだ腹立つ!おい、聞いてんのかゴルァァァ!!頼むよぉぉぉマジで死んでくれよぉぉぉぉぉぉぉ』


「委員長、今回の書類の件ですが……あれ、ちひろさん。お帰りになられてたんですか……どうしたんです?その泣きはらした顔。」
『聞いてよ、ママぁぁぁぁン!!!』
「誰がママンですか」
『パパンが私のクッキーをぉぉぉぉぉぉ!!!』
「誰がパパ?行儀の悪いちひろがいけなかったんだよ。クッキーは僕に食べられたいって訴えてくるもんだから」
『嘘つけバカヤロー。私の胃袋に吸い込まれたいって言ってたもの!!聞こえたもの!!』
「いや、僕が……」
「あ、あの…そのクッキー相当古いやつだったんで、捨てようと思っていたんですけど……」
「『………。』」
ちひろ、ヒバリ共に会心の一撃。モブの草壁は倒れた。アディオス草壁!!


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