「奥村くん」
祓魔師の団服に身を包んだ男が雪男の前に現れた。厳かな雰囲気と顔を持つ男は父である藤本獅郎が信頼していた人間の一人だ。雪男も何度か任務を共にしたことがあった。
「どうしたんですか、こんな所で」
人を嫌う彼が、こんな人通りの少ない場所に出てくるのは珍しい。
「緊急報告です」
雪男を遮るように、男は早口で数分前の事実をつげた。
「藤本神父が亡くなりました」
それは友が死んだとは微塵も感じさせない。だからこそ、すぐに男の言葉を理解出来なかった。
「…父、さんが…?いつ、誰に!?」
うっかり雪男の中をすり抜けてしまいそうだった事実はあまりにも重い。
「サタンに憑依された際、ご自分によって」
苦汁を吐き出すような声は震えていて、それ以上追及することは出来なかった。多分、同じことを考えている。最強と信じて疑わなかった父が憑依されるなんて失態を犯したことを信じきれない。十五年間も耐え続けたのに、何故いまこのタイミングなのか。あぁ、兄になんて言おうか。
「そう…ですか」
「それと、最悪の事態です」
そのまま、ふらふらとした足取りで修道院に戻ろうする雪男を男は引きとめた。
「奥村燐が…覚醒しました」
雪男のなかで、何かが崩れ落ちていく音がした。夢見かけていた温かな幸せ。つい嘘と偽りの長い休息が終わってしまったのだ。なら、こんな人間紛いの茶番劇を続ける必要はない。
「報告は以上です」
「わかりました…」
早く帰らなければ。優しい兄は理不尽な真実と父の死に、泣いてるに違いない。とうとう自分の味方は兄だけになってしまった。
十五の年月をかけて、ようやく信用してもいいと思った父が死んだのなら、他に信頼できる人間はいない。
「あ……」
ぽつりと地面に染みができ、あっと言うまに雨が降りだした。
「お、とぉ…さん…」
頬を流れる雫は、雨と共に顎を伝い滴り落ちた。立ち尽くす雪男の姿に、一体誰が気づいただろうか。打ち付ける雨に射抜かれ、雪男が下した決意を。
兄と二人きりになってまった以上、きっと泣くのはこれが最後だ。
「父さん…あなたに代わって、僕が兄さんを守ります」
Einsatz
※長い休止ののち、再度演奏を始める事