いたい

※ちょっとグロ注意




「いたいねえ、マリスは」

子供特有の幼く舌足らずで、加減を知らない甲高い声。声の主は無邪気にくるくると、マリスの回りを踊るように歩みながら言葉を続ける。

「痛い、いたい。マリスはいたいをいっぱい持ってる。いいなあ、マリス。いっぱい痛くていいなあ!」
「うるさいよ、ナマエ」

さすがに眉をひそめマリスが注意するも、ナマエは耳を貸す様子はない。
金色の髪に金色の瞳の幼い少女は、黒いワンピースの裾を翻しながらはしゃいでいる。マレスペロと並んだら兄妹にしか見えない、揃いの色彩を持つナマエは、人間を元にしていない純然たるフェストゥムだ。
感情を得たフェストゥムの多くが『痛み』を恐れたのに対し、彼女は痛みを避けようとしなかった。それどころか、もっともっとと欲しがることをやめようとしない。

「ねえマリス、ナマエも『いたい』がほしいよ」
「マレスペロに頼みなよ」

一応保護者なんだし、と適当にあしらおうとして、そういえばその保護者はどこにいるのだろうと思い返す。本体は大気圏外だが、この間ヒトの体を作っていたから艦の中にはいるはずだ。

「マレスペロはケイオスとお話中だよ。マリスなかまはずれだね!」

あはは、と楽しそうな笑い声がいちいち耳障りで、マリスは踵を返し自室へ戻ろうとした。どちらもいないのなら、わざわざ外に出ている必要もない。ナマエの相手をする気にもならなかった。

「まってよマリス!」

足早に歩くマリスの後ろを、ぱたぱたとナマエが走って追いかける。歩幅の違いから、ナマエが懸命に走っても距離はなかなか縮まらない。

「ついて来るな」

足を止めないまま吐き捨てても、ナマエはなおもマリスを追い続ける。

「ずるいよマリス、痛いのひとりじめするなんて。ナマエもほしい!」
「僕は痛みなんて、!」

痛みなんてない、ナマエが欲しがるような痛みなど持っていない、と返そうとして、マリスは途中で口をつぐみ足を止めた。

「あるよ。うそつきだね、マリス」

後ろを駆けてきていたはずのナマエが、転移してマリスの目の前に立っていた。グレゴリ型と呼ばれていたフェストゥム、マリスが幼い頃、長い旅路の中で遭遇した亡霊の姿によく似た、うつろな瞳で。端の見えない薄暗い廊下の中で、金色の少女のほのかな光があやしく揺らめく。

「マリスは痛い。
そうしに、いやだって言われたから。
みわに、ちがうって言われたから。
レガートとセレノアに、こどもを返してあげられなかったから。
にんげんを裏切ったから。
にんげんじゃなくなったから。
痛い、痛いねマリス!」

マリスの記憶を暴いて晒すようなことを、嬉々として並べ立てるナマエに、マリスは表情を無くした。小さな体で両手を広げて、マリスを見上げながらナマエはなおもまくし立てる。

「いいなあマリスは!痛いね、いたいねえ!ナマエも『痛い』がほしいよ、いっぱい、いっぱいいたいマリスみたいに!」
「……そんなに欲しければ、痛みをくれてやる」

怒りすら超えて感情を失った、氷点下の声。はしゃぎわめくナマエの喉元を掴むと、マリスは握る手に力を込めた。ぐ、と何かが潰れたような音。

「っ、か、ぁは、!」

首を絞められたまま持ち上げられ、マリスの手で宙吊りにされたような状態で、ナマエは輝くばかりの満面の笑みを浮かべた。音声こそ出せないものの、待ちに待った痛みを与えられたことへの歓喜が吐息に滲んでいた。

「……」

言葉もなく、マリスは更に手に力を込める。ごき、と鈍い音。ナマエの首はあらぬ方向に曲がり、瞳は恍惚の色を宿したまま焦点を失っていた。

「っ、」

ナマエの首から手を離すと、軽い音を立てて少女の体は地に落ちた。手の中に残る嫌な感触を振り払うように手を振るマリスを嘲笑うかのごとく、ナマエの体がびくびくと震えた。

『あははははは!!!!!痛いねえ!!!』

うつ伏せた少女の体の、背中がぱっくりと割れて、そこから口が生えた。分厚い唇に、びっしりと生えそろった歯を蠢かせて、背中の口は声を響かせる。

『痛いよ、マリス。痛いよ』

うっとりと陶酔の響きを帯びて、痛い痛いと連呼する声。フェストゥムの、心に直接語りかける声は、耳を塞いだところで遮れるものではなく、マリスは心を閉じて目を伏せた。

『やっぱりマリスは痛いね。もっと、もっと痛くなってよマリス。それでまた、ナマエにいたいをちょうだい!』

20201013up
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