02/24 ( 14:23 )



ふと、鼻についた匂いに顔をあげれば。
視界の中に揺れる薄紅を見つける。
はて、あれはこんなにも匂うものであったかと首を傾げれば、遠く自分を呼ばう声に気付く。
声の主を探して視線を彷徨わせれば、おーいと手を振る翠を見つける。

「外はいい天気だ。久々に散歩でもしないか?」

さほど大きな声ではなかっただろうが、辺りが驚くほど静かで。
小さく了承の旨を呟いた私の声も、彼には届いたようだ。
それこそ、陽のような笑みを浮かべて大きく頷いた。


外に出れば、先程嗅いだ匂いが一層強くなった気がする。
なんの匂いだろうか?甘いような、暖かいような。
うまく言葉にできないが、言葉にするのももったいないような気もする。

「さっきからなにを考えてるんだい?」

覗き込むように、隣りを歩く雛…士元が首を傾げる。
光の具合なのか、その顔は随分と幼く見える。

「な、いきなり笑うことはないだろう?」

笑っていたのか。
無意識とは恐ろしいもので、口を尖らせて士元は肩を竦める。

「まったく…どうせ悪戯のこととか、そんなことだろ?」

悪戯か。つい最近も眠る龍に仕掛けてえらい目にあったことを思い出す。
主犯は私であったのに、どうしてか叱られたのは士元であった。
彼もそのことを思い出したのか、苦い顔で舌を出す。

「孔明も冗談が通じないよな。たかが顔に落書きしたくらいであんな…思い出しただけで寒気がする…」

まぁ、言ってしまえば日頃の行いの差ではないかと。
笑いながら言えば、士元は拗ねたように、君に言われたくないと小さな声で呟いた。
その会話からしばらく、二人してなにを話すでもなく道を歩いていた。
暖かな陽気。見上げた空は抜けるような蒼。

「春が来たね」

まどろむような声で士元は言った。
そうか、この匂いは春の。


「おい、起きろ!」

声と共に揺すられ、私は目を開く。
眼前に現われた厳つい顔は、私の目覚めを知ると少し、緩む。
小さな息を吐くと私から離れていく。

「…うなされてたぞ」

ぽつり、と告げられた言葉に私は首を傾げる。
心当たりが、ない。思わず側でため息をつく横顔を見やる。

「あんたがわからねぇのに、俺がわかるもんかよ」

それもそうか、と納得してふと顔を上げれば。

「あぁ」
「あん?どうした?」

私の言葉に身を乗り出した彼に、答える。
はらり、はらりと降る薄紅を指して。

「春が、来たな」



.



09/26 ( 01:34 )



※前回の続き



音もなく塊は崩れ、地に山と降り積もる。
私は無言で懐から常と同じように花びらを取り出し、空へ放つ。
ゆらゆらと舞って落ちた花が地に落ちたと同時に、吹いた風がそれらをまとめてさらっていく。
後に残ったのは焼けた地面だけだった。

「お、終わったか?」
「この馬鹿者が!」

剣を鞘に収めるより早く、私はホウ統に先程叫び損ねた罵倒を浴びせる。
まるで猫のようにひょろ長い身体を震わせ、彼はよろよろと地面に腰を落とす。

「なぜ怒る?」
「怒るに決まっていようが!なんだ、今さら己の行いに驚いて腰が抜けたか?」
「う、うるさい!これは、あれだ…お主が馬鹿でかい声で叫ぶからじゃ!」

嘘つけ。ぴしゃりと言い渡せば雛は囀るのを止めて押し黙る。


『頼んだぞ』


かき消された先程の言の葉。そこに込められた信頼に腹がたつ。
阿呆が。怖くてたまらないくせに。腰が抜けて立てもしない雛が、強がりを見せて。

「お主が」
「ん?」

剣を鞘に戻す私にかけられた小さな声に視線を向ければ。
どこか居心地が悪そうな雛の顔が見える。

「危ない、と思ったら叫んでいた。べ、別に…お主の力を信じとらんわけじゃないが…」

もごもごと、まるで悪戯をした子供の言い訳のような。
拗ねるホウ統の頭に、私はそっと手を乗せる。

「お前さんに助けられたということかの」

よしよし、とそのまま撫でてやれば始めこそ満更でもない顔で受けていたが。

「…お主、わしをなんだと思っておる!」

だんだんと恥ずかしくなってきたのか、赤ら顔で言って私の手を撥ね除ける。
だが、立てるまでには回復していないようで、地面に座り込んだまま鳴き続けたのだった。



■■■
前回妙な切れ方をしてすいません…。
手違いで、全部打ち終わった時に500字から先がごっそり消えまして。
たまたまプレビューで見てたから助かった…。
ログを取っていない一発打ちで、復元が難しかったのでそのままあげました。

集中してたのか、自分が打ち込んだ言葉が思い出せず…あのまま消えてたら書ききれなかった…。

ちと戦闘シーンが書きたかったのでやりましたが、普通に小話であげればよかったですね…。

庶っちの日話…にリンクさせるつもりがすっかり忘れてました(^p^)
にしても…見ようによってはこれ落雷連環に見える…なぁとか…。

庶っちはカッコ可愛いクマー(マテ)




09/26 ( 01:02 )



※1個前のから続いてます/血表現有



背後の雛に向かい、木の影に潜むよう指示を出して私は駆ける。
手にした刃が月明りを受けて閃く。薄紅の光。
それを見た眼前の影が高く吠える。月夜に獣が昂ぶるのと同じで、これもひどく猛っているのを肌で感じる。

(気を抜けば持っていかれる、な)

振り下ろされた腕を掻い潜り、がら空の胴を凪ぐ。
だが、厚い筋肉に守られたそれはまるで鋼のようだ。
固い感触が刃から伝わり、私の手に軽い痺れをもたらす。
この退魔の剣でなければ、今の一太刀で折れていた。

「やれやれ、厄介な…」

呟いて、私は懐から呪力が込められた黄色い札を取り出す。
仕事でもないのに、これを使うのはただの無駄遣いというやつだが、眼前で咆哮する獣相手に出し惜しみできる状況ではない。
素早く指先の薄皮を噛み、滑り落ちる血で札に呪を書く。
血の匂いに、獣は牙を剥いて真っ直ぐに突進してくる。
強い酒に酔うように、力ある者の血を欲し、酔っているのだ。
血走った目が、よいしょと身を翻して突進を交わす私の姿を追う。
これで雛からは完全に目が逸れた。
…はずだったが。

「元直!」

このホウ統という男は。怯えて震えていたというのに。
己の置かれた状況が理解できていない。否、そんなはずはない。ないと思うが。

「お前はわしが食いたくて出て来たのだろう!わしはここだ!」

その翠の羽根を広げて、獣の意識を自分に向けようと声を上げる。
月明りに照らされた彼の姿は、噂通り美しい鳳凰。その雛鳥の名に恥じぬ力に溢れていた。
獲物を再認識した獣が、唸りを上げて私からホウ統へと方向を変える。
喉から出かけた罵倒をどうにか飲み込み、血文字を描いた札を剣で貫く。
己に向かい走る獣を真っ直ぐ見据え、ホウ統は動かない。
そして、私を見た。

「…」

声は獣の咆哮と重なり鼓膜をうつことはない。が、言の葉は確かに届いた。
ぼうっと札が碧く燃え上がる。それはさながら月明りの如く冷めた炎で。
私は進路を変えず向かう獣目掛けてそれを投げる。
闇夜を裂く剣は炎を纏い、矢のように飛翔して獣の背に深く突き刺さる。
そして、瞬く間に炎に包まれたそれは悲鳴のような叫びを残してどっと、地面に崩れ落ちた。
そっと近付き、焼けた黒い塊に刺さった剣を引き抜けば。
音もなく塊は崩れ、



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