幾つもの歳月が過ぎて、昔だったらできないことができるようになった。
指をさされて笑われなくなった。
図書館の本棚で二つ上の段までなんとか届くようになった。
昔憧れていたような大人の女性の服を着ても違和感がなくなった。
あの旅がエリーゼの全てを変えていき、そしてエリーゼもあの素晴らしい仲間達に恥じないように懸命に努力をしたものだった。
居候の身であるシャール家で、カラハ・シャールの領主、ドロッセルの手助けが出来ればと、有限な時間を惜しみなく勉学へと注ぎ込んだ。誰もが見向きもしなかった存在が、今では、道行く誰もが振り向く存在になった。
けれど、本当に自分の欲しかったものを手にするのは難しい。今だって、目の前で指をくわえて見ているようなものだから。
貴族や著名人だけを集めた催しは、名目だけは聞こえはいいが、私利私欲の見え隠れされたものに違いなかった。細かな刺繍のほどこされたドレスに身を包んで、優美な華のような出で立ちの淑女に、その華を外敵から守るエスコート役の紳士。女の子であったら一度は憧れた場も、今のエリーゼには虚しさしか感じられない。
エスコートをして欲しい。と緊張で張り裂けそうな想いをしながら出した手紙に、承諾の手紙を貰えた時には、どれだけ嬉しかったことか。
久しぶりに逢ったその姿を見て、昔と変わらずの精悍な顔付きに、思わず見入ってしまったのは仕方ないかもしれない。
――それなのに。
「アルヴィンの……バカ」
力無く呟いた先には、沢山の華達が群がっている。その中央にいるのは、エリーゼのエスコート役をするはずだったアルヴィンの姿。
自分と隣に居たときは、エリーゼの隣にいる事が余程不服なのか、苦笑いばかりしていたのに、今は華の群生に囲まれてとても楽しそうだ。
アルヴィンの容姿も女性達の心を射止めるのに十分なものであったが、エリーゼを含めアルヴィンもその名を知らぬものは、紛い者と思われるほど、浸透してきている。当事者達は口を閉じてはいるものの、源霊匣の普及を受け、世界の危機を回避した英雄達として、その行為は徐々に伝わりつつ合ったのだから。
「デレデレしちゃって……バカみたいです」
年の差からしたら妹という認識しかないのは分かっていたはずなのに、それでもどうにかアルヴィンと接点を持ちたくて、こうして呼びだしたというのに。
(でも、本当にバカなのは……わたし、です)
悔しさを押し隠すようにドレスの端を握り締めたエリーゼは、くるりと華々しい場所から背を向ける。
走り去るようにその場を逃げ出して、の可憐な華が一つ、姿を消す。
しかしエリーゼは知らない。
アルヴィンが慌てたようにエリーゼの後ろ姿を視線で追った事も。
手を伸ばそうにも、華々に妨げられていた事も。
遠ざかっていくその姿を追うこともままならず、相手の気持ちが知れない双方から、重い溜め息が落ちた。
泡にとけた背中
2011.10.31