同居人
※沖田さんが幽霊で永井くんがJ官じゃないパラレル



──信じられないことだが、この部屋には恐ろしい幽霊がいる。
オカルトなどとは無縁に暮らしてきた健康優良男児こと永井は、遊びに来ていた友人にそう切り出した。一瞬、間が空く。静寂を破ったのは笑い声だった。

「わ、笑うなよ!これでも本気で悩んでんだからな」
「いや、幽霊って単語が永井から出るなんて思わなくてさぁ……一人暮らしで寂しさのあまり幻覚でも視たんじゃねえの?」
「違うっての……それに、一回しか姿を見てないし、部屋の外では出ないんだ」

どういうことだよ、と友人が首を傾げる。それが、と永井は部屋を見回す。
──事の始まりは、此処へ引っ越して来て一週間目だった。バイトから疲れて帰ってきて暗い部屋の電気を点けたら、片付けた筈の雑誌が机に広げっぱなしになっていた。それだけならまあ、自分が忘れていただけかもしれないが。次の週から、帰ると部屋の電気がすでに点いていたり、逆に消し忘れた電気が消えていたり。

「単に忘れっぽくなっただけじゃねえの」
「俺も最初はそう思ったけど。でも、毎日毎日そんな調子で」

しかも、滅多にしない料理をしてたら戸棚が揺れたり、洗濯物を干してある時に雨が降ったら窓を叩く音がしたり。郵便物が机の上にあったり、しつこい勧誘の奴が部屋の奥を見るなり何故か逃げていったり。他にも小さなことがいろいろ。挙げるときりがないくらいだ。

「ふーん……幽霊にしてはなんか親切だな。害もないし、別に放っておけばいいじゃん」
「いや、まだ続きがあって──」

言いづらそうに口ごもると、なんだよ早く言えって、と友人が急かしてくる。

「……いつからか、姿は見えないまま触られるようになって」

嫌なことがあって落ち込んでいた時、頭を撫でられたのが数日前だ。
実体がないものに触られる感覚にそれはもう驚いたのだが、不思議と恐怖は感じなくて。むしろ、慰めてくれているのだと気付くと妙に嬉しい気分になったりもした。なにしろ慣れない都会での慣れない一人暮らしに苦労していたところだ。微妙にささくれだっていた心が癒されたというか。
その日の夜、買ってきた酒をなんとなくコップに注いで供えてみたりした。目を離した隙にコップは空っぽになっていて、何気なく想像していた可愛らしい座敷わらしのイメージはあっけなく崩れた。
結構酒飲みな幽霊なのか、ともう一回酒を注いで視線を外すと、またコップは空になる。自分も飲みながらそんなことを繰り返している内に酒も切れて、眠いから布団に入った。

「なぁ、今のところ全く恐ろしい要素がないんだけど」
「ここからなんだよ、問題は!」
「へいへい、わかったって。俺県外からわざわざ来てんだからちゃちゃっと話せよ」

決して悪いやつじゃないとわかっていても、その薄情さが恨めしいと永井は小さく唸る。しかし反応は薄く、仕方なく話を進めることにした。

「寝始めて一時間くらい経った頃だと思う、頬に生温い感触があって、それを払い除けようとするんだけど体が動かなくて」

俗に言う金縛りというやつだろう。かろうじて指が動かせるくらいで、寝返りも打てなかった。体が動かないとなるとどうしようもなくて、なされるがままになっていた。じっとしてると生温い感触は指だとわかった。頬をつんつん突っつかれたり引っ張られたりして、次第にムカムカしてきて抉じ開けるように目を開いたんだ。っていっても、薄目程度だけど。

「そこでやっと幽霊の姿が見えたのか?」
「ぼんやりしてて半透明だったけど、髪をオールバックにした男だった。多分二十後半か三十くらいの。で、あっちも俺が見てるのに気付いてさ」

ばっちり目が合って、ヤバイ、と思った。けどそいつは、上機嫌な笑顔を向けてきた。幽霊ってこんなに生気溢れてるっけ、と場違いな思考をするくらいの。半透明の幽霊じゃなきゃ人の良さそうな印象を受ける男だった。

「──なんだよ、やっぱ怖くねーじゃん」

ハハハと笑う友人を睨んで黙らせて、永井はどこか青褪めた顔色のまま話を続ける。

自分だってその瞬間は、そんな悪い霊じゃないのか、と思ったんだ。だけど。次の瞬間には、指先とは違う生温い感触が唇に触れて、しかも口内に押し入ってきた。ぬるりとした確かな質感があるそれは、舌だ。
状況を把握して声にならない悲鳴を上げた時には既に手遅れで、俺の口内は好き勝手に蹂躙されていた。実体がないんだから響かない筈の水音が響くくらいには激しく、俺のファーストキスは男の、しかも幽霊に奪われてしまったのだ。必死の抵抗は功をなさず、幽霊のクソヤロウは散々楽しんでから唇を解放すると、それだけでは足りないとばかりに服の隙間から指を這わせてきた。
やばい、マジでやばい。
幽霊にやられるなんて絶対に勘弁だ。渾身の力で腕を動かした。そうしたらフッと体が軽くなって、金縛りは解けたようだった。幽霊の姿も消えていて、ぜえはあと息を整えて安堵したのも束の間──。チッ。どこかからつまらなそうな舌打ちが聞こえて、俺は携帯を掴んで部屋を飛び出していた。

「それから……玄関の前で朝になるまで待って、昨日までは無理言って人んちに泊まらせてもらってたんだよ」

大して付き合いもない知り合いは、急に泊まらせてほしいと頼み込むと怪訝そうにしながらも了承してくれたのだが、ずっと居候するわけにもいかない。そうして今日、地方から呼びつけた旧友とこの部屋に帰ってきたのだった。

「で、頼みがあるんだけど」
「いやいや、ちょっと待てよ……男の、しかも幽霊に襲われたって?」

頷く。友人は心なしか笑顔をひきつらせて。

「……ソッチの気があったとは」

とんでもない爆弾発言で場を凍らせた。

「な、ちげーよ!誰がっ!」
「お前が。……なあ、お前がソッチ系でも別に偏見はないしダチやめる気ないけどよ、まさか今日此処に泊まれって言う気じゃないだろーな」
「じゃなかったら何のために呼んだとおもっ」
「よっし、時間も遅いしそろそろ帰るわ!ガンバれよ!」
「ちょ、待てよ!今日だけでいいから!幽霊いないか確認してくれるだけで──あ」

バタン、と玄関扉が閉まる。部屋に取り残された永井は呆然と立ち尽くす。なんて非情な友人だろう。一日くらい構わないじゃないか。

「くそっ……こうなったらいっそ」

友人宅へ押し掛けるか、夜の間だけでもネカフェ等に泊まるか。引っ越すという選択肢はない。というのも、このアパートは立地、家賃、その他諸々で相当な好条件だからだ。単純に引っ越す金がないというのもある。引っ越すなら最短でも二、三ヶ月はかかる。二、三ヶ月。そんな日数この部屋であの幽霊と同居するなんて無理だ。貞操を守りきれる気がしない。

「とりあえず、ネカフェにでも、」
「       」

───?
今、変な音がしたような。ぎぎぎ、とぎこちなく背後を振り返る。
姿はない。気のせい、気のせいだ。言い聞かせて永井は財布と携帯を手に玄関を出ようとした。ガチャガチャ。友人が出ていってすぐだから、鍵はかかっていない。ガチャガチャ。おかしい、開かない。鍵を確認する。やはり鍵はかかっていない。ドアノブも問題なく回る。なのに、なのに開かない。

「え……なんだよ、これ」

ガチャガチャガチャガチャ。押してみたり引いてみたりして、最後には苛立ちのままドアを殴り付ける。拳がじんじんと痛い。

「壊れたのか……?」

本当はわかっている。それでも認めたくなくて、携帯を開く。時間は午後六時。早く大家に電話して、扉を直してもらおう。通話ボタンを押した直後。ひやりとした冷気が首に触れた。
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