狭間





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 結婚という定義について、近頃ジュードは考えさせられている。
 戸籍上での繋がりを明確にしたのは、数年前の話で、新婚夫婦とは言えないにしろ、今でもそれに近いような状態にはある。結婚当初から変わらない儀式のような口付けや、夫婦間での愛の深さは、人前では極力口に出さないようにいつも濁してはいたが、夫婦の営みも勿論頻繁にある。

 これ以上ないほどの幸せを手に入れて、誰から見ても順風満帆な家庭と言っていいだろう。けれど、人の心は欲張りなもので、それ以上の幸せを求めてしまうのだ。

「あ、あのさ……ミラ?」

「ん?どうしたんだ」

 イル・ファンの街並みを見回しながらゆっくりとした歩調で歩くミラに歩幅を合わせ、 ジュードは街の中心部にある噴水広場の前で走り回る子供達に目を向けた。

「ミラは子供……好き?」

 何気なく聞いてみよう。そう心がけて、きゃあきゃあと声を上げる幼子達を見て笑みを浮かべた。そんなジュードに対し、ミラは少し考えたそぶりを見せて、ジュードと同じようにそっと微笑んだ。

「ああ、好きだと思うぞ」

「ほ、本当?!」

「?……そうだな、愛らしいというのは、こういう時に使うのだろうか。 純粋な目をしている者達を見ているのは、心が和む」

「そ、そっか……」

 ミラの言葉に共感するように、深く頷き返したジュードは、緊張を少しでも和らげようと、呼吸を深く繰り返した。

「あ、あの……ミラ、ぼ、僕達さ……結婚して結構経ったじゃない?」

「ふむ。そうだな……あっという間といえばあっという間だったが、確かに月日に換算するとそうかもしれない」

「それでね……」

 さりげなく、そう、さりげなく……。
 まるで呪文のようにそれを繰り返したジュードは、昨晩ずっと考えていた台詞を頭に入れる。

「こ……」

「こ?」

「あの…………こ、こ」

「うん?」

 言いたい言葉が埋まらない。
 今日言わなければ、またずるずると引き延ばしてしまうと、意気地のない自分自身がわかっている。
 だから、ちゃんと言わないと。そう考えていたのに、ミラの澄んだ瞳を見ると、どうしても唇が戦慄いて言葉が出ない。

「こ、――っ、今夜は僕が夕食作るよ」

 そうして、今回も口に出せずに終わってしまった。





『ミラとの子供が欲しい』
 と言うのは、やはり自分の我侭になるだろうか。家庭を持っている人間にそれとなく聞いてはみるものの、そう思うのは当然の欲求だと誰もが口を揃えた。
 夫婦なのだから、愛しているのだから。そうは言うものの、それは自分の考えであり、ミラの考えにはならない。
 ミラは今の生活に満足しているかもしれない。それなのに、自分だけ、不満を浮かべるようにそんな事を思っていたと知れたら、ミラに申し訳ない。
 彼女の笑っている顔を見ているだけで、こんなにも幸せなのだから、あまり望みすぎてもいけないのかもしれない。

 頭を冷やす意味も込めて、ジュードはその考えをようやく頭から追い出せた。




 自分から言い出したのだからと、今日は特に想いを込めて夕食を作りあげた。
 忙しいジュードは普段食事を作る機会がなかなか取れないため、たまの休みにこうして食事を振舞うのが常だった。
 あつあつの湯気をくゆらせるシーフードシチューは、ミラにも大絶賛であった。嬉しそうな顔が見れたとジュードもそっと喜びつつ、食事は楽しく終わりを迎えた。




 そうして夜は更けていき、狭い部屋に鎮座する少々大きなベッドに、ごろんと二人で横になってうつらうつらしだした頃、ジュードの腕をミラがそっと胸に引き寄せ、その距離を詰めた。

「ジュード?」

「……ん、どうかしたの?」

「明日は早いのか?」

 なかなか来ない休日に、ミラにも寂しい思いをさせているのだろうか。
 薄がりの部屋の中、横に目を向けると、とろんとした眼差しのミラがこちらを見ていた。

「んっと……確か、明日はお昼くらいからでも良かったかも」

「そうか……!」

「ミラ?」

「じゃあ、それまでは君を独占できるな」

 嬉しそうに微笑んだミラが、前触れもなくジュードの唇に口付けを落とした。突然のミラの行動に驚いたものの、触れるだけの優しいそれに、気持ちが浮き足立つ。一度ゆっくり離れていくて、縋るように首に回されるのを契機に、唇は再び合わさり、今度は深いものになっていく。

 相手の舌を絡め、弱い部分を這い回ると、小さく震えたミラが、喉元で声を上げた。引き寄せてねだる素振りを見せれば、ジュードとて、もう止まれない。
こうしてミラから求めてくれる事が嬉しく、ジュードは胸を熱くさせる。口付けならまだしも、それ以上を求める時、誘うのはいつも自分からしかなかったから。こうしてミラが欲してくれたことに、ジュードは感動していた。

 そんな心情が露わになったようで、ジュードはいつもより性急にミラを求めていった。絹のように滑らかな身体のいたる所に口付けを落とし、着衣を全て払うと、既に臨戦態勢に入っている自分の一物を入口に押し付けた。

「っ……待て」

 けれど、腰を進めようとしたその時にジュードは胸を押され、その距離はあっけなく離れていく。

「ミラ……?」

 何か気に入らない事があったのだろうか。そんな不安を視線に宿したジュードに、ミラは口元に笑みを零して安心させた。

「今日は……私がやる」

「え……」

 上体を起こしたミラは、寝台に座り込んだジュードの膝を跨ぎ、ゆっくりと腰を下ろしていく。

「ミ……ミラっ」

「たまには……いいだろう?」

「う、うん」

 むしろ大歓迎だと思うジュードを尻目に、ミラはジュードを受け入れていった。いつもと違う体勢は、あまり慣らされていないミラの狭い膣内は、とても頑なでなかなか進んでいかない。

「んっ……あ、あぁ」

「……うっ」

 ジュードにはその狭さはあまりにも強い刺激で、気を抜けば達してしまうのではないかと思うほどの強烈な快感だった。だが、ミラからすれば、それは苦しいだけだろう。

 眉を寄せて、ジュードを収めていく姿に、少しだけ罪悪感が湧いた。
 少しでもミラの気持ちが紛れれば……。そんな思いを寄せながら、ジュードはミラの顔に口付けを落としていく、額、瞼、目尻、頬、顎……と数え切れないくらいのそれを押し付け、最後に唇にそっと落とした時に、二人は奥深くまで繋がった。

「……っ、ちゃんと入ったよ」

「そ、そうか……ぁっ……ん!」

 肩で息をするミラが、確認する間もなく、ジュードは緩慢な動きをつけながら、そろそろと突き上げを開始した。

「ま、待てジュード……っ」

「ごめん……それ無理かも。結構限界で……」

 制止の言葉を退けられ、ミラは与えられた刺激に耐えるように、ジュードに縋った。ジュードの胸板に押しつけるようにミラの乳房が潰れ、動きを見せる度にそれは大きく揺れる。

「ぁっ……んっう……っ」

 ミラの太腿を掴んだジュードは、大きくそれを上下させると、動きは更に大きくなり、二人の間からは湿った粘着質な音が生まれた。動きはミラからもあり、腰をくねらせてジュードと合わされば、更に強い快感が二人を満たしていく。

「んっンン……ジュード、それ……」

「っ……え?」

「それ……いいっ……」

 耳元で嬌声を盛らしながら、切れ切れと話すその内容に、ジュードの身体はカッと熱くなる。今日のミラはどうしたのだろう。まるで、お酒を口にしたみたいな……。

「それを……っ……もっと……ぁっ」

 積極的な行動や言動に頭を捻るものの、夕食でそれらしき物を出した覚えは一切ない。浮かんだ疑問は、蒸気してとろんとした表情を浮かべるミラで一瞬にして四散し、ジュードはミラに応えるように、のぼり詰める為に身体の動きを更に上げた。

「はっ……あ、ん……んっ」

 激しい動きにミラの膣内は収縮をし始める。それはジュードを絡め取るように包み、限界を迎えようとしたジュードはミラから距離を置こうとした。

 だが、離れようにもぴったりとくっついて離れないのはミラで。首と腰に巻きついたミラの手足がそれを許さなかった。

「ミ……ミラっ……出ちゃうから、お願い離れて……」

「ぁ、ジュード……あ――っ」

 動きを止めたジュードに、ミラは大きく震えて先に耽美な表情のまま達した。その衝撃に耐えきれず、ジュードはミラの中に熱を放出させた。

「く……ぁ……っ」

 ミラを強く抱きしめながら、ジュードは最後の一滴までミラの中に出し切り、荒い息をつく。
 そこで、ようやく自分のしでかした事に気付いて、ジュードは肩を揺らした。

 自分の身体に無頓着なミラに対し、ジュードはミラの事を考えて無謀な事はしない。ミラの身体が月のもので苦しそうな時はいつもより労るように努めているし、子供が出来てしまいそうな日取りでは、こういう行為も控えていた。

 それでいうと、今日は間違いなく所謂『危険日』というもので、そんな時にミラの中に自分の熱を残せば、どうなるかくらい分かっている。

 もちろん、子供が好きだとミラも言ってくれた所から、それは嘘ではないだろうし、授かればミラは喜んでくれるだろう。けれど、それでは納得できない自分がいるのだ。ミラとの子供だから、奇跡のように再会した自分達の子供なのだから、ちゃんとその子を望んだ時に生まれてくれたら。そう思っていたから。

「あ……ごめんね、ミラ」

 悲嘆な声を上げて、ジュードはミラを優しく抱きしめた。

「ん、どうしたジュード?」

 慈愛に満ちた表情のミラが、そっとジュードの頬に触れた。ミラに自分の想いがちゃんと伝わるだろうか。戦慄く唇に勇気をのせる。

「僕はね……ミラ、ミラの事……すごく愛してるから、誰よりも愛おしいから、ミラとの子供が出来るなら……欲しいんだ」

「……ジュード」

「ごめんね、ちゃんと僕が前もって言わないといけなかったけど、今ので……ミラの中に僕との子が出来たかもしれない。……でも、絶対に僕は責任を持つから。ミラもその子も幸せになるように……ちゃんと、幸せにするから」

 今までずっとミラに告げようとした言葉が、望んでいた形ではないにしろ、ようやく告げることが出来た。

――ちゃんと伝わっただろうか。

 内心は既に挙動不審の域ではあったが、ジュードはミラを抱き締める手をほんの少しだけ強めた。そんなジュードをよそに、小さな笑い声がミラからもれる。

「ふふっ……ようやく口にしてくれたか」

「……え?」

 予想していなかった言葉に付け加えるように、ミラは綺麗に笑顔を作り、ジュードを抱き締め返した。

「プランに頼んで、子の宿し方を教えて貰っていたのだが……」

「え、プランさん?!」

「君の心配りは完璧だからな。私に心配させまいと、子が欲しいと言わなかったのだろう?」

 まさかここで知り合いの名前が出されるとも思わず、ジュードは目を白黒させた。つまり、今日の様子がおかしいミラの行動は全てプランの入り知恵という所か。それでは今後は今日みたいなミラの姿が見れないと思うと残念なような、翻弄されすぎてペースを乱した所を振り返ると、安心したような微妙な気分にさらされてみたが。とりあえず、次にプランに会う時に根ほり葉ほり聞かれそうな予感はするが、今は感謝しか浮かばない。

「私には言わず、他の者に言っていたなど、まるで私が子供嫌いみたいだな」

「ご、ごめんミラ」


 確かに当人の知らぬ所で色々と話をされていたら、あまりいい気分ではないだろう。けれど、語るミラはどこまでも優しく、楽し気だった。

「私は君の子なら、……欲しい。一人と言わず、何人もな……」

「っ……ミラ」

 絡んだ視線に、熱が籠もる。
 重ねた口付けの甘さを感じとりながら、ジュードはいつか生まれるであろう命を愛おしく想い、ミラの腹をそっと撫であげた。










妄執をかたどる
2011.11.23


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