廃墟ホラーな沖永 ※パラレル |
夏にしては涼しい夜。 肝試しに訪れた彼らが草を踏み分けて辿り着いたのは、廃墟と呼ばれるに相応しい建物だった。 懐中電灯の光が蔦の絡み付いた灰色の壁を照らす。 二階建てのこの廃墟が、かつて何に使われていたものかはわからない。学校、病院、そのどちらにも見えるそれに青年たちは感嘆した。 「ほんっとにあったのかよ……」 「な?言った通りだっただろ!」 「まさかこのテキトーな地図で来れるとはなー」 やっと見つけた建物に盛り上がる青年たちは、手書きの地図を眺めて笑った。 山中にあるこの廃墟は、廃墟にありがちな曰く付き、というやつだ。 県道からそう離れていないにも関わらず、道に迷って辿り着けなかったり、運よく辿り着いた者も皆不幸な出来事に見舞われる、という噂があったのだ。 簡易すぎる地図を作成した友人の友人も、一度見つけて以降は何度山に入ってもここを見つけられなかったという。 「ま、これで噂はただの噂ってわかったな」 「見つけた証拠に写真撮ってかねぇと」 一人が携帯を構える。画面に圏外と表示されているのは大して気にならない。 山で電波が入らないのはよくあることだ。パシャリ、と軽い音が鳴って、建物が写真に納められる。 「暗くてわかりづらいけど、これでいいか」 「早く中入ろうぜ!……永井、どうしたんだよ。やけに静かじゃん」 「いや、別に……何か気味悪いなって」 永井、と呼ばれた赤シャツの青年はそう答えて廃墟を見上げた。 とうの昔にガラスが割れてしまったらしい窓からは、びりびりになったカーテンが無惨にも垂れている。内部は真っ暗で、当然中の様子は窺いようがない。なのに、直視しているとその闇に潜む何かと目が合いそうな、そんな気がしてきて永井は目を逸らした。 それを見ていた仲間は笑って、手を胸の前に垂らして幽霊のポーズをしてみせる。 「もしかして、怖いのか?」 「ちげぇよ!幽霊とか信じてねぇし!」 憤りながらもきっぱりと言い切る永井は、ただの強がりではなく本当に幽霊というものを信じていなかった。娯楽として怪談話や肝試しは好きだったが、生まれてこの方幽霊はおろか、有名な心霊スポットに行っても寒気すら感じたことがない。根っからの霊感ゼロ、というやつだった。 「じゃ、さっさと行こうぜ」 「……わかった。そっちこそびびって逃げ出すなよ」 乗り気はしなかったものの、ここまで来ておいて帰るのもつまらないし情けない。 気味の悪さを払拭するように勝ち気な笑顔を浮かべて、永井は仲間より先に扉の外れた玄関に入った。 両脇には靴箱。その先は僅かに段差になっていて、廊下と玄関とを分けている。一見学校のようだが、何となく違う気もした。 廊下へ片足を踏み出すと、ぎし、と床が軋んで、思わず足を戻した。 「床が抜けたらやばいな……」 「このくらいなら大丈夫だろ。ここよりもっとボロい廃墟もあったし」 何度か足で床を確かめていた仲間が、平気だと判断して廊下に上がった。ちょうど建物の真ん中に位置するここからは、左右に暗い廊下が伸びているのが見える。 「右と左……どっちから行く?」 「ちょうど四人だし、二手に分かれたらいいんじゃないか?」 一人がそう言って、仲間が戸惑ったように顔を見合わせた。 「えー、二人で行くのかよ……」 「ケータイも圏外だろ。行き違いにならないか?」 「まぁ、二階まで行けば途中で会うだろうけど……そうじゃなくてもここに戻ってくればいいか」 そう広くない幅の廊下は、四人で歩くには狭苦しいという理由もあり、すぐに意見は纏まった。問題は誰が誰と行くか、なのだが、それもあっさりと決まることになった。 「じゃあ俺、永井と行くかなー。一番幽霊に強そうだし!」 「勝手に決めるのかよ……まー俺はどっちでもいいけど」 「んじゃ、決まりってことで。俺らは左に行くから」 あっという間の決定だったが、この組み合わせに特に不満もない。二人に背を向けた永井は、頼りにならなさそうな相棒を伴って右に歩き出した。 「さっすが永井、本当に怖くねーんだなぁ」 ずんずんと進んでは片側に並ぶ部屋の中に懐中電灯を向ける永井に、仲間が感心したように声を挙げた。 「ちょっとは怖いけど、幽霊とか今まで見たことねぇし……それにさっきからどの部屋も何もないから怖がりようがないって」 「綺麗にスッカラカンだもんなぁ」 小さな部屋と大きな部屋。扉が開いている部屋も、扉自体がない部屋もあったが、共通しているのは埃っぽく、そして家具のひとつもないということだった。 机なりベッドなり、何なら手術台でもあれば嫌な方向に想像力が働いて怖がりようがあるのだが。 「……拍子抜けだな、噂のわりに」 空っぽの部屋で溜め息を吐く。さっさと二階に上がって合流してしまおうか。 そう思って部屋から廊下に出た時。ぎし、と軋む音が耳に届いた。自分のものでも、横にいる奴のものでもない。聞こえてきたのは廊下の先、玄関の辺りからだった。 「あいつら、二階に行かないで戻ってきたのかな」 仲間が呟いてからすぐに、違う、と首を振った。依然としてその軋んだ音はゆっくりと、確実に近づいている。なのに、懐中電灯の光は一向に見えない。話し声も聞こえてこない。 暗闇の中、灯りも持たずに迷いのない足取りでただ黙ってこちらに向かってきている。 自分たちの他に肝試しにやってきた人間か、建物の管理人か。それにしたって、おかしい。 「なぁ、やばくねぇか?」 怯えた声で後退る仲間に、どう返事をしていいのかわからないまま永井は立ち尽くした。 目を凝らしても、相手の姿はまだ見えなかった。 「誰、なんだよ……!」 思っていたよりも大きな声が出て、ひやりとする。 しかし、相手から反応は返ってこない。一歩、また一歩と音は近づいてくる。 もう、懐中電灯の光が届きそうな距離だった。ごくりと息を呑む。光の外側に、ぼんやりとした大きな人影が見えた。 ぎしり、と一際大きな音の後、目の前に現れたのは見知らぬ男で──。 「で……出たぁー!!」 「あっ、おい!?」 耳を劈く情けない悲鳴に後ろを見ると、すでに仲間は走り出したところだった。 放り投げられた懐中電灯が派手な音を立てて床に転がる。 今にも床を踏み抜きかねない勢いで逃げていく後ろ姿を、永井は呆然と見送るしかなかった。 しかし、背後に得体の知れない誰かがいることを思い出し、身構えながら振り向く。 「うわっ!」 覚悟はしていたものの、想像以上に近くにいたそいつに驚愕した。 やたらに体格の良い坊主頭の男が、無表情にこちらを見下ろしている。 血色もよく、透けてもいないその男は厳つい顔立ちも相俟って、幽霊というよりはヤのつく職業の人間にしか見えない。 「誰……なんだ、あんた」 恐る恐る問い掛ける。男はちらりと永井の背後を見遣ってから、口を開いた。 「たちの悪いのに出会いたくなかったら、さっさと出ていくんだな」 低い声は、確かに生きている人間のものだった。 幽霊の類いではなかったことに一安心しつつ、その言葉の意味が理解できずに首を捻った。 「はぁ……? たちの悪いの、って?」 「他の奴なら、もう大人しく帰ったぞ。お前も早く帰れ」 「でも、まだあいつが残って……」 背後の廊下を指差す。男は首を振って、もう一度繰り返した。 帰れ、と。その有無を言わさない態度にカチンと来て、永井は男に背を向けた。 「見つけたらすぐに帰るから」 勝手に入っておいてこの態度もないよな、と僅かに自省しつつ、返事を待たずに進んだ。 怒って追いかけてくるんじゃないかと内心ひやりとしたが、男は独り言のように何かを呟いただけだった。 「あいつ、いったいどこまで逃げてったんだよ……」 思いの外長い廊下を進んでも進んでも仲間の姿はなかった。 何度か呼んでみても声どころか物音も返ってこない。 もうとっくに出口を見つけて外に出たのだろうか。だとしたら、あの男に大人しく従った方が良かったのかもしれない。 後悔が押し寄せると同時に、永井は行き止まりに突き当たった。 「引き返すか……」 誰にともなく溜め息混じりに言った途端。 トン、トン、と連続した規則正しい音が左から降ってきた。 ハッとして振り向くと、目の前には階段があった。誰かが階段を登っていったのだ。 誰が、と考えれば逃げていったあいつが真っ先に頭に浮かんだ。 あんなにビビって逃げたくせに、まだ肝試しを続ける気なのか? もしくは、あんなにビビったからこそ、恥ずかしくて出てこれないのか。 盛大な逃げっぷりを見て心底呆れ返っていた永井は、特に深く考えずに後を追うことにした。 引き返してあの男と顔を合わすのも気まずいし、あいつをこの場で一発くらい殴らないとわりに合わない。そう思いながら、廊下と比べると綺麗な階段を一段飛ばしに上がっていく。 小さな踊り場も二歩で越えて、その先の段もあっという間に登って、二階に着いたのはすぐだった。 しかし、というか、やはりそこにも仲間の姿はない。 「かくれんぼでもしてんのかっての……なぁ、早く出てこいよ!」 声はわずかに響いたものの、すぐに夜の闇に消えて、辺りはまた静まり返ってしまう。 こう返事も何もないと、さすがに冷静だった心も揺らいだ。 本当にさっきの足音は、あいつのものだったんだろうか? 一旦考え出すと、この建物を見上げた時に感じた気味の悪さがじわじわと甦ってくる。 寒気すら覚えて、とうとう体は勝手に今登ってきた階段へ逆戻りしようとしていた。 だが、階下から足音が聴こえて、永井は咄嗟に息を潜めた。 何か恐ろしいものが自分を追ってきたような、そんな気がしたのだ。そんな筈はないのに。 誰かが追ってきたのだとしたら、間違いなくあの男だろう。 帰れと繰り返すばかりで話が通じなさそうな雰囲気だったが、元々勝手に立ち入った自分達が悪いのだから仕方がない。 仲間が見つからないことを説明して、一緒に探してもらおう──。 「やめておいた方がいいんじゃないか?」 降りようとした永井を、誰かが制止した。 どこか親しげな響きを含んだ声に、驚くことも忘れて振り返る。 白いシャツを着た、見知らぬ男が廊下に佇んでいた。 男は目が合うと軽く微笑んだが、すぐに緊張した面持ちに戻って人差し指を口の前で立てる。 静かに、という合図だった。男は近くの部屋に入ると、早くこっちに来い、と永井を手招いた。 その間にも足音は迫ってきていて、永井は考える暇もなく部屋に飛び込んだ。 「何が、どうなってるんだよ……?」 息を切らせて永井が問いかける。男は扉に鍵をかけてから、それに答えた。 「ここには、良くないものが棲みついてるんだ」 「良くないもの……って」 懐中電灯だけが光源の薄暗い室内、男は困ったように笑う。 「信じて貰えるかわからないが、幽霊ってやつかな」 「……もしかして、さっきの足音がその、幽霊、だっていうのかよ」 「その通りってわけだ。すでに会ったんじゃないか? 一階で」 「一階……まさか、あいつが?」 すぐに思い浮かぶのは、厳つい顔立ちのあの男しかいなかった。 けれど、今思い返してみても男は幽霊には見えなかった。 足もあったし、青白くも、透けてもいないし、会話だってした。 永井の疑念が表情からわかったのか、男が肩をすくめて説明する。 「パッと見は普通の人間と変わらない、そんなやつもいるらしいんだ」 「……わけ、わかんねぇ」 幽霊が本当にいて、しかも見かけは人間と変わらないなんて。 ただの冗談だと信じたいが、男の表情は真剣だった。 「嘘だって思うならそれでいいんだけどな。でも、あれが行ってしまうまではここにいた方がいい」 言われなくてもすぐにここを出ていく気にはなれなかった。 あいつが階段を登ってくるかもしれないし、だからといって反対側の階段に向かっても鉢合わせするかもしれない。 結局、男の言葉を信じて永井はこのまま隠れていることに決めた。 「俺は、沖田って言うんだ。そっちは?」 沖田、と名乗った男は穏やかな笑顔を永井に向けた。 歳は、せいぜい二十代後半くらいだろうか。見た目は若いが、それでも雰囲気のせいかずっと年上に思えた。 タメ口で話していたのが少し悪いことに思えて、自然に敬語を使ってしまう。 「永井……です。沖田、さんは、何でこんなところに?」 「ここの管理人みたいなもんかな。結構、肝試しに来る奴が多いからさ。うるさいし困ってるんだよなぁ」 ふぅ、と溜め息を吐く沖田に、思い当たる節しかない永井は俯いた。 「えっと……すみません」 「はは、別にいいって。永井たちは十分行儀いいほうだから、怒ってないよ」 にっこり笑う沖田に、永井はホッとした。 もしも問答無用で警察に連絡されていたらと思うと幽霊以上に肝が冷える。 もう肝試しなんて止めよう、と内心思っていると、沖田がふと視線を窓の方へ向けた。 つられて見てみれば、珍しいことにガラスの割れていない窓がある。 いや、よく見るとこの部屋自体が他に比べると綺麗だった。 まるでつい最近まで誰かが使用していたように、机や戸棚が置かれている。 しかし、沖田は窓ではなくどこか遠くを見ていた。そしてぽつりと呟く。 「やっと、出て行ってくれた」 「え?」 「ん、いや、幽霊が行ったみたいだ。多分、もう大丈夫だろ。何とかやり過ごせてよかったよ」 「そう、なんですか?」 何故分かるのだろう。やけに断定的な言い方に首を傾げたくなる。 霊感のある人間には、分かるものなんだろうか。疑問のままに見上げるが、沖田はにこりと笑っただけだった。 「……あの、俺、そろそろ帰ります」 「肝試しに来たんだろ?せっかくだし、もう少しいたらいいのに」 沖田の言葉にぎょっとする。今しがた幽霊と遭遇しかけて、どうしてまだ肝試しを続ける気になるというのか。そもそも。 「沖田さんは、帰らないんですか?」 のんびりと、としか形容できない様子で部屋を眺めている沖田は、まるで帰る気がないようだった。 「どうしようかな」 返ってきた答えも、のんびりとしたもので。緊張感の無さすぎるそれに、永井は呆れた。 「どうしようかな……って、危ないじゃないですか、こんなとこにいたら」 いくら幽霊がいなくなったからって、いつまた戻ってくるかわからないのに。 ……あれ? そこまで考えて、小さな違和感を覚える。 幽霊といえば何かの理由で死んで、その死んだ場所で化けて出るのが怖い話の定番だ。 そして、恨みやらでその場所から動けないというのも定番。 幽霊の事情はわからないが、そう簡単に死んだ場所から離れるなんてできるんだろうか──。 「俺は、大丈夫だよ」 考えを遮るように、沖田が言った。 俺は、という部分を強調する言い方は永井の不信感を募らせるのに十分だった。 「俺、先に帰ります」 懐中電灯を持ち直して、永井は扉に向かった。 沖田が掛けていた鍵を外す。扉は、すぐにでも開けられるはずだった。しかし。 「あ、あれ……?」 扉はびくともしない。取っ手を激しく引いても、揺れもしない。 まるで、扉風の飾りがついただけの壁のようだった。不安感がどっと押し寄せる。 無意識に助けを求めるように振り返ると。沖田は、永井がふざけていると言わんばかりに笑っていた。 「ははっ、永井は面白いなぁ。帰るんじゃなかったのか?」 「違っ……ほんとに開かないんだよ!」 からかいの言葉にカッとなって、敬語も忘れて叫ぶ。 それでも沖田は、困ったなぁ、と笑うばかりだ。 「困ったって、それどころじゃないだろ!帰れなくなるかもしれねぇのに──」 「別に、帰らなくてもいいだろ?」 首を傾げて言ってのける沖田に、永井は言葉を失った。 冗談なら怒る気にもなれた。だが、沖田の目は本気だった。この人は、おかしい。 先ほどまでは優しく見えた笑顔が、今はただ恐ろしかった。 「俺が開けてやろうか?」 笑顔を貼り付けたまま、沖田が近付いてきた。すっと手が伸ばされて、それを反射的に振り払う。 ばちん、と音がした。感触も確かにあった。 「あ……」 けれど、永井は青褪める。その一瞬でもわかるくらいに、沖田の手は冷たかったのだ。 まるで、氷のように。 「ひどいな、開けてやろうとしたのに」 恐怖を抑えつけ必死に睨んでも効果はなく、もう一度沖田の手が伸ばされる。 「っう……!」 頬に氷を押し付けられたような感覚に、鳥肌が立った。 今度は咄嗟に突き飛ばそうとして、永井は驚きに大きな瞳を更に見開いた。 「なっ、なんで……」 体が、正確には首から下がぴくりとも動かない。 驚愕するしか出来ない永井の腕を沖田が掴んだ。掴まれた感覚も、冷たさも、厚い布越しに触れたような奇妙なものだった。そして、軽い痺れを感じる。 そのもどかしさは、麻酔が切れかかっている時に似ていた。 扉の前で動けずにいる永井を見て、沖田は白々しく言った。 「まいったな。どいてくれないと、帰してやれないだろ?」 「おまえの、せいだろ……っ!」 「そうか、そんなに帰りたくないのかぁ。なら、仕方ないな」 「てめっ……人の話聞いてんのかよ!帰りたくないなんて言ってねえよ!」 声を荒げる永井の主張を一切スルーして、沖田はうんうんと頷く。 殴りたい、という思いに駆られて恐怖は薄れたが、肝心の腕が動かないのだから意味がない。 何も出来ない悔しさに奥歯をギリと噛み締めた。対する沖田は、にこやかに永井の頭を撫で始める。 「やめろっ!」 身動きできないまま好き勝手に触れられる不愉快さに、思わず叫ぶ。 ぴたりと手が止まった。はっとして顔を上げると。胡散臭い笑顔は消え失せて。 沖田は静かに、冷ややかな目で永井を見下ろしていた。 「勝手に入り込んで来ておいて、随分な態度だな」 「……っ」 冷や汗が背筋を伝った。頭は動くはずなのに、黒い、真っ暗な目から、目を逸らせない。 蛇に睨まれた蛙の気分は、こんな感じなんだろうか。頭のどこかでそんなことを考えた。 ふっと、沖田の雰囲気が和らぐ。またあの笑顔に戻っていた。 「そんな悪い子からは、入場料でも貰わないとな?」 悪戯っぽく笑って、永井の首筋をぺろりと舐めた。ぞわりとする感覚に、永井はひっと悲鳴をあげる。 その反応を楽しむように目を細めた沖田は、次は何をする気なのか、永井の体を抱き抱えてそっと床に転がした。いくら扱いが丁寧でも、動けない者には恐怖しかない。 怯える永井の上に覆い被さり、沖田は微笑んだ。 「大丈夫、大丈夫。気持ちよくしてやるから、な?」 「……ッ!?」 意味深な言葉に、ようやく別の恐怖を感じても、もう遅い。 沖田はいそいそと永井の衣服を脱がしにかかった。恐怖と混乱と羞恥とで頭がいっぱいになる。脳の処理が追い付かない。気が遠くなる思いがした。 いや、実際に目の前が暗くなって。永井はあっさりと気を失った。 ※ ──眩しさに、腕で顔を覆う。どこからか、風がすうすうと吹いていて寒い。 布団を引っ張って二度寝を決め込もうとするが、布団は一向に掴めなかった。 渋々、目を擦りながら体を起こす。 「あ、あれ……?」 そこは、見知らぬ部屋だった。ごしごしと目を擦る。 部屋というより、まるで廃墟だ。床も壁もぼろぼろで、窓なんか一枚もガラスが残っていない。頭がずきりと痛んだ。 ……どうして自分は、こんなところにいるんだ? 考えても考えても、頭が痛むばかりで答えは出てこなかった。 埃を払って立ち上がる。とにかく外に出ないと……。 ふらふらと、廃墟の中を歩く。 軋む床をなんとか踏み外さずに廃墟から出て、数歩進んだ、その時。 「うわっ!」 ポケットが震えて、聞き慣れた着信音がけたたましく鳴った。慌てて携帯を開く。 メールと着信が何件も来ていた。メールはどれもが自分の身を案じるもので。 思わず、その中のひとりに電話を掛ける。電話はすぐに繋がった。 「永井!よかった、お前、無事だったんだな……!」 「無事って……何が?」 「お前ももう帰ったのかと思って、それで、でも帰ってきてなくて……!」 涙ながらに話す友人の言葉は、ほとんど耳に入ってこなかった。 視線を感じて、背後の廃墟を見上げる。 割れた窓の向こう、誰かがこちらを見下ろしていた。あれは……。 携帯が手を滑り落ちて、草の上に転がった。 見知らぬ男は、こちらに向かって軽く手を振って、そのまま姿を消した。 - - - - - - - - - - |