想いの先(前編) | ナノ



待っていることが幸せだった。

「おかえり」と「ただいま」で繋がるあたしたちでよかった。

それだけで、あの頃のあたしは満たされていたのよ。
















それはいつだったか、カントーに帰ってきたサトシが、故郷より先にハナダジムに来てくれたことがあった。

リザードンの背中に乗ってマサラタウンまで、ほんの少しの空の旅。


「なんだかデートみたいよね」


ドキドキを隠すために冗談っぽく言ったのに、


「そうだな」


ってサトシは笑ったよね。

鈍感でおこちゃまだったサトシが、とぼけもせずに笑ったあの日を、あたしは鮮明に覚えてる。


それが、前へ走り続けるサトシを想うあたしの、唯一の励みだったから―…。










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『お疲れ様〜っ!』


グラスの音が鳴り響いたあと、みんな各々と自由に動き出した。


「サトシったらほんとすごいかも!次優勝したらポケモンマスターなんでしょ?」

「ついに夢まであと一歩ってとこね!サトシならきっと大丈夫!」

「ああ!二人ともありがとう。でもこれからが本番だからな、頑張るぜ!」

「その通り、油断は大敵だからな!しかしサトシも成長したな」

「確かに、昔は僕たちを無視して自信満々に突っ込んでたもんなぁ…。ね、カスミ?」

「……へ!?そ、そうね、昔のサトシはお調子者だったものね〜!」



いけないいけない。ぼーっとするなんてあたしらしくないわ。

それに、せっかくサトシが帰ってきたんだもの。ちゃんと…笑わなくっちゃ……。




「カスミ?なんか元気ないかも」

「大丈夫?」

「え……えぇ、平気よ。二人ともありがとう」



さすが女の子、ハルカもヒカリも、人の気持ちに敏感なんだから。

でも、ごめんね。これはあたしの問題だから―…。













サトシは今、最もポケモンマスターに近い男として世間で有名になっている。

テレビで見る彼のしぐさ、声、笑顔。その全てが、だんだんとあたしの知らないものになってきた現実を突き付けられる毎日。

各地を自由に旅するみんなと違い、ジムに籠りっきりのあたしには、サトシが帰ってくる度に成長に驚いた。


でも…それは決して苦しいものではなくて、幸せなものだった。夢に近づいていくサトシの姿が、あたしの動力源だったから。

あいつの成長はあたしの成長でもあるのかな?って。

たくましく、立派になっていくサトシを見るのは幸せだった。







そんなサトシが、好き……だった。












――ちょっと、風にあたりたいな……。





賑やかな会場を、あたしはばれないようにそっと抜け出した。






















自信気な笑顔が好きだった。どんなときも前を見つめるその瞳が好きだった。あたしを呼ぶ声、ポケモンを愛する心、全部全部、大好きだった。

だけどね、あたしはそんなに強くない。

いつ会えるかもわからない、そんなサトシを待つことに、あたしは疲れてしまったのかな。





サトシの笑顔が、今はとっても苦しい―…。




















「カスミ」
















ふわっと吹いた風と共に届いた声は、とても優しかった。










「カスミ、隣いいか?」


遠慮がちに尋ねられた声に、振り返らずに頷いた。

この声の主を、あたしはよく知ってたから。



「サトシ」




頑張ってるサトシの背中を、あたしはいつも見ていたつもりだよ。

でも、ごめんね。

今は笑ってあげられないや―…。






自然と込み上げて来た涙を隠すように、あたしは顔を膝に埋めた。




本当は、たくさん話を聞きたかったの。頑張りなさいよって、背中を押してあげたかった。


――きっと、困ってるだろうな……。


意を決して顔をあげようとした時、あたしの頭にサトシが触れた。



―――………?




ポン、ポン、とあたしの頭を撫でるように。










「カスミ」



柔らかく、あたしを呼びながら―…。







想いの先(前編)

神様はどうしようもなくいじわるなのね―…





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5000hit、ボギー様リクです!
そして初の前、後編もの!続きます!

読んでくださってありがとうございました!
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