113 今はめちゃくちゃ熱い
耳をつんざく風の切る音から解放され、ふわりと緑の匂いを感じたのはそれからしばらくしてからのことだった。先程のピリピリとした空気が一変し、眼下にはのどかな景色が広がっている。
違和感は覚える、が、10年の歳月を感じさせるこの並森町が愛おしくないわけではない。空気は同じだが各々の家の配置は変わった。そんな景観を視野に収める鳥居のてっぺんに雨シャチ匣兵器のディリテは私を下ろした。
ああ・・・この手触り、風雨にさらされて傷が増えたね・・・なんて。
『思うかこのアホディリテ!!!なんでよりによって鳥居の上?!こんな高いところ一度たりとも登った憶えねェよ!!!なんで家の前に降ろさねェんだ!!』
”体力に限界を感じたと言っている”
『もうちょいじゃん!あと1メートルもないじゃん!がんばれよ!!!』
ベシンッと彼の頭を叩こうとするも、表皮がぬるりと滑って私の右手は行き場をなくす。キィとディリテは牙を見せ一声鳴いた。すまんね痛かった?
”小学校でいいから運動会の短距離走の選手になりたかったと言っている”
『シャチに運動会とかあんの?』
「アッ!巫女ちゃん!!!」
ギャイギャイと騒いでいると下からなにやら叫ぶ声がひとつ。ヨボヨボしたお爺ちゃんだがはて、どこかで見たことのあるような・・・?
『んんん〜〜???アッお祭りの時に私を巫女ちゃんとか変なあだ名つけたGGIだ!確か町内会のエターナルシャイニングジョンマイケルフューチャー大野さんこと松丸のじいさん!』
”大野さんはあだ名なのか・・・”
何故彼はここにいるのか。ひょいっとジャンプして地面に着地すれば彼は北山が爆発したから避難してきたのだという。
『噴火の避難にしては近すぎねェかじいさん。ここはもう危険だから早く別の場所に移った方がいい。』
「そんなこと言ってもなぁ、ワシだけじゃのうてもう町の住民は避難し終わってるのよ。ホレ見てみ」
くいっと示された先を見れば、神社の境内の中から人がわらわら出てくる。いくらこの家が広いとはいえ、こんな人数が入るわけ・・・避難が終わってる??まさか
「並森町の人間がみんなここに集まっとるよ、巫女ちゃん人望厚いのう」
「ちひろちゃーん!!」「おかえり干し柿あるよ!」「ヒィ殴らないでほらプリン!」「今月はケーキでもいいかしら」「ああこれはこれは神様とご一緒で・・・」「ヒィポテチだ逃げろ!」
『誰がポテチだしばくぞ』
突っ込みどころが満載の上、十年後の自分を疑う始末。時の流れって怖いなぁ驚いて言葉もでないや。
”いつも通りじゃないか”
『追い追いこのジビエは腹に収めるとして、なんで全員ここにいる?もっと逃げるんなら遠くへ・・・ああもう!老人会のジジイどもまで』
ワイワイと神社の前が賑やかになりここにお弁当でもあったのならハイキングと疑われぬほどの浮かれよう、子供からご老人まで呑気なものだ。
「皆んな北山さんに言われたんじゃよ」
松丸のじいさんが怪訝そうな顔をする私に言った。その言葉にますます自身の眉が八の字になるのがわかる。誰だ北山って。
「巫女ちゃんがこの前話していたあの人よ。そうそう北山さんがホラ、山の爆発に巻き込まれて今ベッドに寝てるんじゃが・・・かわいそうに体が冷えていてのう。まだ若いのに目を覚まさんのよ」
ほう・・・町内会のグレート大野・松丸をそこまで言わせるとは。ぜひ顔を拝見したいもんだと言えば、どうか私の幣で治してやってほしいと頼まれた。 そんなことより病院に行かせた方が絶対に早いと思うのだがこのまま神社の前に人を出しておくわけにはいかない。いつ戦闘がここで起こってもおかしくはない為、はやく家の中に入ってもらった方が得策だ。
チェルヴォとディリテには外にいる住民を家に入れてもらい、私は北山さんの寝ているという部屋に案内される。 なんとも和室の中にベッドを入れるグレートな松丸に頭を抱えながら、私は彼の顔を覗き込んだ。ふむ確かに若い、黒髪で髪の長い二十代くらいの男性__
『・・・松丸さん、この人を寝かせる場所やっぱり間違えてるよ。冷蔵庫の野菜室にねかせたほうが絶対美味しくなるって!!!』
「誰が酢豚に入れると美味しいですって?!!!」
『なんの話だよ起きてんなら起きやがれ、パイナップル野郎』
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