「私の記憶が改竄されている?」
少女は不思議そうに首を傾げた。束ねられていない髪が動きに伴って揺れ、重力に従い垂れた。
「知ってるわ。私の記憶をいじった時のマリスの記憶を見たもの」
「なっ、」
至極当然のことのように語る少女に、尋問に当たっていた男は絶句した。記憶が書き換えられている、自分自身の生きてきた人生に他者の手を加えられていると知ってなお、なぜこうも平然としていられるのか。
「マリスが私のために用意してくれた
記憶、それ以外に何が必要だというの」
人間として生きることを放棄したかのような、どこか焦点の合わない瞳。表情も抑揚も乏しいままにどこか熱を孕んで語られる言葉は、得体の知れない恐怖を与える。男が無意識に少女から後ずさったのと同じ頃、部屋の外が騒がしくなった。
「どうした!」
「侵入者です!」
廊下に向かい叫ぶ男への返答が届くか届かないかのうちに。
「マリス!」
少女はドアの隙間に滑り込むようにして外へ飛び出していた。
「おいで、ナマエ」
「マリス!」
当然のように差し伸べられた手に、ナマエは花が開くようにぱっと表情を明るくした。先ほどまでの人形のように凍てついた表情が嘘のように、無邪気な信頼を浮かべて青年を見つめている。
「ナマエ!ナマエは行くのか?!」
「総士は来ないの?どうして?」
「……どうして、って、ナマエこそどうしてそんなに、マリスを」
「だってそれが、私の全てだもの。マリスが私を
上手く使ってくれれば、私はそれでいいの。ねえ、いいでしょうマリス?」
「いいよ。たくさん
利用してあげる。ナマエ」
指を絡めて幸せそうに微笑む少女に、青年は笑い返す。マリスが空いた片手で頭を撫でてやると、ナマエはしなだれかかるように頭を寄せた。
「降伏したい時は僕を呼んで」
「またね、総士」
『次は連れて帰るよ』
音声ではない言葉で語りかけられ、総士は表情を歪めた。恐らく他の人間には聞こえていないだろうその声が、いつまでも耳に残っている気がした。
20201004up