供一日常話
※捏造お供×一藤さん
※捏造お供の名前が出てます




「一藤一佐、お疲れさまです」

一日の課業を終えた隊員たちでごった返す廊下に出て間もなく、静かな声が背後から掛けられる。振り向いた先には予想通り、ぴしりとお手本のような敬礼をした供谷二曹がいた。

「おう、お疲れさん、供谷。これから食堂か?」

砕けた口調と共に名前を呼べば、それが合図とばかりに供谷は雰囲気を和らげて微笑した。

「はい。一藤さんはお帰りになられるんですか」
「そのつもりだったんだが……今日は食堂で食べていくかな」

下士官と違って、幹部自衛官は食事が自費になる為、食堂で食事を取る者は少ない。しかし、独身で自炊か外食かの2択になる自身にとっては、食堂の健康的かつ安い食事は魅力的である。……というのはもっともな理由だが、実際は、供谷や他の部下との貴重な会話の場であるのが一番かもしれなかった。

「では、行きましょう」

供谷の言葉に頷いて、食堂に向かう。廊下の角を曲がってすぐのそこに入ると、ずらりと並んだ長机がまず目に入ってきた。のんびり談笑しながら食べている奴らは曹以上で、既に席を立ち始めているのはそれ以外だろう。俺は食事が乗ったトレイを受け取って、供谷と共に適当な席に座った。

「やっぱカレーが一番だよなぁ」

スプーンで金曜日お決まりのカレーを口に運びながら、対面に同意を求める。 俺もそう思います、と頷く供谷は表情は代わり映えしないものの、いつもより食べるペースが早い。そういえばカレーが好物だっけな、と思いながら、数週間ぶりのカレーを味わう。自然に会話が途切れて、もぐもぐと咀嚼していると。ふと、供谷が食べる手を止めじっとこちらを見ていることに気がついた。

「ん、どうした?」
「いえ……」

首を横に振ってすぐ食事に戻った供谷は、しばらくして他愛ない会話を切り出した。

「今月の広報誌、一藤さんも載ってましたよね」

頭の中に、広報誌のためにと撮られた写真が浮かぶ。人前に立つことは、一佐という立場もあって平気だが、写真、それも真面目な記事に載るものとなるとどうにも落ち着かない。

「あー、知ってたのか。あんまり好きじゃねえんだけどな、柄じゃねえし」
「そんなことないですよ。写真の一藤さんも素敵です」

やけに真剣な顔付きで言うのがおかしくて、噴き出しそうになる。と同時に、お世辞とわかっていても嬉しくなって、俺は笑顔で礼を言った。

「はは、ありがとな」
「……実物はもっと素敵です」

一瞬の沈黙の後、いつもと変わらない落ち着いた声で言われて、今度こそ小さく噴いてしまった。

「お前、結構タラシだよなぁ。そういうのは美人なねーちゃんに言うべきだぞ」
「俺は……」

何かを言おうと供谷が口を開いた直後、別の声が飛んでくる。

「とーもや二曹!……ハッ!一藤一佐!お、お疲れ様です!」

親しげに肩を叩いて供谷の隣に座ったのは、沖田二曹だった。その砕けた態度から、そういえば二人は同階級で同室なのだったな、と思っていると。こちらに気付くなり沖田は慌てて席を立とうとする。

「おぉ、お疲れさん、沖田。何だ、どうした?」
「お邪魔かと思って……」

申し訳なさそうに笑う沖田の言葉に、首を傾げた。

「邪魔? いや、普通に話してただけだぞ」
「そうですよ。座ってください、沖田二曹」

すでに何事もなかったようにしている供谷からも笑顔で言われて、ようやく沖田は座った。

「ただ、広報誌の話をしていただけなので」
「こいつ、毎回きっちり読んでるみたいでな、俺の写真も見つけられちまったよ。全く真面目だよなぁ」
「はは……そうですよね……」

大抵の隊員なら流し読みか、そもそも読まない広報誌を熱心に読んでいる姿を思い浮かべて言うと、沖田も想像したのか、どこか遠い目をして同意した。それを見て、少し好奇心が湧く。同室ならすでに供谷の生真面目な部分は十二分に知っているだろうが、上官の俺には見せない顔も知っているのだろうか。

「沖田は同室だったよな。真面目なこいつも、普段はちっとは不真面目なのか?」

滅多に外出届けも出さずに、むしろ進んで営内に残留する姿勢は見上げたものだが、無理をしているんじゃないか、といつも気になっていた。同年代の前でくらい、多少は息抜きできていればいいのだが……。

「えぇと……そうですね、時々は」
「人並みに不真面目ですよ、俺も」

ちらと顔を見合わせた後、二人は言った。

「へえ、そうなのか。なら、いいんだけどよ」
「不真面目っていうか不健全……あ、いや何でもないです。写真集とか見てないんで」

沖田がぽつりと呟いた言葉はよく聞こえなかったが、写真集という単語は聞こえて、俺は思わず供谷を見る。供谷はわずかに照れた様子で、「恥ずかしいので言わないようお願いしたんですが……動物の写真集ですよ」と説明した。

「意外っちゃ意外だが……おい、大丈夫か?」

説明を聞いた途端噎せた沖田は、大丈夫です、と頷いたがあまり大丈夫なようには見えない。

「永井士長を見つけたからでしょう。二人は仲が良いので」

食堂を見回すと、供谷の言葉通り永井の姿があった。噎せたこととの関係性はまるでわからないが、二人が良い先輩後輩の仲であるのは事実だった。沖田の姿を見つけるなり駆け寄る永井の様子は、兄を慕う弟のようで見ているこちらも微笑ましくなるものだ。
永井から視線を戻し、ふと時計が目に入る。雑談に興じていたせいか、それなりの時間が経っていた。

「っと……こんな時間か。俺はもう行くが、供谷と沖田は?」
「俺も食べ終わったので、一藤さんを見送ってから部屋に戻ろうかと」
「俺は、永井と話があるので」
「そうか、永井によろしく言っといてくれ」

沖田は軽く敬礼してから永井の元へ向かう。俺はそれを見届けてから、トレイを返却してきた供谷へ振り返った。

「悪いな、もう戻っていいぞ」
「いえ、建物の外まで見送らせてください」

こういうところは頑として譲らない部下に苦笑する。課業が終わった後の貴重な自由時間を、毎日のように上官との付き合いに費やす隊員はこいつくらいなものだろう。

「駄目でしょうか」
「駄目なわけじゃねえけど、今日は長いこと付き合わせちまったからな……ここまでで十分だよ」
「そうですか……」

寂しそうに笑う供谷に、気を利かせたつもりがむしろ悪いことをしてしまった気分になりながらも、その肩をポンと叩く。

「明日も朝から顔合わせるだろ、だから、また明日な」
「……そうですね、また明日。お疲れさまでした」
「じゃあな、いつか写真集とやらを見せろよな」

綺麗な敬礼に敬礼を返して、そう笑うと供谷も気を取り直したように笑顔を見せた。明日もまた、同じように迎えてくれるのを内心心待ちにしながら、俺は踵を返す。
……何気なく振り返り、まだ見送ったままだった供谷に「早く戻れよ!」とジェスチャーで伝える羽目になったのは、それから数メートル歩いた後のことだった。


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