私が眠るまで眠らないでいて

防衛任務がなかった本日の予定は月見蓮女史による三輪隊恒例のスパルタ演習。これがキツイのなんのって。終わる頃には毎回三輪隊の全員がトリオン切れ寸前。俺たちの実力をきちんと見極めた上で戦いを色んな面からサポートしてくれる月見さんはこうしたギリッギリッのメニューを組むのが驚くほど上手い。

「奈良坂ぁ、今日の月見さん俺に対してやけに厳しくねぇか?」

「そうか?普通だろ。おい陽介、気を付けろ!次の奴が左上から来てるぞ」

通信越しに奈良坂に愚痴っていると左からトリオン兵を模した敵役が奈良坂の狙撃を器用に避けながら一直線に突っ込んで来ている。全部月見さんのプログラミング通りに操作されているそれとは別の奴がもう一体既に俺の目前にいた。

「こっちを相手するので手が回らねぇんだよ!秀次、アレはお前に任せた!隊長なんだから何とかしろって。俺の片脚は膝から下ががっつり削られてんだからなっと?!」

この状況では二体を相手するのはかなり怠い。しかしそんなこっちの状況は相手には一切関係ない。目の前の敵は容赦無い攻撃を仕掛けて来るので堪らず秀次にヘルプを頼むがあっちも同じ様な状況らしく到底援護は頼めそうになかった。

「そうやって無駄口叩いてるから削られたんだろ?嵐山隊の木虎はお前に片脚やられてから当真さんをやったらしいぞ。お前も見習ったらどうだ?出来なきゃそれまでだ」

「月見さーん!隊長が俺を見捨てようとしてんだけどー!」

それどころか生意気な後輩女子と比べて酷い事まで言ってくる始末。ひでぇよ。

「ほら、私語はそこまで。この章平くんの援護を無駄にしないの!」

「わかってますって!ナイス章平っ!」

章平の狙撃が敵の一体に命中し動きを鈍らせた隙にもう一体を孤月で貫く。突き出した槍が敵を貫く感覚に酔いしれる暇もなく次の相手を倒しに向う。仮想空間で次々に迫って来る敵を相手に俺達は彼女から出される課題を無我夢中でこなしていった。

「つーか前半のアレは俺だけじゃ対処のしようがなくね?!」

「あら、そうかしら?」

それでもこのスパルタのお陰もあって三輪隊がA級6位に居られるのもまた事実。歳上女性に昔から弱い秀次を筆頭に俺たちは最早彼女に頭が上がらない。

「でも後半は前回よりも動きが良くなってたわ。全員トレーニングの効果が着実に出てるわね。反省会も一通りしたし今日はこれで解散にしましょう。明日は朝八時から防衛任務だからくれぐれも遅刻はしないように……特に陽介くん」

「ははは……大丈夫ですって!つー訳で章平くぅん明日の朝は俺におはようコール頼むな!忘れんなよ?」

一瞬とても嫌そうな顔をした章平の頭を両手でグリグリ可愛がってから珍しく模擬戦もせずに真っ直ぐ家に帰った。今日は学校終わってからぶっ続けで疲れていたし早いとこ帰って休むとするか。

家での遅い夕飯は自分でレンジに入れて温め直し早々に食べ終えた。熱いシャワーで汗を流してから部屋の柔らかいベッドへと思い切りダイブして好きな音楽をかけてぼーっとしていると学校で出された課題が頭の中にチラついたが全くやる気が起こらない。こりゃあ思ってる以上に身体が疲れてるらしい。

「陽介ー!眠れないの!」

意外と早く寝付けそうだなぁ。うとうと微睡んでいたその時、突然けたたましい音を立てて部屋のドアが開けられて眠気が飛んだ。

「……お前さぁノックぐらいしろよ」

「陽介どうせ音楽聞いてたんでしょ?聞こえなかっただけじゃないの?」

絶対ノックなんてしてないだろーが。部屋に突然やって来たのは幼馴染みの苗字名前だった。近所に住む同い年の名前は相変わらず色気もへったくれもないダサいパジャマ姿だがそれでも花の女子高生には違いない。女子高生が夜こんな遅い時間に一人で男の部屋を訪ねて来たら普通の男は一体どうするのだろうか?

男なら答えは決まっている。キスして押し倒してあんな事やこんな事や口に出して言うのも憚られる様な事をする。絶対する!その相手が自分の惚れてる女なら尚更その確率は上がると思う。

しかし、その女がそういった方面に興味も無ければ経験もない。ましてや幼馴染みの男によってそういった邪な考えをもった男共を片っ端しから追い払っていた為に男女のあれこれに大した免疫のないまま育った、そんな女だったらどうだろうか?
そうなると恐らく話は変わってくるのだ。


どうやら俺の事を異性だときちんと認識していない名前は俺がまだ横になっているベッドの隣になんの気なしにぽすんと座った。本当に警戒心の欠片さえこの女は持ち合わせていない。男のベッドにそう簡単に近付くなよ阿呆。

名前はまだ風呂に入ってそう時間が経っていない様で艶のある髪の毛は水分を含んでしっとりとしている。触ってみたい、単純にそう思ったがそんな事をしたら止まらなくなりそうで名前から慌てて視線を逸らせた。

「眠れないって俺に言われてもなぁ……。あー、そうか絵本でも読んで寝かしつけてくれってそう言うことか?はいはい、いつまで経っても名前ちゃんはお子ちゃまですねー」

「そんな訳ないでしょ?!子供じゃあるまいし!」

へぇ、子供じゃねぇんだ。それなら俺にどうして欲しいんだよ?男の俺に何をして欲しいんだよ。名前はからは俺の望む答えなんて絶対に返ってくる筈もないのに頭の中はこんな考えで溢れていた。男子高校生って本当にしょうもねぇ。

「眠れないからこれを陽介と一緒に観ようと思って!ほら。DVD持って来たの!ねっ、付き合ってよ!」

隣に座った名前がDVDのパッケージを俺の目の前に突き出した。エロいヤツでも持って来たなら大歓迎だったが、そんなものじゃない事ぐらい付き合いの長さからはよーく分かっている。

「……なんだこれ?」

名前から受け取ったDVDのパッケージにはお馴染みの嵐山隊の姿があった。

「嵐山隊の三ヶ月に密着したドキュメンタリー番組なんだって!テレビで放送しなかった秘蔵映像が特典として入ってるみたいなの。近くのレンタルショップでやっと見つけて借りて来たんだけど明日までに返さないといけないからさ、陽介も一緒に見ようよ!お得な二枚組だよ!」

「へぇ。ボーダーに興味も無かった奴が急にどうしたんだよ?」

「ちょっと色々あってね」

何故か嬉しそうに笑いながらベッドから降りて勝手に人の部屋のDVDデッキを弄っている。あぁ……昨日借りたアダルトビデオをデッキから取り出しておいて本当に良かった!名前に見つかったら俺が泣くところだった。グッジョブ俺。

「あれ?リモコンがない。もう陽介、何処にしまったの?」

「あー!その辺は借り物や壊れものが置いてあんだからあんまり触んなよ?」

ちょっと待った。その辺にはボーダーの先輩方から拝んで借りた大切なアダルトビデオが置いてあんだよ!頼むから名前、その隣の棚には指一本だって触れんなよ?!

しかし、余り焦った口調で言うのも何か隠しているとバレてしまう。俺の性癖がもろに反映されてるそのAVを見られたら幾ら名前でもドン引くだろう。男として少しだけ意識はして欲しいが今引かれて俺の側から離れられるのは少々不味い。高校には唯でさえヤりたい盛りの男共が沢山いるから仲の良い兄の様な幼馴染みとしてなるべくこいつを近くで監視しないと気が気ではなかった。

「あっ!ねぇ陽介のベッドの下に落ちてるやつ!それってリモコンじゃない?」

「待った!俺が拾うって。だから名前はもうそこで大人しく座ってろ!」

実はベッドの下にも男の子の秘密が沢山詰まっている!覗かれたら大変なので慌ててリモコンをベッドの下から拾って再生ボタンを押すと直ぐに番組が始まった。

「嵐山隊って顔面偏差値がみんな軒並み高くない?それにさ全員に違った格好良さがあるよね!まぁなんと言ってもやっぱり隊長の嵐山さんが特に格好良いってクラスの女子みんな騒いでるけど」

「嵐山さんなぁ。確かにあの人はすげーな」

頭良し、顔良し、オマケに性格も良し。全部満点。同性の男から見ても完璧に見える嵐山隊長は色恋にあまり興味のない名前から見ても相当格好よく見えるのだろう。

「わー、トリガー起動してるとあんなに高く跳べるんだ!すごーい!ネイバーの怪物をあんなに沢山相手にしてるのに四人であっという間にやっつけちゃった!みんな強いね!ねぇ、すごいね陽介?!」

「そーだな」

嵐山さんや佐鳥、時枝に木虎が俺の部屋のテレビでトリオン兵数匹を相手に大立ち回りしている。相変わらず優等生的な戦い方は常に成功法だから安心して見ていられた。オマケに確かに全員顔が整っているだけあって画面には華がある。あ、佐鳥は別として。

もしもこれがあの太刀川隊だったりしたらもっと面白い映像が撮れてるだろうに。あの隊ならテレビの企画の意図は丸っと無視して滅茶苦茶やらかしそうだ。特に太刀川さん辺りが。しかし、そうするともれなくあの弾バカまでメディアデビューするってことか?そしたら必然的に女子達にワーキャー言われる様になって、あのいやーな笑顔でモテ期到来!なんて言って高笑いするんだろう……。それは腹立つな。俺が面白くないのでその想像はすぐに止めた。

「おっ綾辻さんが出て来た!待ってましたー!」

画面に現れた綾辻さんに居住まいを正す。悪いが戦う嵐山さん達を見ているより綾辻さんを見ていた方が俺としては何倍も目の保養になる。

「本当だ!オペレーターの綾辻さんも男子から凄い人気あるよね?学校にあるファンクラブに教師まで入ってるって噂聞いたよ!陽介は直接綾辻さん見たことあるんだよね?話した事もあるんでしょう?実際の綾辻さんてどんな感じの人?!」

「まーな!直接綾辻さんに会えるってのは本部隊員の特権のひとつだし?綾辻さんはなテレビのまんまだぜ。誰にでもすっげぇ優しいし笑った顔なんて天使だな、あれは」

「へぇー!!いいなぁ!私も生で見てみたーい!」

「………」

今のはちょっと面白く無さそうにふーん、とか言っていつも近くにいる幼馴染みに嫉妬フラグを立てるところだろーが!?何で普通に答えてんだよ。

「ねぇ陽介。嵐山さんてきっと家族思いなんだね!インタビューでさっきから兄弟の事ばっかり話してるよ。誰に対しても誠実そうだし、こんな男の人も現実に本当にいるんだねー!」

番組はいつの間にか嵐山さんの単独インタビューに切り替わっていた。兄弟や親の話をしている嵐山さんは本当にそれはもう爽やかな笑顔だ。あーそういや嵐山さん双子の弟と妹がいるんだったか?前に佐鳥がかなり溺愛してるって言ってたな……。まぁ今更名前にこの人が実は相当ブラコン、シスコンを拗らせてるって言ったところで嵐山さんに対する評価は変わらないんだろう。

隣を盗み見るとまだテレビの中の嵐山さんだけを真っ直ぐ見つめる名前がいた。柔らかそうな頬がほんのり紅く色付いていて、その様はまるで恋をしている女の顔に見えてちょっとだけ焦ったが幼馴染みに徹する俺は何も言えない。

なぁ、お前の隣にいる幼馴染みもボーダー隊員として日夜頑張ってますよー。テレビに出てないだけで任務も訓練もしてるし、模擬戦なんて暇さえあれば毎日誰かしら誘ってやってんだぜ?まぁ名前にはそんなの見せようがないけど。

あんまり名前が嵐山さんばかり褒めるものだから俺は嵐山隊のDVDを見るのがちっとも面白く無くなった。もうそろそろさぁ、テレビじゃなくてこっちを向けよ。後ろからその細身の肩へとそろそろと手を伸ばす。あとほんの少しで名前に触れられる。触れたら俺たちの関係は何か変わるのだろうか?

「………」

「あっ一枚目のDVDこれで終わりみたいだね!さぁ次を見よう!」

普通、ここまできたら触れられる……と思うじゃん?しかし、名前はそんな事には全く気付かずに元気良くベッドから飛び降りてしまった。余程続きが楽しみなのか二枚目にディスクを袋から取り出してデッキに入っていた奴を取り替えている。あと少しで名前の肩を抱き寄せられたのに宙に不自然に浮いた右手で仕方なく自分の頭をぽりぽりと掻いた。やっぱ上手くいかねーな。

「……まだこの続き見るのかよ」

「当たり前でしょー?」

見慣れたボーダー本部のラウンジを映している映像にちょっと退屈になってきたのでベッドに座っている名前とは反対側にそのままゴロンと横になった。隣には惚れた女がいるのに。触りたいたいのに触れないし、その女は横で嵐山隊の勇姿を食い入る様に見つめていてこっちを気にもしない。

「……眠ぃ」

ふて寝のつもりで横になった途端に眠気が襲ってきた。嵐山さんの声はかろうじて聞こえているが瞼が重くなってきてテレビの画面がぼやけて見える。



「あっ!ほら陽介これ見て!って……陽介?え?寝ちゃったの?ウソでしょ?!」

「……」

残念ながら嘘じゃない。はっきり言ってマジで爆睡する数秒前。意識はあるが声を出す程の気力はないし目をぱっちり開けられる力も残っていない。でも不思議と耳は自然に名前の声を拾っている。

「折角これ借りてきたのに肝心な場面は見ずに寝ちゃうなんて陽介は本当にタイミング悪いよね?!バーカ!バーカ!」

馬鹿とは何事だ。しかしきつめの口調とは裏腹にその柔らかい手は髪の毛を優しく撫でてくる。それがとても心地良かったので動く気には全くならなかった。

「ねぇ、本当に寝てるの?やっぱり任務とかで疲れてるのかな……」

今度は頬を指でつんつんと突かれたが、生憎そんなものじゃあ目は覚めない。どうせならキスのひとつでもしてくれたら飛び起きるのに。

「……陽介は凄いよね。私さ、恥ずかしいから言わないだけで陽介が学校終わった後にボーダーで毎日頑張ってるの知ってるんだよ。それに結構、尊敬もしてる。でもさ、ボーダーで陽介がどんな事してるのか私じゃよく分からないから友達に聞いてこのDVD借りてきたの。これで少しボーダー隊員の仕事が分かるかなぁって思ってね」

名前からこんな風に言われたのは本当に初めてで少しだけ擽ったい感じがした。俺がボーダーに入隊してもあんまり詳しく聞いて来ないからさして興味もないと思ってたのに。

「そうしたらね、このDVDの特典映像に本当に一瞬だけ陽介が戦ってるモニターが映ってたんだよ!小さかったけどすぐに陽介だって分かって思わず一時停止して何回も見ちゃった。嵐山隊の人達が仕事してる場面を見ながら陽介もこんな風に頑張ってるのかなぁって想像したら私まで何だかとっても誇らしい気分になって嬉しかった」

「………」

それじゃあ、何か。さっきあんなに真剣に嵐山さんを見てたのは俺を想ってってことか?笑わせんなよ。そういう事は早く言えよなバカ名前。はっきり言って今の名前の言葉にすっかり眠気は覚めていたのだが、未だに髪を撫でる手があんまりにも気持ちが良くてそのまま狸寝入りを決め込んだ。

「それにしても気持ち良さそうに寝ちゃってさぁ……。ボーダーのお仕事で疲れてるにしたって普通女の子を部屋に入れてそのまま寝ちゃう?!どーせ私を妹みたいに思ってるからそんな事が出来るんでしょ?部屋に居るのが綾辻さんだったら眠ったりなんて絶対しない癖に!」

なーんだ。本当は気にしてたのかよ。綾辻さんにヤキモチまで妬いてくれてたなんて思わなくて思わずニヤついた。

「私は陽介の妹になりたいんじゃないのに。少しぐらいドキドキしてくれたってさ。もうそろそろ恋愛対象に入れて欲しいんだけどなぁ」

はぁ?!マジかよ。それなら今、寝惚けた振りして名前をぎゅーっと抱き締めても怒られないかもなぁーなんて思っていると頬に手を添えられて上を向かされた。こ、これって……。

目を閉じていても部屋の電気の光が瞼を通して薄っすら見える。それからベッドへ寝ている俺を覗き込むようにして名前が近付いてくる気配がする。

「………っ」

「あーあ。本当なら私が先にうたた寝でもして、慌てふためく陽介を観察しようと思ってたのになぁ。先越されちゃった」

このシチュエーションはまさかキス?!もしかして俺、名前にキスされんのか?!この状況をもっとつぶさに確認したいけれど今俺が目を開けたりしたら突然やって来た千載一遇のチャンスを逃しそうな気がして息をこっそり止めて何とか気配だけで様子を伺った。あー。リップクリーム塗っときゃ良かったな。

「…うん…よしっ、これで先に寝たことは許してあげるね。私が眠る前に寝た罰だよ!次はこれだけじゃ済まないから覚悟しといてね!」

女の子特有の唇の柔らかい感触に胸を躍らせていた俺だったが、期待していた柔らかい感触は唇にも頬にも遂にはやって来なかった。あったのはヘアバンドであげたままだった額にキュッキュッと皮膚を引っ張られる妙な感覚。

「それじゃあ、おやすみなさい陽介。お仕事お疲れ様。今度は私が眠るまで眠らないでいてよね?」

来た時よりも静かにバタンとドアが閉まったのを薄眼で確認すると俺は慌てて部屋の窓ガラスに顔を映した。そして額に青い色のペンで『槍』と書いてあるのを見つけるとベッドにそのままうつ伏せに倒れ込んだ。

「そこは『好き』とか書いとけよ大バカ名前!期待したじゃねーかよ!」

思わずヘアバンドを取って頭を掻きむしった。

……まぁ今日の所はこれでいいか。今後のお楽しみにしておこう。名前が俺の部屋で寝たふりなんかした日には俺がやられた程度の悪戯で済ます気なんて更々ない。仲の良い幼馴染み、妹扱いどっちももう今日限りで全部止めてやる。

「そっちこそ、覚悟してから俺の部屋に来いよな」

あいつはきっと俺が起きてたなんて思いも寄らない筈。今頃は家に着いてどうせ呑気な顔して寛いでいるであろう名前を思い浮かべて独り言の様に呟いた。

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