同居人3
※沖田さんが幽霊・永井くんがJ官じゃないパラレル




「なんだ、今度は逃げないのか、永井?」
「なっ、お……お前、いったい、何なんだよ!」
「さぁ?幽霊ってやつじゃないか?」
気が付いた時にはここにいて、この部屋から外には出られない。だから、正確には地縛霊なんじゃないかな。
そんな他人事のような言い草をして、男は缶のプルタブに指をかけた。
地縛霊──だから外までは追いかけて来なかったのか。しかし、それがわかったからなんだって言うのだろう。地縛霊は普通の幽霊と違って一定の場所から動けないという。つまり、それはこの部屋から簡単には追い出せないということだ。……そんなの、尚更たちが悪いじゃないか!
そう思いながら、永井は先ほど入ってきたばかりの扉へとじりじりと後ずさった。

「あ、玄関なら開かないからなー」
「……」
足元気を付けろよー、例えるならそんな感じの軽い口調で、信じられないような言葉が投げ掛けられた。
当然、ハイそうですかと諦めるはずもなく、永井は後ろ手にドアノブを回した。いや、回そうとした。ドアノブは微動だにしなかったのだ。まるで接着剤でガチガチに固めたように。
どうやっても開かないとわかると、指先から力が抜けていく。開かない原因なんて分かりきっているのに、なんで、と疑問が口を衝いて出た。

「俺がそうしてるからさ」
「っ!ふざけんな!ここ、開けろよ……!」
余りに飄々とした態度に、振り返るや否や相手が幽霊だということも忘れて、苛立ちのままに声を荒げた。
──何で自分がこんな目に遭わなきゃいけないんだ、幽霊に取り憑かれるようなことをした覚えなんて、ちっともないのに。──そんな風に、恐怖よりも理不尽への怒りが勝っていた。今の今まで水でも飲むように酒を飲んでいた幽霊は、永井のその様子に少しだけ眉を下げる。

「別にお前を呪い殺そうとか、そういうわけじゃないんだ、俺は」
「……嘘だ」
「本当だよ。そんな気も、力もない。ちょっとの間だけ閉じ込めとくのが精一杯なんだよ」
今までにない真摯な声色と眼差しに、永井は狼狽えた。男はそれを笑うでもなく、じっと見つめてくる。永井も、何も言えずにただ男の目を見た。狭い室内、ほんの数メートルの距離で沈黙したまま見つめ合ってどれくらいの時間が経過したのか、不意に男が手招いた。

「今日は何もしないから、こっち来いよ。ずっと突っ立ってるのも疲れるだろ?」
今日はってことは明日はするのかよ、とか、誰のせいで突っ立ってると思ってんだ、とか、思うことはあっても口には出さなかった。いい加減驚くのにも怒るのにも、疲れてきたのだ。いつ開くとも知れない扉を背に、幽霊に向かい合っている現状ももう終わりにしたかった。だから永井は渋々、机を挟んで幽霊の対面に座った。もちろん、少しでも変な様子を見せたらすぐに逃げられるように警戒しながら。



「そんな警戒しなくても」
既に元の油断ならない笑顔に戻っていた幽霊が、傷付くなぁ、と冗談めかして言う。親しい友人ならまだしも、目的もわからない幽霊の冗談なんて笑えたものじゃない。

「永井は飲まないのか?これ」
今しがた傷付いたとのたまった幽霊は、すぐに落ち込んだ顔を引っ込めて机の上のビール缶を指差した。さっきからがぶがぶ飲んでいたのは知っていたが、いつの間にか空き缶のほうが多くなっている。それを見ても首を横に振って眉をしかめるしかなかった。今更文句を言っても仕方ないし、もう酒を飲む気分にもなれない。今は、そんなことよりも。

「……アンタの目的は、何なんだよ」
ずっと浮かんでいた、最大の疑問だった。自分を呪うためでもないなら何故、姿を現したのか。永井の質問に、幽霊は悩むように視線をさ迷わせてから。「お前が特別だからだよ」、と答えにならない答えを返した。

「永井が来るまでずっと、俺はぼんやりとこの部屋にいただけだったんだ。何て言えばいいのか……夢を見てる最中って感じで」
「……わけわかんねぇよ」
「夢の中では自由に動けないだろ?そんな感じだよ。それが、お前が来てからは目が覚めたように意識がはっきりしてきて」
そして、部屋からは出られないものの自由に動き回れるようになったのだと幽霊は言う。最初に出来たことはたったそれだけだったらしい。それからは次第に、物に触れられるようになっていって。

「永井に触れたときは、感動したなぁ」
男が手を翳して嬉しそうに言う。反面、永井はその感動の瞬間とやらを思い浮かべて、また逃げ出したくなるのを堪えていた。幽霊が物や人に触れられるのがどれだけ嬉しいのか、人間である自分にはわからない。しかし、あの触り方やその他諸々のセクハラ紛いの行為にいったい何の意味があったのだろう……。胡乱げに見つめてくる永井に、男は不思議そうに首を傾げた。

「ん、どうした?」
「なっ何でもない……!話の、続きは」
慌てて先を促すと、永井の心情も知らない幽霊は頷いて話を続けた。

「……多分、永井が水をくれたのが物に触れられるようになった切っ掛けだったと思うんだ。で、こうして人の姿を取れるようになったのは永井に触れたお陰」
それだけでなく超常的な、それこそ幽霊らしい力も永井が俺に気付いてからだ、と男は淡々と説明する。それでいて声には熱が篭っていて、妙な説得力があった。少なくとも、全くの嘘ではないのだと思う。しかし、彼が何をしたいのかは依然永井にはわからなかった。

「……つまり?」
「今後も永井と一緒にいたいってわけだ」
つまり、憑いていたい、と。言葉を頭の中でそう変換する。じっと、答えを待つようにこちらを見つめてくるその目は真剣だった。永井は、暫し迷ってからその視線を正面から受け止めて。

「お断りします」
──きっぱりと、断った。大体の事情は呑み込めたが、ケツを撫でてくるわキスするわ閉じ込めるわと今でさえ傍若無人な振る舞いな、しかも幽霊、そんな男とこれからも一緒に同居状態だなんてどんな目に遭わされるかわかったもんじゃない。こんな幽霊のいる部屋にいられるか俺は引っ越すぞ、と内心決意を新たにした永井に、男は寂しげな笑顔を浮かべた。

「そうか……」


何だ、結構話の通じる幽霊じゃないか、と思ってしまった直後。

「じゃあ、一生ここから出ないで貰おうかな」
「……は」
びしりと、和らぎかけていた空気が壊れる音がした。にこやかに言われた言葉の、その意味を理解できずに永井は目を見張った。

「ここを出たらすぐに引っ越す気なんだろ? 俺としては困るんだよなぁ。まだ部屋の外には出られないし、永井がいなくなったら元に戻るかもしれないし」
二度と戻ってくる気のなかった永井は、図星を突かれて小さく呻いた。幽霊に強行手段に出られてしまえば対抗できる気がしない。いや、でも。確かこいつはこう言っていなかったか。

「ずっと閉じ込めとくような力は無いって……」
「あぁ、それ、嘘」
「はぁ!?」
さらりとそう言われて、どういうことだよ、と永井は叫んだ。曰く、警戒を解かせるための嘘だったのだという。あっさり認めて平然とした顔をしている男を睨み付ける。怖いなぁ、と笑うだけで、然して効果はないようだった。

「やっぱり、アンタ、悪霊だったんだな……」
「永井次第だよ。逃げる気ならここから出さない。観念して一緒に住むなら、なるべく無害でいるよう努力する」
なるべく。努力する。ちゃんと無害でいる気がなさそうな言葉に、はいわかりましたと返せるわけもなく。永井は返答を待つ視線を振り払うようにばっと立ち上がり、玄関へと向かった。……やはり、ドアノブは回らない。

「さて、どうする?」
すぐ背後からの声に、最早振り返る気もしなかった。
逃げることができない今、他に選択肢はないのだから。

「これからもよろしくな、永井」
ぽんと肩を叩かれる。その気安い態度はまるで先輩後輩の仲のようだと場にそぐわないことを思いながら、永井はぎこちなく頷いた。
- - - - - - - - - -

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -