狭間





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 寒い。そう何度と分からぬ呟きを零しながら、ジュードは支給された毛布にくるまった。まるで貯蔵庫のような底冷えした寒さが、毛布を通り抜けてジュードの身体を包み込む。身体が震え、歯が噛み合わない。とても眠気など降りてこなかった。

 この屋敷で働き出してから、早くも二年が経とうとしたが、凍え死ぬのではないかという思いにかられたことは、何も一度や二度ではない。季節によっては毛布など必要ない時期も確かにあるが、そんな事よりも疲労感が勝っていつの間にか朝を迎えることもある。だが、生憎と今日は眠る事ができなかったのだ。仕事を終える間際に、ジュードの上司である執事のローエンから、急に面談を持ちかけられた。その際に、いつも直向に仕事をこなすジュードをねぎらって出されたのは、彼には到底買う事の出来ないような高級な茶葉の紅茶。誘惑に負けてそれを飲んでしまったのがいけなかったのか。高ぶったままの脳が眠気を遠ざけているのだと、ぼんやりとする思考の中思う。

(でも、寝坊する訳にはいかないし)

 男性使用人の中で一番下っ端であるジュードには、とにかく多用な雑用が舞い込んでくる。それは昼夜を問わない。彼の仕事は、この屋敷のどの者より早く始まる。そして、終えるのも同じように……。
 毛布にかじりつくように、ジュードは身体を丸めた。けれどやはり眠れない。悪あがきをするように寝返りを打ったとき、ふと自分の近くから声が発せられた。

「驚いた……こんな所に、ベッドがあるのか……」

「え……?」

「寒くはないのか?」

 今が真夜中だからか、潜められた声が耳に届く。それは確かに女性の声だった。慌てて起き上がったジュードは、暗闇にまぎれるように何者かがいるのに驚いた。使用人の女性は、男性と別角に住居を構えている。ジュードの居る場所が地下なら、女性使用人は屋根裏部屋に用意されていた。これは、何も珍しい事ではなく、たとえ同じ地下であろうとも、彼ら使用人に男女の接点を持ち合わせようとする屋敷は殆ど無いに等しい。
 こうして二人で会うことさえ、規則として禁止されているのに。

(なんで……)

 そう、なぜこの女性は、気軽に自分に話しかけているのだろう。
 確かに、ジュードの寝ている場所は、地下室の一角の廊下で、自分の部屋など持ち合わせていなかった。収納式の簡易ベッドと、お世辞にも寝やすいと言いがたい寝床ではあるが、ここが自分の唯一の場所なのだ。自分一人の部屋を与えられるのなど、使用人では執事であるローエンか、女中頭、そして侍女くらいだろう。
 後は二人一部屋を与えられ、下っ端のジュードは部屋もなく、この廊下の隅に衣類や私物が置かれていた。

「あ、あの……」

伸ばされた手が、ジュードの手をそっと掴む。暗闇で視界はわからない。けれど、すべやかな綺麗な手だと思った。

「つめたい……。そうだ……こっちに来れば良い」

「え……あの、ちょっと待って下さい。それはいくらなんでも……」

 目の前の人物が誰かはわからない。けれど、誰か……使用人の誰かに見つかりでもしたら、自分も相手もクビになってしまうだろう。抵抗を試みたジュードに、相手は強引に手を引き、慌てて靴を履いたジュードはその後を追うしかなかった。
 けれど、暗闇を進むその足が、階段を何段も上がっていくのが分かると、ジュードは顔を青くしていく。緊張と恐怖で竦む足、そして目の前の人物が誰なのか感じ取り、声も出せなくなっていた。


「さあ、着いたぞ」

 静かに扉を閉め終えて、そう告げた女性は、ジュードを窓辺へいざなった。
 細く欠けた月の光を借り、ゆっくり映し出された姿は、この屋敷の一人娘、ミラの姿だった。蜜色に輝く腰までの髪が浮かび上がり、そして小さく収められた顔のパーツの中で、一際神秘的な柘榴石の色をした瞳がこちらを見つめていた。

「ミラ、お嬢様……」

「あんな所で寝ている者がいたなんて、さすがに驚いたぞ」

「そ、それは僕の方です。し、し使用人の住む場所にお嬢様が入ってはいけませんよ」

 屋敷で働き始めていく月も経過したが、挨拶や頼まれ事以外でこうして話したのは初めてだった。
上ずった声が酷くみっともないが、仕方ないだろう。

「ふむ……だがな、レイアがあそこには魔物が出るというので、一度見てみようかと思って」

「え……レイア?」

 それはよく耳にする名前だった。レイアはミラの侍女であり、ジュードが学校へ通っていた時のクラスメイトで、昔はよく話す仲であった。
 けれど、それは学校での話。たとえ、以前仲が良かったとしても、この屋敷では全く関係ないように過ごしている。

「ああ、レイアが真夜中に恐ろしい魔物の声を聞いたと言っていてな」

「そ、そうですか……ですが、それは多分間違いかと……」

 恐らく……とやんわりと指摘してみたが、それは、確実に魔物の声などではなく、誰かのいびきであると予想ついていた。なにせ、廊下で寝ているジュードがその音の正体を確認しているのだから。使用人の一人のいびきが、そういう風に聞こえたのだろう。
 それを指摘すると、ミラはふっくらとした唇を尖らせて、とても残念そうな顔をしていた。
 自分の使えている方をこんなに間近で見る事は、いけないことだ。ジュードのような下級使用人は、目を合わせることすら良しとされていないのに。

「あ、あのお嬢様。僕はそろそろ戻りますので」

 仄暗い光で見える室内は、とても豪華な作りであることは確かだった。
 床を踏みしめるたびにとても柔らかな感触がする高そうな絨毯に、壁を飾る絵画、そして壁際に沿って置かれた家具に天蓋式の大きな寝具。
 どうしてここへ連れてこられたのかと首をひねりながら後退していったジュードに、ミラは首を振った。
「何を言うんだ。あんな所で寝れる訳がないだろう?」

 ジュードの言うことを一蹴してから、ミラは繋がったままの手を引いた。
 向かうは、透けて見えるほど薄い布で覆われた寝具へだ。彼女が何をしようとしているのか、徐々に見えてくると、ジュードは必死に抗おうとした。

「あ、あの……お嬢様?!!!い、いけませんよ、そんなこと」

「……どうしてだ?君だってあんなに冷え切った廊下で寝れないから、今も起きていたのだろう」

「で、ですが、僕のような使用人がお嬢様のお部屋へ入るなんて、本来許されていないんです」

 大きなベッドは二人が寝そべっても、まだ十分なスペースがあるというは分かる。けれど、このベッドに入れるのは自分のような使用人ではないのだ。

「じゃあ、私が許せばいいのだろう。君は私の使用人なのだから」

「い、いえそれは」

「……君が今、ここで寝てくれないなら……こうして部屋に入った事を、誰かに告げてしまうかもしれないぞ?」

「……え?ええええ?!」

 まるで楽しむみたいにそう告げられて、ジュードはたじろいだ。確かに、この部屋に入る時点で、いやもっと前に女性と話している時点で、明確な一線を引かなくてはいけなかったのに。そうしなかったのは、自分の責任だ。
 バレたなら、即クビなのは分かる。それは仕方ない事なのだろう。けれど、それはここだけではない。全ての屋敷で使用人として雇ってもらえない事を意味する。紹介状もなしに使用人になれるなど、一昔前ならともかく、今はありえないことなのだ。

 口をつぐんでしまったジュードに、ミラはまたもや強引に手を引き、ジュードの靴をさっさと脱がせて、その中に引き入れた。無理やり横たわせ、柔らかな布団をそっとかける。
 有無も言わさぬその勢いに、ジュードは目を白黒させるしかない。けれどそこは冷えきった身体にやさしく、暖かいのだ。そして、この部屋に入った時からずっと思っていたが、甘くていい匂いが香っていた。それは布団も同じで、そしてミラからも放たれている。
 心臓が壊れそうなくらいの早鐘を打つ。けれど、重なった疲労からようやく眠気が堕ちてくることも確かで。

「おやすみ」

 やさしく呟かれた言葉も返せないほど、ジュードはすとんと深い眠りについた。それは、翌朝危うく寝坊すてしまいそうになるくらい深い眠りで、久々に清清しい朝を迎えられたのは、やはりミラのおかげであった。それから数週間、毎日のようにミラはジュードを無理やり自室へ連れて行き、一緒のベッドで眠りに着いた。まどろむ前のほんのひと時、ミラと言葉を交わすのだが、弟が出来たようで嬉しい。と彼女は何度もジュードの頭を撫でて、そっと身を寄せて眠りについた。





 ひと月後、一人の使用人が規則を犯したとし、解雇された。
 その為、ジュードの仕事の役割は変わり、ミラと顔を合わせる事が多くなっていった。無論、人前で話をする事は適わなかったが、彼女の姿を見える事自体が自分にとっては奇跡に等しい。
 仕事が与えられ下っ端から脱出したジュードに、仕事を指導していったのは兄貴分であるアルヴィンだった。
 二人部屋の同室も同じくアルヴィンであったが、彼はその部屋に殆どいることがなく、まるで物置の為の部屋だった。
 ベッドはまるでソファのように使うのみで、寝るころになると部屋から出て行ってしまう。何度か行き先を聞いたものの、笑ってごまかされてしまうか、ジュードを子供扱いしてからかい、結局はぐらかされてしまうのがオチだった。
 それにジュードとて人の事は言えない、アルヴィンがいないことを良いことに、時折ミラの部屋へと訪れていたのだから。


 以前より近くなった距離は互いの存在を強め、それが恋へと転がり込むのはさして時間がかからなかった。
 最初は確か、興味本位の口付けから始まったのだ。
 少し離れているとはいえ、比較的歳が近い男女が考えるのは、未知への体験だった。
 親や友人にするキスではない、恋人のキスというのはどんなものだろう。
 試してみないか。何気なく言われた言葉に、ジュードは拒否する事無くそれを受け入れていた。
 やがて月日が流れ、口付けが遊びではなく睦み事の一つになると、情欲へと変化した。その頃には、もう互いの存在を離せない程、欲していたのだ。


「はっ……ん……っ」

 薄いナイトドレスを慣れた手つきで脱がせていくと、口付けを深くしながらミラの身体に熱を灯していく。
 てのひらにとても収まりきらない胸をもみしだき、優しく触れていくと、乱れた息でミラは、やわくもがいた。

「ジュ……っド……ふっ」

「ミラ……綺麗だよ」

「ああっ……っ」

 耳朶に塗りつけるようにミラを讃え、唇でその肌を緩やかに食む。弾力性のあるその肌の頂に吸い付いて舐めると、ミラは頸を反らして色情を濃くしていく。
 窓ガラスからの僅かな光が、ミラの身体を照らす。なまめかしいその肌を辿り、ぴたりと閉じられた脚を割り開いた。

「あっ……」

 僅かな抵抗を見せるその手をやんわりと受け流して、ジュードはその奥へ手を這わせた。与えられた刺激によって花弁からは雄を迎え入れるために、大量の蜜を零している。
 指に絡んだそれをすくうと、蜜は糸をひいていく。

「ふふっ……ミラ、期待してるの?」

「そ……んな……」

「ほら……凄いよ、ミラのココ」

「んんっ……」

 複数の指を突き入れて、その中をかき混ぜていけば、その中は更に蜜を蓄えていき、水音が湧きたった。
 目を伏せてその刺激に必死に耐えている姿が、いじらしい。
 既に己の熱を宿していたジュードは、一度ミラから離れて衣類を全て脱ぎ捨てると、ジュードを待ちわびてひくついている花弁に切っ先を宛がった。

「ミラ……いくよ?」

 僅かに押し上げられた瞼から、ミラはジュードを見つめて、小さく頷いた。承諾を受けてぐっとミラのナカへと押し入ると、ミラは震えながらジュードの肩に縋った。

「んぅ……はあぁ……ぁっ」

「……っ、はぁ……すご……い」


 再奥まで身を収めたのが、いささか性急すぎたか。
 包み込むミラが酷く狭く、ジュードは息を詰める。堪えるために大きく息を整えていると、虚ろな瞳でミラがこちらを見てきた。

「ジュード……」

「っ……どうしたの、ミラ?」

 赤く染まった頬に手を添えて尋ねると、ミラは震えながら口を開いた。

「……好きだ、ジュード」

「僕も……だよ」

 確かめ合うその言葉は、この部屋以外語られることの無いもの。自分達だけしか知らない想いを、この部屋に閉じ込める。

「……は、んん…っ」

 細腰を抱えてゆっくりと穿つと、その度にミラは身体を弓なりに反らしてジュードを視覚から、そして感覚からと、全てを喜ばせた。
 大きく揺れるその乳房や、魅惑的にくねる腰。そしてジュードを必死に感じ取るように包み込む膣内。
 全てが愛しくてたまらなかった。

「んっ……ん、っふ」

「ミラ……ミラ……ぁ」

「あ、っ……っ……ジュ……ド」

 容赦なく突き進む腰に、ミラはがくがくと身体を震わせる。縋る手に力がこもりミラの爪がジュードの肩に食い込んでいく。
 その痛みさえ快感に変わり、ジュードは再奥にそれを叩きつけた。

「あっ…………ぁ――!」

「……くぅ……ミ、ラっ」

 搾り取られるようなナカに慌てて己を抜き出したジュードは、上下するミラの腹に煮え滾った熱を放った。


 冷め止まぬ身体のまま、顔を近づけると、口付けはどちらからともなくされた。乱れた息を絡めて、そうして時を置かずしてまた求め合っていく。
 いつか終わってしまうとわかっているその関係は、脆いものだと分かっているにも関わらず、秘密の関係はどこまでも甘美で、彼らはそれを味わい続けた。









きみしか知りたくない
2011.11.19


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