泡にとけた背中の続き。









 久しぶりに見た仲間は、暫く会わない内に淑女と名付けて相応しいくらいの、美しい女性に変身していた。むしろ変貌と言っても良いくらいに。


 カラハ・シャールで行われる祝賀会への参加に伴い、エスコートをしてほしい。

 仲間の中でも最年少であるエリーゼから、珍しく自分宛てに届いた手紙には、確かにそう書かれていた。
 女性だけの園である学園へ何年も通っていたエリーゼには、確かに男っ気を求めるのは無理かもしれない。引っ込み思案がどこまで解消されているかは興味深いことではあったが、深く考えるでもなく、仕事の調整をしたアルヴィンは、参加の是を返した。

 エレンピオスでは貴族というお家柄、そして、諜報員として培ってきたスキル、これらは社交場で恥じないくらいの振る舞いやダンスを身に付けることができた。
 場数を踏んだこの光景に何ら緊張も感じない筈なのに。引きつった笑いしか取れない己に、アルヴィンは苦笑いを重ねた。
隣にいるのは確かに彼の知ってるエリーゼで、砕けた言葉で話しかければ、懐かしい響きで罵られた。
 けれど、その外面はどうだろう。
 痩せて小さいばかりの印象だったエリーゼは、アルヴィンが以前予想した通りの美人となった。その証拠に、彼女が道を歩けば、どんな男も振り向く程だ。

 パッチリした大きな瞳に、通った鼻筋、触れたくなるような薔薇色の形のいい唇。小さな顔の中で均等にとられた、まるでお人形のように整った顔立ちだった。そして、華奢な肩や手にすっぽりと埋まるであろう胸、折れてしまいそうな細腰を順に目で追っていた自分に叱咤し、既に不埒な想像をし始めていていた思考を無理やり追い出した。

(おいおい……よく考えて見ろよ。こいつはエリーゼだぜ。俺より一回り以上も年下だし、……それに大事な仲間だ)

 大事な仲間。そう、仲間に不埒な感情を抱いたなど。自分は変わりたいと願った筈だ。外面だけでなく内面もちゃんとした大人になりたいと。その発端を担ってくれたエリーゼの信頼を失うのが怖い。

 視線はいつしか逸らし気味になり、それを不満に思うエリーゼの態度を見ても、変わることはなかった。
 崩されたのは、エリーゼが自分から遠ざかっていく時。愛想を尽かされる事や他人を捨て去る事に慣れすぎ、感覚は麻痺していると思っていたのに。いざ、エリーゼが自分の許を離れていくのだと実感すると、胸の中を恐怖が蝕んでいく。

(駄目だ、……行くなよエリーゼ)

 エスコートを完全に放棄していた人間だの思う台詞ではないが、エリーゼの姿がすっかり見えなくなった頃、アルヴィンはようやく煌びやかな会場から抜け出した。


 会場の異様な熱気から解放されると、ヒヤリとした風が辺りを包んでいた。
張り付いたざわめきを振り払うように歩き、アルヴィンは美しいその姿を捜す。こんなとき、エリーゼの行きそうな場所はどんな所であろうか。ずっと離れて暮らしていたのだから、本来見当もつかない。

 だが、人の本能でいうなら、エリーゼは薄暗い場所や、狭苦しい場所へ足を運ぶのではないだろうか。彼女は長年、そのような場所で生活してきたのだから。


 建物を壁伝いで歩いていったアルヴィンは、そうして、ようやく探し人を見つけた。物陰に潜むようにして佇むエリーゼは、俯いてその輝きを闇に隠していた。儚いその様子に、咄嗟に囲うように抱き締めたいと思いをこらえ、いつも通りの口調で声をかけた。

「よう、お姫様。こんな所で誰かと密会か?」

「……っ!」

 音もなく突然現れたアルヴィンに、エリーゼは顔を上げて、その存在に驚いた。目の前にいるはずもない人物に、零れんばかりの翡翠色の瞳を見開いて。

「アル……ヴィン」

「エスコート役を放って出て行くなんて、とんだお姫様だな?」

 からかうようにエリーゼに話しかければ、その顔は徐々に剣呑に充ちていった。

「……何の用ですか?」

「何って、お姫様を迎えに来ただけだぜ?」

「全く必要ありませんので、一人で戻ったらどうですか?アルヴィンなら私じゃなくても、喜んでエスコートを受ける女性がいくらでもいるでしょう?」

 完全にご立腹なエリーゼに、アルヴィンは苦笑いするしかない。

「どうだろうな。みんな物珍しいだけだろ?何せ、世界を救った英雄の一人が、エレンピオスで長年行方不明だった貴族なら、運良ければ玉の輿くらいにはなれるかもしれないしな。まぁ、俺はあの家でもう除名扱いになってるだろうし、戻りたいとも思っていないが……」

 皮肉った言い方で自分を揶揄するアルヴィンにエリーゼの表情は曇る。アルヴィンがエレンピオスという国に固執した理由は最早あらず、商売で行き来するくらいのものでしかない。けれど、それとは抜きにどちらの国も大切なものである。

「さて……と、そんな事よりも、大事な場で抜け出していいのか?何のために俺がエスコート役になったんだよ?」

「……っ!も、元はと言えば、アルヴィンが悪いんです!所構わず綺麗な女の人にデレデレしちゃって。良い大人がみっともないです!」

 憤慨して言い放ったエリーゼをアルヴィンは物珍しいものを見るように眺め、一つ思い当たった物があり、口元を緩めた。

「……ああ、嫉妬か」

「なっ……!」

「そーかそーか、そういう訳か。だから他の女性達と俺が仲良くする事で、そんなに気が立ってるんだろ?悪かったってこれからは」

「ア、アルヴィンのくせに、勘違いも甚だしいです!どうしたらそんなに自意識過剰になれるのか疑問です。わたしは……先に戻りますから!」

 道を塞ぐアルヴィンを押しのけるように駆けていくエリーゼを見送り、アルヴィンは項をさすって溜め息をついた。

 真っ赤になって立ち去ったエリーゼは、口ではああ言っていたが、アルヴィンの言っていた事を肯定しているようなものだ。
一つ気付けば、突っぱねる姿さえ、愛らし く見えてしまうのは、もう、それだけエリーゼに夢中ということか。

「……ったく、可愛いやつ」

 やれやれと首を振りながら、アルヴィンはエリーゼを追うように、煌びやかな光の中へと戻って行った。







ゆるいつぼみ
2011.11.03


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -