シュウハル | ナノ
絶対に負けられないコンテストだった。
だからこそ、いつもより根を詰めて練習した。
…少々無茶をした自覚がないわけでもない。
「はぁ…やっちゃったかも」
久しぶりに風邪をひいてしまった。
身体は丈夫な方だと自負していたが、連日の無茶はさすがにこたえたらしい。
コンテストが無事に終わりほっとしたせいか、宿泊先のポケモンセンターに着いたときにはもうまっすぐ歩くこともままならなかった。頑張ってくれたポケモンたちをジョーイさんに預け、重たい体を引きずりながら自分の部屋へと向かう。
部屋に入るなり荷物を放り出し、ハルカはベッドに倒れこんだ。
「うぅ…これは熱…ありそうかも…」
体の節々が悲鳴をあげ、頭がボーッとする。視界が眩んで、寝返りすらも辛い。
お腹が空いているような気がしないでもないが、ダルさがその遥か上をいっている。
「リボンは…ゲットできたけど…」
コンテストが終わるなり体調を崩すなんて。
“そんな様子じゃコーディネーター失格だね”
…彼なら、きっとこういうだろうな。
なぜかちくりと胸が痛んだ。…きっと風邪のせいかも、うん。
揺らぐ意識の中、ハルカは彼女自身、初めての旅を思い出していた。
たった一度だけ、同じように風邪をひいたことがあった。
あの時は…サトシが私のポケモンのお世話をしてくれて…マサトは「まさかあのお姉ちゃんが熱出すなんて!」とか言ってたなぁ…でも心配してずっと側にいてくれたっけ…そうそう、タケシがお粥作ってくれて…
でも、どれだけ考えたって
今は一人だ。
一人でも、しっかりやらなきゃ。
お姉ちゃんは一人でもやれるって、マサトに言ったじゃない。
そう強がってはみるけれど。
弱っているときほど人肌恋しくなるのもで。
「…うぅぅ…」
気付けば頬を涙が濡らしていた。
ただ、辛かった。
「…だれ、かぁ」
薄れゆく意識の片隅に浮かんだのは、追いつきたくても追いつけないライバルの背中だった。
――――――――――――――――――――――
どれくらいの時が経ったのか。
「……ん…」
ハルカは、ふと目を覚ました。
「…気が付いたかい?」
声のする方に目を向けると、
「…シュ…ウ?」
隣にはライバルがいた。
ただひとつ違うのは、彼がいつもの嫌味な表情ではなく、ほっとしたような泣きそうな、なんとも複雑な表情をしていたことだ。
「…な…んで?」
「ジョーイさんに事情を説明して、部屋に入れてもらったんだ」
シュウは事情を説明しながら、手際よく何かをよそっている。
「お粥、作ってきた。食べれそうなら少し食べた方がいいね。そうでないと薬も飲めないだろう?」
食べれるかい?
突然のシュウの登場に驚きはしたものの、美味しそうなお粥の匂いに空腹を自覚したハルカは、体を起こしてお粥を受け取った。
出来たてのようで、まだ美味しそうな湯気がたっている。
「まだ熱いから、気をつけて」
「…シュウって料理できるのね」
ちょっとびっくりしたかも。
「まぁ僕はずっと一人で旅しているからね。ある程度ならできるさ。」
君の仲間には味は劣るだろうけどね。
…あ、おいしいかも。
…口癖なのはわかるけど、ここでかもはないんじゃない?
それから、シュウはいろいろ話してくれた。
預けていたポケモンを代わりに受け取ってきてくれたこと。
コンテストをたまたま見にきていたこと。
雑誌の記者たちがハルカを取材しようと探していたこと。
「あ、あと誤解されないように言っておくけど、君を着替えさせたのはジョーイさんだから安心して。」
「…ふぇ?」
そう言われて、初めて自分の服が替わっていることに気付いた。
「…あ、ほんと」
「…って、気付いてなかったのかい?」
シュウが苦笑する。
胸の奥の方が締め付けられた気がした。
誰が想像できるだろう。
昔あれほど嫌味なやつだと思っていた人が、ライバルだと認めてほしくて追いかけた人が
自分が辛いとき側にいてくれて
お粥だってタケシに負けず劣らず美味しいかも。
― 何よりその笑顔にやられそうな自分がいる。
「ふぅ…」
だから、だからね、そんなあなたのため息が怖いの。
…もしかして、呆れられたのかも。コンテスト1つで体調壊して、大切なポケモンたちもジョーイさんに預けたままで、自己管理もできないようなやつがトップコーディネーター…なんてなれる訳ないかも。それに風邪で倒れてる姿なんて、美しくもなんともないじゃない。
もし…もし、シュウにライバルとして認めてもらえなくなっちゃったら?そしたら…
そしたら、私はどうやったらシュウとつながっていられる?私がシュウとつながっていられるのは、ライバルだからなのかも。そのライバルですらなくなってしまったら
…どうなっちゃうの?
…置いてかないで。一人にしないで。追いかけさせて
「…まったく、君って人「待って…っ」
思わずシュウの袖を掴んだ。
驚いているようだが、そちらに構っている余裕はない。
「…ハルカ?どうし「置いて…かないで」
まだあなたと肩を並べるところまで私はきていない。
「こんな、私みたいなのが…ライバルだなんて…認めたくないかも…だけど、」
見捨てないで、私もっともっと強くなるから。
「…お願い、シュウを追いかけさせて…ライバルでいたいよ…1人じゃ…頑張れないかも…」
あぁどうしよう。
涙が止まらない。
こんなにもシュウに認められたい。隣にいることを許される人間でありたい。
体調のせいか、涙腺もいつもより緩んでる気がして。
…泣き顔なんてブスなだけかも。
これじゃ…嫌われちゃうよね。
「ひっく…ごめ…泣くつもりじゃ…っ…こん、な…顔、ぐちゃぐちゃ、で…美しく、もなんともないか「美しいよ」
―…え?
思わずぐしゃぐしゃの顔をあげた。
「…ポケモンたちを輝かせてあげようと一生懸命努力する姿が、美しくないわけないだろう。」
…あれ。シュウって。
こんな優しい顔で笑ってた…っけ。
「…君のことだ。恐らく日中はポケモンたちと練習して、みんなが休んでる夜にコンビネーション考えて…ここしばらくまともに休んでないんじゃないかい?」
…うそ。
「なん…で…」
なんでそんなとこまで分かるの?
「……何となく、さ。君のその根性は僕ですら見習おうと思うところがあるからね。」
シュウが、私を、見習おうとしてる?
思ってもみなかった返答に、ハルカは目を見開いた。
「だけど、もう少し君は自分自身を大切にしていい。…もしも自分に自信がなくて、そのせいで自分を犠牲にしているのであれば」
胸が締め付けられそうなほど真剣な顔で
シュウは言った。
「ハルカ、君はもっと自信を持っていい。君は十分魅力的なコーディネーターだ。…それに君のポケモンたちの魅力も十分引き出せてる。」
今の私には、十分過ぎる言葉だ。
誰に認められるよりも、シュウに認めてもらえたことが嬉しくて。
涙はもう止まらなかった。
ハルカは掴んでいたシュウの袖を、強く握り締めた。
少しためらいがちに、シュウは言った。
「…君が迷惑じゃなければ、今日は僕はここにいるから。」
容体が急変でもしたらいろいろ大変だし。
あぁ、もう。
どうして彼はこんなにも
私の欲しいものをくれるんだろう。
ライバルとしての居場所も。
側にいてくれるぬくもりも。
「…いて…ほしい…かも」
「わかった。」
そう言ってシュウは、袖を掴まれていない方の手で、ハルカの反対の手をとった。
「君がいないコンテストは張り合いがないんだ。だから早く元気になって、正々堂々戦おう。…僕のライバルだろう?」
そう言って不敵に笑うその顔が。
ハルカの心を支配していく。
やっぱり、
この人を追いかけたい。
追いつきたい。
格好良くてコーディネーターの実力もあって
そんなすごい人が、…私なんかを見てくれると思ってなかったけど
努力を、実力を、認めてくれるなら。
…せめてライバルとして、隣にいたい。
この風邪が、改めてその思いをはっきりさせてくれたから。
無茶もたまにはいいのかーなんて思っちゃったかも。
シュウが小さな声で言った。
「今日は疲れただろう。…もうおやすみ」
握られた手はそのままに、ハルカは意識を放棄した。
最後に彼か何か言いかけた気がしたのだが、あれは夢の中だったのだろうか。
ライバル同士、2人の心が少しずつ変わっていく中、
夜は更けていく。
黒胡麻様から頂きましたシュウハル小説です。
きゅ…きゅんきゅんするっ…!
ステキな作品をありがとうございました!