冬の一片
※付き合ってる沖永。



赤く色づいていた葉が落ちて、どこか殺風景になってしまった町を歩きながら白い息を吐く。遠くに見える山も頭上の空も鮮やかさに欠けていて、それがこの寒さに拍車をかけているような気がした。上着のポケットに手を突っ込み、俺は人気のない道を急いだ。

「永井!」

待ち合わせをしていた公園に辿り着くなり、声を掛けられる。吹き付ける風に思わず下げていた顔を上げれば、そこには一日ぶりに目にする先輩の姿があった。

「沖田さん!待たせてすみません」
「いや、今さっき来たとこだよ。……外泊届け、ちゃんと出してきたか?」

昨夜、苦手な上官に緊張しながら書類を提出した場面を思い返しながら頷く。沖田さんは満足げに笑って、ならよかった、と俺の頭をぽんぽんと叩いた。以前は子ども扱いされているのかとムッとしたりもしたのだが、今では気にしていない。……それどころか、心地よさすらある。自然に緩んだ頬のまま、沖田さんを見上げた。

「出してなかったら、そもそもここに来れませんよ」
「まぁ、そりゃそうか」

笑いながら、沖田さんは徐に手を差し出してくる。きょとんとしていると、ポケットに突っ込んだままだった手をぐいと引っ張り出されて。

「うわっ冷た!」
「ははは、永井の手は温かいなー。子ども体温ってやつか?」

氷かと思うくらいにヒンヤリしている手に握られて、俺は思わず叫んだ。いくら体温が高いからって冷たいものは冷たいし、寒い。冷たさに騒ぎながら抵抗を試みてみたものの、こんなに冷えているのは自分を待っていたせいだろうかと、そう思い至ってしまうと、結局手は振り払えず。沖田さんの手のひらが体温を取り戻すまでそのままでいることにした。待ち合わせ時間に遅れたわけではないけれど、次からはもっと早くに来ようと心に決めて。

「あー、温まった」
「俺で暖をとらないで下さいよ……」

暫くして離れていく手に名残惜しさを感じながらも、気恥ずかしさから思ってもないことが口から零れた。こうして休日に家に泊まりにいくような関係になって数ヶ月が経っても、未だに自分から恋人らしい振る舞いをするのは慣れない。一年の大半を過ごすことになる駐屯地内で、ただの先輩後輩として振る舞っているからだろうか。

「悪い悪い、じゃあ行くか。……っと、先に買い物しないと食い物ないんだけど、何が食べたい?」

すっからかんの冷蔵庫とインスタント食品しかない棚を思い浮かべつつ、脳内に浮かんできた食べ物を素直にリクエストする。

「肉食いたいです」
「永井は食い物に関しては遠慮ないよなぁ……じゃあ今晩はすき焼きにでもするか」
「まじっすか!ありがとうございます!」
「何か餌付けしてる気分だな」
「俺は犬じゃないですよ!」

思わず歓喜すると、沖田さんがそう言ってわしゃわしゃと頭を撫でてきた。一応否定してみたものの、その言葉は結構当たっているというか、もしも尻尾があればブンブンと振り回しているに違いない。
他愛ないやり取りを繰り返しつつ、俺たちは近所にあるスーパーへ向かった。
このスーパーは、沖田さんの住むアパートからは歩いて数分という近さだ。よくあるチェーン店に比べれば規模は大分小さいけれど、新鮮な野菜や魚が揃っているので沖田さんはよく買い物に来るのだという。……そのわりには、家にインスタント食品ばかり置いてある気がするのだけど。

「肉と、ネギと……」

中に入るなり、どこに何があるのか把握しているのか沖田さんは買い物かごを片手に迷いなく食材を探してはかごに入れていく。実家暮らしからの寮生活で滅多にスーパーに来ることもない俺は、沖田さんの後をただ着いていくしかなく、自然とその一挙一動へ目が行ってしまう。こっちの野菜は新しいとか、これは安いだとか、色々と吟味して買い物をする沖田さんは、訓練中とは違って生活感に溢れている。そんな沖田さんにも、どこか格好よさを感じてしまうのは惚れた贔屓目だろうか。

「永井、どうした?」

そんな風に考えていると、真剣に野菜を見比べていた沖田さんが不意に振り向く。

「えっ、な、何でもないです!」
「そうか? 何かぼーっとしてたみたいだけど……あぁ、よっぽど腹減ってるんだな?」

慌てて首を横に振った直後にタイミングよく腹が鳴った。恥ずかしさに顔が赤くなったが、今さっきまで考えていたことに比べると恥ずかしくないのでコクコクと頷く。

「それじゃ、早く帰らなきゃな」
「は、い!」

それから、すき焼きの食材を買い揃えてアパートに着いた頃にはすっかり日が傾いていた。
相変わらずの整然とした、男の部屋らしからぬ部屋に入る瞬間は、今でもわずかに緊張する。それを見抜いてか、自分の家みたいに寛いでていいから、とソファへ手招きされ、俺は大人しくそれに従った。ちょこんと隅っこに座ったのが可笑しかったのか、沖田さんが笑う。

「借りてきた猫……いや、犬か?」
「猫でも犬でもないです……!」
「はははっ、まぁ大人しく座ってろよ。今すき焼き作ってやるから」
「あ、手伝います!」

じっとしているよりは何かしている方が落ち着く。手伝いを申し出て、俺はホットプレートを棚から取り出したり、皿を並べたりした。沖田さんはというと手際よく具材を切って、ぱぱっと下準備を済ませてしまった。

「よし、後は煮えるの待つだけだな」
「待ってるときが一番腹減ってきます……」

すでに具材と割下を入れたホットプレートを前にしていると、元から空いていた腹が更に空いてくる。確かになぁと頷く沖田さんと共にそわそわしながら待ってどれぐらい経ったのか。いつしかグツグツといい具合に煮えてきたすき焼きに、沖田さんからゴーサインが出た。

「じゃあ、いただきます!」
「あぁ、野菜もちゃんと食えよー」
「了!」

そう返答しつつも、真っ先に肉へと箸が伸びた。掴んだそれをお椀の中の生卵に浸けてから口に運び、もぐもぐと味わう。

「美味しい?」
「すごく、美味いです!」

慌てて飲み込んで返事をした。久しぶりに食べるすき焼きは本当に美味しかった。何より、沖田さんと一緒にいるから余計に。……というのは、心の中だけに留めておいた。次から次に具材をお椀に盛られて、タイミングを失ったからだ。

「そうか、それなら良かった。ほら、もっと食べろって。育ち盛りなんだし」
「成長期はもう終わってます!」

にこにこ笑いながら言われて反論するも、箸は進み。二人だけの賑やかな夕食は、あっという間に過ぎていった。

「ご馳走さまでした!」

手を合わせて食事を終了すると、満腹感が押し寄せてくる。のんびりとした後片付けを済ませてソファに座る頃には、テレビから明日の天気予報が流れ始めていた。明日は、雲ひとつない晴天だ。

「明日は、どこか出掛けたいとこあるか?」

隣に座った沖田さんが、それを眺めて言った。職業柄、滅多に纏まった休みが取れないのだか、今回は珍しく二人して二連休を取れたのだ。いつも通り部屋で過ごしていては少し勿体ない。俺はうーんと唸って、よくある観光地やらを想像した。しかし、どれもピンと来なかった。いざ休みが取れるとなると、どこに行こうか思い浮かばないものだ。それに。

「沖田さんとなら、どこでも楽しいです。いつもみたく家で過ごすだけってのも、その……好きだし」
「永井……」

こちらを振り向いた沖田さんが、俺もだよ、と嬉しそうに微笑む。何だかいい雰囲気が流れ出した、のだが。

「あっ、ちょ、なに服に手ぇ突っ込んできてるんですか!?」

それは一瞬にして崩れてしまう。沖田さんが俺の服に手を突っ込んで、さわさわと厭らしい手つきで素肌を撫で始めたお陰で。

「いや、こういう流れかなって」
「雰囲気ぶち壊しっすよ……」

そこはこう、抱き締めるだとかキスだとか、先にするべきことがあるだろ。全部ドラマとかのイメージだけど。
最早今更だが、人当たりもよく温厚で部下からの信頼も厚い沖田さんが今いちモテない理由を垣間見てしまった気がする。
諸々をすっ飛ばした憧れの先輩にため息を吐いて、それでも手を振り払えないのは、こういうところも引っくるめてこの人が好きだからだろう。

「沖田さん、明日、出掛けるのはやめましょう」

それはつまり、そういうことだ。お預けを食らった犬のようだった沖田さんがぱっと顔を上げる。かと思えば、瞬く間に押し倒されて。どちらかといえば狼だなと認識を改めつつ、俺は明日の腰痛を覚悟して目を閉じた。

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